形
Q3:植物画のスケッチで形がなかなかとれないのですが‥‥
A3:実際に見えている物をそのまま写しとろうという気持ちで見ることが大切のようです。
実はある実験で学生達に、同じ人物画を天地逆と正常位置の両方でスケッチさせてみたら、
逆の方が全員、よりリアルに描けたそうです。正常位置だと、いま描いているのは頭、手足、
胴体だな‥‥と、自分のもっているパターンを思いおこして描いてしまうので、
対象をリアルに写しとることから離れてしまうからだと説明されています。
このことからわかるように「正確に見る」練習が決め手のようです。私の場合、描いて実
物と比べる、気づいた狂いを次には注意して描く、これを繰り返すうちにだんだん
形がとれるようになってきました。ただ見ているよりも描きながら見るときのほうが、
格段に正確に見られるように思います。この点は後のQ&Aでもう少し詳しく述べたいと思います。
見る力が決め手だということは、手の自由を失った人にも素晴しい絵を描く人が、
おられることでもわかります。たとえば、星野富弘さんの絵が思い浮かびますね。
Q13:アサガオやユリのような花のラッパ(ホーン)状の形が、
なかなか表現できないのですが‥‥
A13:ラッパを側面から見た形を描くのはたやすいですね。
正面から見たものがあまりうまくいかなくても、画面のなかに複数の花を描いて、
その一つを側面から見たものにすると、その花の特徴は伝えることができます。
とはいっても、やはり正面に近い角度から見た姿も、うまく表現したいので、
何が必要かを考えてみましょう。
私は3点に気をつけて描くようにしています。まず一つは、
奥に下りていくラッパの曲面の手前側(A)と向こう側(B)との境界線(C)の形を正確に描くことです。
図のように見えると思います。こうした曲線はカタバミやニワゼキショウ、
さらにはリンゴの軸の周りなどとも共通する形です。ほかにもいろいろ応用がきくので、
ぜひ一度よく観察して描いてみることをおすすめします。
二つは、手前の面は近く、向こう側の面は遠く見える色使いです。
この遠近を色で表す方法の詳しい説明は別の機会にゆずりますが、近くは鮮やかで派手な色、
遠くはくすんだ地味な色にします。
三つは、花びらにあるすじ模様がどのように走っているかを描くことでラッパ状の形を表すことができます。
Q14:複雑な形をうまくスケッチ
できる方法はありませんか?
A14:そうした方法は実に多様で、いちがいには言えませんが、
今回はちょっと風変わりな方法をとりあげてみましょう。ネガのスケッチ法とも言われるもので、
対象物が占めている部分の形ではなく、それ以外の部分の形に着目して描くというものです。
それはあたかもネガ画像を想像して描いていくようなやりかたです。
実例をあげて図で説明してみますと、図のように空を背景に縦横に伸びた枝を描こうとするときに、
その枝に着目するのではなく、枝の輪郭で切り取られた空の形に着目して描くのです。
それらの形は比較的単純な3角形や4角形ですから、それをスケッチするほうが、
複雑に曲がりくねった枝の形をスケッチするより簡単だからでしょうか。
この方法が有効な理由としてもう一つ考えられるのは、このネガ画像を描いていくときには、
対象はもはや意味を持った特定のものではなくなり、その形だけの存在となっており、
邪念なしにスケッチできるからでしょう。
【 余談 】 ネガのスケッチ法は私も無意識にやっていました
実は私自身、以前からこのネガのスケッチ法は無意識にやっていて、
有効だと感じていました。その後、植物画の講習を頼まれて、あらたに絵の入門書を読みあさったときに、
アメリカ人の書いた本に、「ネガのスケッチ法」と紹介されているのを見つけて、
同じように考える人がいるものだなあと思ったものでした。
Q19:葉の先端がこちら向きの場
合、どうしてもうまく描けないのですが‥‥。
A19:葉の付け根が向こう側にあり、先端が手前に来る、つまり葉脈が視線と平行な場合ですね。
たしかに、そういう向きの葉は描きにくいですね。私も最初のころ、よく消しては繰り返し描いたものです。
実物をよく観察して正確にうつしとる努力を繰り返せば、結果は次第によくなるようです。
片目を閉じて視点を固定し、葉の主脈、葉辺の曲線の形を正確に描く練習をしました。
そのようにかなり正確に描いたつもりなのに、葉だとは認識して貰えなかった経験もあります。
では、ほかの角度から描かれた葉にくらべてこの角度の葉がそうとは見て貰えないのはなぜでしょう。
思うに、「人々が葉をそのような角度で見ることは希なので、その形を覚えていない」からではないでしょうか。
逆にいえば、みんなが見慣れた角度からのほうがそれと認識しやすいのは当然です。
ですから、実際に絵を描くばあいには、真正面から葉を描くことは避けて、
すこし斜めから見て描くようにするのがよいと思います、
そうすれば主脈が見慣れない直線状にならず、なじみのある曲線になりますね。
題材の植物の形をそのままではなく、一部を意識的に変えて描くということは、
ほかにもあります。肝心の部分が遮られている場合に、少しずらして見えるように描くとか、
光源が複数あるために光って見える点が複数になる場合に主な光源以外の反射は無視するなどです。
植物画は図を見て分かってもらう必要がある絵だからです。
静物画の場合にはそれほどではないかもしれませんが、
すくなくとも見る人に不要な疑問を抱かせるのは避けることが必要ではないでしょうか。
Q24:スケッチのとき、どうも形がうまくとれないのですが?
