Q22:白い花の色をどう塗ればいいのですか?
A22:植物画のなかで白は塗り残すことで表現することは、A8で書いた
とおりで、白い花は塗り残すのが基本です。ところが植物画では背景も色を塗ら
ず、白い紙のままにしておくのがきまりです。そこで、白い花はどのように表現
するのか?と質問されることがよくあります。答えは鉛筆で描く輪郭線です。で
すから白い花の輪郭線は他の色の場合にはない重要な役割を担うわけで、鉛筆を
細く尖らせてスッキリした的確な線で描写したいものです。でも、それだけでは
平面的ですから、陰などをつけるために少し塗ります。薄い灰色を使い、くれぐ
れも黒ずんだ花にならないようにしましょう。ここで、白い花をよく見ると白と
灰色だけではなく、いろいろな色が見えてきます。
例えば、花のすぐそばに緑の葉があれば、緑色がかって見えるし、桃色のつぼ
みと接している花びらは桃色がかすかに反映しているかもしれません。それを表
現するために、灰色をつくるときに使う黒に絵の具の黒を使わずに、これもA8
で述べたように 他の色を混ぜて作ったさまざまな色味の黒を使います。たとえ
ば緑っぽい灰色は、補色同士の緑と赤を混ぜて黒をつくるときわずかに緑を多く
する。赤みのある灰色はその逆。青みがかったりセピア系の灰色は青とセピアの
混色。それを水に溶いて薄めて灰色とします。
そうした反映の色は、静物画ではむしろ誇張ぎみに使っているようです。さら
に白いものの面白い表現法として、その物のある部分には赤っぽい色を付け、他
の部分には反対色の青っぽい色などをつけることで全体としてこれは白いものだ
と感じさせる方法もあります。ただあまりやりすぎると、その花びらは白だけで
なくそういう色を持っている花なのかという誤解を与える可能性があります。静
物画ではいいとしても図鑑で花の構造や色を説明するための絵としての植物画で
は、ごく控えめでなければなりません。
以上は、白い部分の描き方でしたが、その他の雄しべや雌しべ、萼(がく)や
花柄など色のある部分をしっかり描くことも花びらの白さを感じさせるうえで大
切です。
また構図も白い花びらの背景に葉などの濃い色のものがくるようにすると白い
花を浮き立たせることができます。
【 余談 】 白い花は選ばないようにしているのですが‥‥
春にさきがけて咲く花には黄色が多く、日が経つにつれて白い花が多くなると
いう 調査結果をTVで紹介していました。この時期には私の経験でも白い花の他
に適当な題材が見つからず、今回のような質問を受けることがよくあります。
植物画では白い 背景に描くのでどうしても地味で寂しい画面になりがちですし、
色の塗り方もなかなか難しいので避けてはいるのですが‥‥。しかし、野にある
白い花は、緑豊かな背景 のなかでよく目立ちます。そうして虫や鳥たちの目に
とまり、首尾良く花粉が運ばれ‥‥自然は実によくできていますね。
Q23:私の絵はどうしても濁った色になるのですが?
