誰でも写実的に描けるようになる*     

1999.11.8/12.14/2005.4.22 若松倫夫           

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 写実的な絵を描くことは、誰でもできます。頭の働かせ方を、よく見て描く状態に切り換えればよいのです。

 描くときの頭の中の状態を観念的な状態から、対象をもっと具体的によく見る状態に切り換える実習を、以下 にいくつかあげます。一つずつやってみて下さい。

1)花びん=女性の上半身を描く

 女性の上半身のシルエットの輪郭線を使って花びんの左側の線を描きます。次に、これと対称な線を花びんの右側の線 として描き、花びんを完成させます。

 左半分を描いたときは、ここは首、ここは肩、ここは腕と、身体の部品の名前を次々と言いながら、そのシンボルと して覚えている形を描いていったでしょう。これが観念的な描きかたです。

 次に、右半分を描いたときはどうでしたか?こんどは左半分がすでにできていて、それを見て正確に対称形に描くこと が必要ですから、シンボルで描いていてはうまくいきませんね。左の形をよく見て、そこが肩か腕かなどとは考えずに具体 的な曲線の形、傾き、どのくらい中心近くに寄っているかなどを観察しながら、それにそって正確に鉛筆を動かそうとした ことでしょう。その時の頭の中の状態を思い出して下さい。言葉は消えて、線の形を具体的に追っている静かな状態になっ ていたことに気づきましたか?これがよく見て描く状態です。この状態を覚えて、絵を描くときにはいつも頭の中がこの 状態に切り換わるようにするのです。

(2)倒置人物画の模写

  写実的に描かれた複雑な線画の人物像を模写します。まず正常に置いて一枚、次に手本を上下を逆にして置き、もう 一枚模写して下さい。あなたの二つの模写絵を比較すると、倒置した方がはるかに写実的ですね。倒置して描いているとき の頭の中はどんな感じですか?各部分の名前をいちいち思い浮かべるのではなく、そこに描かれている線の長さ、形や角度 をひたすら具体的に追って正確に写そうとしていたでしょう。これがよく見て描く状態です。

(3)手の平の輪郭を描く

 鉛筆を持つ手の方や描きつつある絵は絶対に見ないで、もう一方の手をスケッチします。10分くらいにアラームをセットして、 邪魔が入らずに集中できる状態にしてじっくり描くのです。以下のようにして描いて下さい。手の平の輪郭のある一点、 たとえば左下のどこかに視点をおき、そこからゆっくり時計回りに輪郭線の上に沿って視点を移しながら、鉛筆をそれに あわせて動かしていきます。描いているところが関節か、爪かなどと考えないで、手の輪郭線を正確になぞっていくように して下さい。描かれた形が手の形と違ってしまうことは気にしなくてよいのです。出来た絵の線がところどころで、今まで になくリアルな表情をみせていることに驚くでしょう。このときの頭の中はどうでしたか? これがよく見て描く状態です。

(4)手の平を描く

 こんどは描かれた絵をときどき見ながら、同じように自分の手を描きます。今度は全体の形も正しく写し取るよう に注意しながら、実際の手を写実的に描いていくのですが、(3)の輪郭を描いたときと頭の中がおなじ感じになるよう に気をつけて下さい。今後、写実的なスケッチをするときはいつも、このような頭の状態になるようにして描いていけばい いのです。

(5)ネガのスペースを描く

 ネガのスペースと言われてもわかりにくいかもしれませんが、この方法はあなたも無意識にやったことがあるかもし れませんよ。これからの説明にそって題材を選んでスケッチして下さい。