A24:この質問は第2回でもとりあげましたが、一番多発されるものの一つでもあります。
あとでもう少し詳しく‥‥としていましたので、今回また少し述べましょう。
私の植物画講習テキストには、「事実をそのままデフォルメせずに記録する。
『植物画は植物の肖像画』という人も。これができれば似顔絵もうまく描ける」と書いています。
「そのまま記録する」ためには、よく観察すること、
そして観察したことを歪めずに紙の上に移すことだと思います。
その力をつけるために、たとえば画学生は石膏像などをモデルにして繰り返し描きつづけるようですが、
この場合は形はもちろん、陰影や質感の描写まで含まれていますから、とても大変です。
植物画では形のスケッチがうまくできればよいのでそれほどではありませんが、
やはり繰り返して練習することは欠かせないと思います。
ただやみくもに練習するだけではなく、早道のノウハウもあります。
それは「固定観念に引きずられた形を描かない、見えるとおりの形を虚心にリアルに描く」ことです。
例えば人物画を模写するときに天地逆に置いたほうが目、鼻などを観念的に描くことが避けられるので、
より写実的な結果が得られます。この例は第2回でも紹介しましたが、
その他にも具体的で実証的な説明が、ベティ・エドワード著、マール社刊「脳の右側で描け」
に詳しく書かれています。
なお、その内容をかいつまんで、私のサイトに
「誰でも写実的に描けるようになる」というページをつくりましたので、こちらもご覧
下さい。
【 余談 】 植物画と似顔絵
「これができれば似顔絵もうまく描ける」と書きましたが、このばあいの似顔絵とは、
その人だと分かるくらい似ている人物画という意味です。世間で似顔絵といえば、
その人の特徴を漫画風に強調し、そこには画家の際立った独創性が発揮されています。
たとえば、友人W氏の似顔絵には、いつも脱帽です。私の描いている似顔絵は、
そういう面白みはないけれど、特別な才能がなくても誰でも努力を重ねれば描けるものです。
じつは私は植物画を描き始めるよりも前から似顔絵を描いていました。我が家では子供の誕生日のたびに、
その子をモデルに似顔絵を描き、「祝・◯◯の誕生日満◯歳」というポスターを作るのが私の仕事でした。
妻はご馳走をつくり、その他のメンバーは金をかけずに喜ばれるプレゼントに知恵を絞ってきたものです。
ご馳走で上機嫌になるせいか絵に対する肉親特有の手厳しさも和らぎ、
私も挫折することなく似顔絵を描きつづけることができました。
たくさん描くために、職場のフェスティバルなどで、ゲリラ的に似顔絵コ ーナーをやりましたが、
さらに職場で昼休みに似顔絵を描かせてもらうようになったのは1990年頃、今では約300人になりました。
また私の住む団地では、毎年8月の最終土曜日に行われる夏祭りに、
私が提唱して絵画同好会として7年前から似顔絵コーナーを開設しています。
とにかくたくさん描くためにあらゆる機会をとらえてきたわけです。
もっとも妻に言わせると「図々しい性格にはあきれるわ、人に嫌がられない程度にしてよ」となりますが‥‥。
色
Q7:水彩で思った色がなかなか作れないのですが?
A7:水彩絵の具を初めて買ったときに、ある2色を混ぜるとどんな色になるかを、
すべての組み合わせについて、画用紙の上に実際に塗って試しておくとよいでしょう。
全色を行と列に並べ、その行の色と列の色を等量ずつ混ぜてできた色で交差点をうめて色見本を作ります。
その見本のなかから自分の思う色に一番近い色をみつけて、それを作った行と列の2色を混ぜればよいのです。
微調整には混ぜる割合を変えたり、第三の色を少し加えるなどしてみます。
それでもなお作れない色がある場合は、チューブ入り絵の具のバラ売りを買い足します。
たとえば花びらの鮮やかなピンクや紫は、風景画用固形絵の具セットにはありません。opera
やultramarineを買い足しましょう。ただしこの鮮やかな色を使いすぎると、
人工的な感じになってしまいますから、注意が必要です。
最も肝心なのはこの色見本をご自分で実際に作ることです。その過程で混色の感覚が身に付くようです。
他の人が作った見本の色から混ぜる2色を見つけることだけでやっていては、
実に多様な自然の色を前にしてその色を再現する力がつきません。
Q8:黒とか白は使ってはいけないのですか?