A23:たしかに透明感のある鮮やかな色は、植物画の魅力のひとつですから、
ぜひ改善しましょう。
色が濁る原因は、色の混ぜ方にあります。透明水彩絵の具そのものは、ほとん
どが鮮やかな色ですが、前回に書いたように補色どうしを混ぜると黒や灰色がで
きますが、それらは濁った色の極限です。補色や反対色どうしを混ぜないよう注
意しなければなりません。ここで反対色とか補色とか書きましたが、少し色環を
使って説明します。
色環とは、色を環状に並べたもので、三原色(加算法の赤、青、緑あるいは減
算法のマゼンダ、シアン、イエロー)がちょうど円周を3等分する位置に配置さ
れています。ちょうど対角線の位置にくる二つの色どうしを補色といいます。反
対色というのは少し幅のある言い方で、赤を例にとると、その補色である緑を中
心に前後30度くらいの幅に入っている範囲の色をさしているようです。
色環の上で互いに遠い位置にある反対色あるいは補色を混ぜると濁りますが、
近い位置にある色どうしではどうでしょうか。濁りません。実際に混ぜて確認し
てみて下
さい。この経験を生かして描けば、あなたの画面は透明感のあるものになるでし
ょう。
ところで、茶色や黄土色はこの色環にないが‥‥という疑問もわくかもしれま
せん。 それ等の色は色環の上で離れた色どうしを混ぜたときにできる濁った色
で、色環上に
は配置されません。配置するとすれば色環の円の内部にくるということでしょう。
さて、植物画は透明感が大切だからといっても、きれいな明るい色ばかりで構
成された画面はなんとなくしまらないものです。そこに濁った暗い色の部分がわ
ずか配置されると、これが効果的なアクセントとなります。面積のあまり大きく
ない渋い暗い色の部分といえば、枝や実の部分で、茶色や灰色系統の色ですが、
そこをじっくり描くと現実感が増します。どうぞ、試して下さい。
葉
Q11:植物画では葉がいつもうまくいかないのですが
A11:葉らしく描くことはなかなか難しいですね。私もいろいろ試して
みましたが、 ポイントは、色、形はもちろんですが、葉が平面ではなく、曲面
だということではないでしょうか。うねりのようすに特徴がある葉はそこを表
現することが大切です。また、葉脈の走り方にはその葉の特徴が表れているの
で、正確に観察することが求められます。
葉の凹凸に対応した色の濃淡の付け方は、図のように、反射されて目に届く
光の量が多い場所をより明るくすればよいでしょう。葉の色については、Q21
をご覧下さい。
Q12:葉の光沢をどう表現するか
A12:塗り残しで表現します。透明水彩では画面のもっとも明るく見える
ところは、何も塗らない紙の白さを見せたところです。金属の反射の場合は完全
に塗り残して紙の白をそのまま見せ、その隣にはかなり濃い色を塗り、強いコン
トラストで表現します。しかし植物ではクリの実やツバキの葉のように硬くて光
沢のはっきりしたものでも、完全に塗り残すのはやりすぎで、地の色を薄めた程
度で良いようです。もっとやわらかい光沢は周りとの濃さの差がさらに少なくな
ります。複数の光源のもとでは、光って見えるところがたくさんできますが、一
番強い光以外をスケッチブックをかざすなどして遮ってみてください。そのとき
光っている部分
だけを塗り残すべきです。
Q21:葉の色がいつも
うまくいかないのですが?
A21:たしかに植物画で葉の色が不自然だと気になりますね。面積からい
っても葉の占める割合が花や実よりも多いですし‥‥。
緑には、だれもが心をひかれるようです。それは大げさにいえば、人類が生ま
れてからずっと植物から受けてきた恵みにも関係しているのかも知れません。そ
れだけに緑の色の微妙な変化にも敏感ですから、植物画でもそこがうまくいかな
いと違和感を与えてしまいます。
葉は緑だからといって、絵の具の緑の色を、そのまま塗ったのでは人工的な感
じになります。絵の具には何種類かの緑が用意されていて、なかには、tree
green という名の緑があって葉の色に近いように見えますが、それでもそのまま
塗るとどこか実際の植物の緑とは違います。
私は、パレットで緑色に必ず茶系統の色を混ぜるようにしています。普通の緑
の葉にはまず茶色でようすを見ます。黒っぽい緑の葉には、こげ茶色や藍色を、
葉が少し赤みがかっていたら濃い赤を少し加えてみます。明るい、少し黄色みを
帯びているものには、黄色を加えるだけではダメな場合が多く、むしろ黄色の代
わりにおうど色を混ぜるほうが自然な感じがでます。いずれも試し描き用の紙に
塗って実物の葉の色と比較し、混ぜ具合を変えてみています。つまり「自然が先
生」ということでしょうか。
植物は身近において比較しながらじっくり描けるので、色を実物に近づける練
習に適しています。人物画ならモデルさんがそれほど長時間ポーズしてくれませ
んし、風景では、太陽の運行とともに色が変わると言われています。
ところで、まだ緑の表現がうまくいかないが、展覧会に何か出さなければなら
ないというときには、枯れた植物を描くと意外に結果がよいようです。この場合
でももちろん、絵の具を生のままでは使わず、自然を先生にして色の調合をする
のは同じです。
ここまで、色を混ぜるようにお勧めしてきましたが、色の混ぜすぎには気をつ
けて下さい。透明水彩の最大の美点である透明感は一般に混ぜるほど失われるか
ら、色は塗り重ねで混合する方が良いのです(A7参照)。
その他
Q15:奥行きを表現するにはどうしたらいいのですか?