 スケッチするものの名前が言えるようなときには、その名前から思い浮かぶシンポルを持ち出してきて描こうとする 悪い癖が出がちです。例えば眼鏡なら、眼鏡のシンボル、正面からレンズを見たような円を二つ並べたものを持って きて描こうとしますが、実際に見えている眼鏡は斜めから見た楕円だったり、真横から見た線だったりですから、シンボル を描いたのでは写実的なスケッチとしては失敗です。  自分の頭にシンボルを思い出させないために、眼鏡の輪郭を見て描くのではなく、眼鏡のないスペースの形(ネガのスペ ース、右の図のA〜D)を見て描くようにします。ネガのスペースには名前もつけられませんし、シンボルもありませんから 観念的な描き方がうまく働くことができません。そこでよく見て描くようになり、見えている形に忠実に描くことになるの です。

木立をネガのスペースで描く例

(6)格子枠の助けを借りて描く

 描こうとする対象物を格子枠越しに見て、紙にも同じ格子を描いておき、対象物の輪郭線と格子の線との関係に注目 しながら描いて下さい。そこにネガのスペースのときの見方も働くでしょう。こうして格子の助けをかりると、対象物の形 を正確に写しとることができるます。こういうやり方は、地図を別の紙に拡大・縮小して描くときにやりますね。

(7)鉛筆を物差しにして目測して描く

 この項と次の(8)の説明を読んでから首から上の人物画を一枚描いて下さい。

 スケッチが写実的でなくなってしまう原因の一つに、各部分の大きさの比率が正しく写し取られていないことがあり ます。鉛筆を物差しにして目測し、正しい比率で描きましょう。

(8)いくつかの注意点を押さえた目測をして肖像画を描く

 人の顔は、だれでも、だいたいのプロポーションが同じです。目の位置は頭の上端から顎の先までのちょうど真ん中 に来ますし、目頭から目尻までの長さは左右の目頭の間の距離とだいたい同じです。顔を横から見て眼から顎の先までの 長さと目尻から耳たぶの後ろ端までの長さもだいたい同じです。こうしたポイントを押さえて描けば、人の顔のデッサン が写実的でなくなる失敗は避けられます。この際、見えるとおり写実的に描くことがもちろん前提です。  こうして人の顔がリアルに描けたら、あなたは写実的な絵を描く能力に大きな自信がもてるでしょう。

 蛇足‥‥写実的な絵を描けることと芸術家の関係

 学校教育によって誰でも簡単な文章や手紙は書けるようになりますが、そのなかで小説家になれる人はごく僅かだと いうことは、分かりきったことです。同じように誰でも写実的な絵を描けるようにはなれますが、その誰もが画家になれ るわけではありません。あたりまえの結論なのに何だかがっかりしましたか?そうだとしたら、「描く能力はもって生ま れた特別の才能だ」という間違った思い込みのせいではないでしょうか。ここで説明したような写実的に描く方法がち ゃんと教えられないなかで、偶然によく見て描く状態を経験した人は別として、だれもが「自分には才能がない」と 思っているようです。

 この文を読まれた皆さんにはもう、写実的に描くだけなら特別な才能はいらないことは分っていただけたと思いま す。ただその先に画家として成功するかどうかといえば、もっといろいろな問題があって容易なことではないでしょう。  それは、小説家や他の芸術家の場合とおなじで、「才能がある」かどうかは、簡単にはいえないことなのでしょう。で も自分も写実的に描けると分かれば、自分に自信がもてるようになり、絵を描く楽しみを得て、人生ははるかに楽しく なるのではないでしょうか。

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 *私の「植物画入門」の最初に、 「観念で描かずに見えるとおりに描くこと」が大切だと書きましたが、「見えるとおりに描いたつもりだが、リアルに描 けていない。なぜか」とおっしゃる方もありました。じつは「どう見るか」こそが肝心だったわけです。しかしその内容 は「植物画入門」のレジメに書き加えるには長く成りすぎますし、植物画に限られた問題でもありません。そういうわけ で、独立のテキストとしてこの文を書いた次第です。

 なお、この文章を書くにあたって、B・エドワーズ著「脳の右側で描け」マール社刊を読み、私の漠然と思っていた ことや、意識せずに実行していたことが整理され、はっきり自覚することができました。そうした内容を簡潔に私の言葉 で書いてみたわけです。

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