A8:植物画ではふつう使いません。一見して黒いと見える場合でも、よくみると緑や茶の
濃<い色だったりします。私は茶と青を混ぜるなどして黒に近い色を作ります。
自然の植物を描くときに黒の絵の具を使うと、どぎつい感じになるし、
黒にもさまざまなニュアンスと味があるからです。
白の絵の具は透明水彩の絵の具セットのなかに入っていても、実は不透明水彩絵の具です。
これを混ぜるとその部分だけが不透明水彩になり、違和感があるので普通は使いません。
白を表現するには紙の白さを使います。つまり色を塗らないままにするわけです。
白っぽい、あるいは淡い色を塗りたいという場合には、絵の具を水で薄めます。
ただ、例外的に白い絵の具を使わなければならないのは、細かい白い毛を描き込むような場合です。
細かいたくさんの毛を塗り残しで表現するのは無理だからです。
Q9:透明水彩と不透明水彩はどこが違う
A9:不透明水彩というのはいま小、中学校で使っている絵の具がそうですし、
グァッシュとよばれるものもそうです。
これは不透明な絵の具なので下に塗られている色に無関係に上に塗り重ねた色になります。
ちょうど色紙を重ねるのと同じです。
ところが透明水彩では、色セロファンを重ねたときのように、
下の色と重ね塗りした色とを混ぜ合せた色になります。つまり一旦塗った色は、
あとから他の色を塗っても隠すことはできません。
ではなぜ、そんな使いにくい透明水彩絵の具を植物画には使うのでしょう。
それは透明感のある色彩の美しさのためで、とくに植物画では、
みずみずしく透明感あふれる美しさが命です。絵の具自体が精選された顔料を膠で溶いたものであり、
濁らない美しい発色をします。
しかも、重ね塗りによって深みや味わいのある色を作り出すとができます。
一方、不透明水彩絵の具は下の色を覆い隠す働きをもたせるために混ぜものが入っている場合もあります。
したがって仕上がりがなんとなく粉っぽい感じになり、きれいな発色が得難いのです。
Q10:色を塗る順は
A10:明るい、淡い色から塗り始めて、全体の調子を見ながら、だんだん暗い、
濃い色を塗るというぐあいに順を追って計画的に塗り進めることが必要です。
もし逆に濃い色を先に塗ると、バランスを見ながら塗り進めることが難しくなります。
誤って濃く塗りすぎることもおこりやすく、それを修正するには水筆で絵の具を何度もこすりとらねばならず、
紙面が荒れ、ときには破れかねません。
Q16:どうしても筆の跡が残って、塗りがむらになってしまうのですが‥‥
A16:均一にきれいに塗りあげることは、植物の透明感あふれる色彩を紙面に再現するために欠かせません。
ぜひその技術を習得して下さい。
たっぷりと色水を含ませた筆を、同じ色にする全範囲にわたって移動させて色を置いていくようにして塗ります。
このとき筆を紙面から離さないことが大切です。筆を離したところには色水が多めに溜まり、
他より色が濃く残るからです。
また、あまり筆の運びがゆっくりだと、途中で色水が乾いてきて、その上を更に筆がなぞることがあれば、
そこが他より濃くなります。
筆を選ぶことも大切です。それは、一度に全体を塗るために必要な量の色水を保たせることが、
筆が細すぎるとできないからです。途中で筆を紙面から離して色水を補給して続きを塗ると、
むらができきてしまいます。筆を選ぶ際に、細かいところをはみ出さずに塗りたいと考えて、
細い筆を選びがちですが、こういうわけで、良質の太い筆を選ぶ方がよいと思います。
良い筆は筆先が自然と整い、先が尖ってくれるので、細い筆に劣らずよく隅々を塗ることができます。
植物画では、「弘法筆を選ばず」ではなさそうです。
[ 余談 ] 筆選び‥‥私の場合
初め、日本画用の彩色筆と称して売られているものを使っていましたが、私の好みからすると少し腰が弱すぎるので、書道用の小筆を使ってみました。これは腰が強めだし、よく先
が揃い、とても具合が良く、しばらくこれを愛用しました。実はその筆は、
書道塾をやっていた父が残してくれたもので、30年以上昔の品ですから、ずいぶん安い値段がついていました。
そのうちにとうとう毛がすり減り、穂先が変形して使えなくなって、
数本あったそれらの小筆をすべて使いきってしまいました。
仕方なく百円前後の中国製の超安売り品を買ってみましたが、これは穂先が尖らず、ダメでした。
今のところ800円程度の彩色筆で我慢していますが、数千円の日本画用の筆を試してみたいと考えています。
その後国産ホルベイン社の水彩丸筆350Rシリーズの8号(約900円)を愛用しています。
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