A15:「遠近を表す方法」ですね。Q13で後回しにしていましたが、こ
こで説明しましょう。
光は空気の厚い層を通ってくるので、遠くにあるものほど、鮮やかさは失われ、
近くにあるものは色鮮やかに見えるという「空気遠近法」を使います。つまり、
近くは鮮やかで派手な色、遠くはくすんだ地味な色を使うと奥行きが表現できま
す。また、手前はコントラストを強く、奥は弱くします。
前後に重なって同じ色のものが描かれた場合、そのままでは前後の奥行きを失
い、連続したものに見えてしまいます。これを避けるためには、前後で明度を違
えると効果的です。境目だけ奥のものを淡い色にし、あるいは暗い色にし、そこ
から遠ざかるにつれて次第にぼかしてもとの色にもどす方法もよいようです。
色使いのほかにも、手前のものは細部まで明確に描き、奥のものは細部を省略
して弱く描くことも、奥行きを表現するためによく行なわれます。
この他にもいろいろな方法があると思います。奥行を感じさせることは絵のと
ても大切な要素なので、ぜひ工夫してみてください。
Q17:「背景や影を描
かない」という植物画の原則に例外はないのですか?
A17:あります。例えばリンゴなどを描くときは、白い紙の上に置いて描
くのが普通で、もし影を全く描かなければ、宙に浮いているように見えてしまい
ます。ですからリンゴが紙に落した影をごく控えめに描きます。
白い花を白い紙に描くとき、普通の静物画の場合は背景に葉など色のあるもの
が来る構図にしたり、背景に色を塗ることによって、花の白い形をはっきりさせ
るのが普通です。
では、植物画ではどうしているかと、図鑑をみると、ほとんどの場合、白い花
びらの背景は白のまま、花の輪郭を鉛筆の線で描き、花びらにグレーなどの色を
淡く塗り立体感をつけています。まれに、背景をうすい灰色に印刷してある例も
あります(北隆館刊の原色日本植物図鑑木本編)。こうすれば白い花の白さがハ
ッキリ伝わってきますし、原画では背景は描かずにすむので、よい方法だと思い
ました。コンピュータ製版ならばこれはとても簡単なはずです。
Q18:花を描いたのですが、描いているうちにしおれてしまって‥‥何かいい方法はないものでしょうか。
A18:花の部分だけを先に描くことです。もう一つは花を長持ちさせる工夫で
すが、それよりも、望ましいのは野外で花の咲いているところで描くことです。
そうはいっても野外で描くことが困難な場合もありますから、採ってきた花を
長持ちさせる工夫について、私の経験を少し書いてみます。私は毎週のお昼休み
の植物画の題材に、よく出勤途上の荒れ地に咲く花を採って行きます。ところが
いざ描こうとしたらしおれかけていたり、花びらが折れ曲がっていたり、失敗を
重ねました。その結果、最近では採ってすぐに水にさして、段ボール箱で保護し
て運搬するように変えています。華道を習っている人たちから、「水切り」も教
わりました。切り花活性剤という液体も売られています。しおれるのが早い野草
などは、全体を洗面器やバケツの水の中につけておくことも効果的です。
またちょっと話はそれますが、しおれかけた花しか手に入らないけれど、その
花の絵を描かなければならないこともあります。そのときには、目前のしおれか
けた花の姿から、以前に見た生き生きとした花の姿を思い起こして描くことにな
ります。これは私もうまくできませんが、植物をたくさん描いて経験を積むこと
が必要なのでしょうね。
【 余談 】 瞼の裏の引き出し
実は、第二回植物画展のポスターと案内葉書に使ったコスモスの絵は、しお
れかけている花を目の前にしながら、生き生きとしていたときの姿を想像しな
がら描きました。時間ぎれで、満足できないながらも使わざるを得ません。展
覧会にも苦し紛れに出しました。コスモスという花は多くの人が好感を持つ花
なので、群生したコスモスの絵というだけで、「素晴らしい」と言ってくれた
人も多かったのですが、やはりごく親しい人達からは、「なんか変な絵だ」と
率直な感想をいただいてしまいました。
考えてみると、植物図鑑を作る場合には、花の咲いている現場で描けること
はむしろ少ないでしょうから、採集されてしおれた花を見ながら描くことは多
いはずです。
そういうことが破綻なくできるのは、きっとたくさんの植物を見て、描いて
きたからでしょう。
ここまで書いてくると思い出すのが、「金野新一作品集」の巻末に永井潔さ
んが書かれた以下の文です。
「‥‥金野君は、想像上で街並みや農村風景をそれらしくつくり出すのが上
手だった。彼の瞼の裏の引き出しには、風景の構成に必要なさまざまな小道具
が、ぎっしり詰まっていて、いつでも自由にとり出し、任意に組み合わせられ
るようになっていたのではなかろうか‥‥」 _金野さんは、連載小説の挿絵を
何度も担当された人、やはりさすがですね。
[ 余談 ]植物画の題材に、研究所の構内で四季折々の植物を採っていたのですが‥
‥
新棟工事が始まってからは、音研棟まわりの豊富な自然が壊され、あるいは
囲われて近づけなくなってしまいました。いきおい研究所の外で採取すること
が増え、自転車通勤途上で題材になりそうな花や実を見つけては、持ち主のお
宅をお訪ねして、その旨お願いしてきました。
丹精込めた庭の植物を、「絵に描きたいから下さい」と申し入れて、はたし
てOKしてくれるものかと不安でしたが、持ち前の「当たって砕けろ精神」で
申し入れたところ、ザクロの実、ヒマワリの花、カラスウリの実、フヨウの実
の殻、ネコヤナギの 花など、それぞれのお宅で、いずれも快くいただくことが
できました。今のところ断られたことがありません。
描いた絵をコピーしてお礼に持参するようにしていますが、失敗作しかでき
なかったときは心ならずもそのままになっています。また植物画展を開くとき
に案内状でも持っていこうと考えています。
Q4:何が楽しみで植物画を描くのか
A4:この質問は前回の拙文を読まれた方から早速いただいたものです。お答
えは、一言でいうなら、自然が何と素晴しくできているんだと気づく喜びです。
例えば人物を例にとってみましょう。きれいだなと思ってもその人を描くと
きのようには見つめたりはしませんね。描くために見つめていると、それまで
見過ごしていた美しさを発見して感動することがしばしばです。とくにそれほ
どきれいだとは思わなかった場合は、そういう発見と感動がより大きいようで
す。
これは相手が植物であってもおなじことで、植物画をやると、自然の美しさ
を再発見し感動する幸せを味わうことができます。見慣れたはずの野草、たと
えばネジバナは、螺旋状についている一つひとつの花があの華麗なランのみご
となミニチュア版になっていました、その緻密な造りは驚きです。
【 余談 】 最近読者の方からこんなコメントをいただきました
「観察のための絵(例えば生物学の学習における植物のスケッチ)と、まったく
自由に描いてよい美術作品との区別を明確にすべきではないでしょうか。後者
の場合、描き方を教えることは極めて困難なはずです。」まことにおっしゃる
とおりです。私がそうした誤解を与えたとしたら申し訳ありません。これから
も、その点に気をつけて書いていきたいと思います。
このFAQ(Frequently Asked Question 頻発質問集)は、道具の使い方、イラ
ストレーションなどの技術についての説明です。絵を描きはじめたばかりの方
々からのご質問に答えようとして、私がこれまでいろいろな書物から学んだり、
経験的につかんだコツや例を分析して、合理的・法則的なもの、客観性がある
と思った事柄を紹介しているつもりです。
さまざまな動機から、植物の美しさを絵に描きとめたいと始められた方々が、
その想いがうまくいかずに困っているときに、その解決に少しでも役立てば幸
いです。
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