ヴァンヤン島

基本情報略史自然文化・生活人物・集団


 

基本情報


○概説

 ログリア内海に浮かぶ島で、西の大ヴァンヤン島と東の小ヴァンヤン島に分かれます。この島はどの国家の領土でもなく、ラチェン人の各部族が村落をつくって生活を送っています。両島とも全土が山地といってもいいほど起伏が激しい土地柄で、人が住むにはあまり適していません。そのため、住居はほとんど海岸域に限られ、作物も山裾の段々畑などでつくられています。このように、島には小さな港町や山の方に住む小さな村落しかありませんが、ラチェン人の本拠地として機能しており、海で生活している一族の者たちが、入れ替わりこの島を訪れて物資を補給しています。


▼制度
 部族ごとにばらばらに生活をしており、特定の政体をもっていません。しかし、各地に散ったラチェン人同士は連帯感が強く、まるで1つの国家のように協力します。海の鎖と呼ばれる海洋氏族の連合体が中心となって、この協力体制は維持されています。


○民族

▼ラチェン人(黄人/ラチュエン)
 黄人の一族で、やや背が低く体格はがっちりしており、肌は浅黒い者が多いようです。かつてラガン帝国によって土地を奪われた人々の末裔です。誇り高い民族であり、自由人の気風を大事にしています。
 一般にヴァンヤン島に住む者を島ラチュエン、海で生活する者を海ラチュエン、大陸に土地をもって暮らす者を土ラチュエン、そして放浪生活を続ける者を風ラチュエンと呼びます。


○宗教

 もともとはマイエル教(ミスク派)を信仰していましたが、今では海そのものを崇めています。祭の日には海に供物を流したりしますし、死者もまた海に葬られます。


○産物

 魚介類、米、サラ豆、茶葉


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略史


▼ラチェン人逃亡事件
 この島にはかつて出所不明の黄人たちによる交易都市があったようなのですが、これは火山噴火と大津波によって滅亡したと言われており、詳しいことは歴史には残っておりません。この島が歴史に登場するのは聖歴256年のことで、都市国家半島からラチェン人の一部が逃亡して来たことが記録に残っています。
 ラチェン人はラガン帝国の被征服民であり、都市国家半島の植民都市に住まわされ、その多くが奴隷として生活しておりました。このような生活に耐えかねたラチェン人たちは、反乱を起こしてこの島への逃亡を果たしたのですが、その際に彼らの討伐に当たった皇帝家筋の将校を殺害しており、帝国軍はその敵討ちのためにヴァンヤン島へと軍隊を送り込みました。しかしこの侵攻に対しては、ログリア内海防備のためにジグラット、ルワール、エリスファリアが手を結んで立ち向かい、ラガンの侵攻からこの海域を守ることに成功します。
 その後、ヴァンヤン島はジグラット、エリスファリア、ラガン帝国の3勢力の均衡点として、いずれの侵略も受けずに自治を獲得することとなりました。しかし、島の自然は狩猟や農耕生活には適していないため、ラチェン人たちはこの地を本拠地とする海上生活を始めるようになります。こうして貿易や漁業を主体とした生活が始まるわけですが、穏やかなログリア内海での交易にはエリスファリアやラガン帝国などのライバルが多く、非常に苦労が多かったようです。


▼ログリア通商戦役
 次にこの島が歴史に登場するのは聖歴495年のことです。この年、ログリア内海の交易問題に関してエリスファリアとの間で諍いが起こり、ログリア通商戦役と呼ばれる紛争が勃発しました。これは裕福で装備も充実していたエリスファリア軍から仕掛けたもので、全てにおいて劣るラチェン人としてはどうしても避けたい戦いでした。そのため、ラガン帝国に対して支援を求めるなど交渉を行ったのですが、この時期のラガンは国内問題やペルソニア大陸の植民地を巡る処理で忙しく、またエリスファリアとの関係を良くしておいた方が遙かにメリットがあったため、要請を完全に無視してしまいます。こうして味方を得られなかったラチェン人は、消極的な手法でしか対抗することが出来ないまま惨敗し、多くの部族がエルモア中に散ってゆくことになりました。


▼ラグの復讐海戦
 このようにヴァンヤン島を離れていったラチェン人の中に、ラグという名の青年がおりました。彼は漁師頭の家に生まれたようですが、通商戦役で一族の大多数を失った後は残された一隻の船で島を出て、アリアナ海で海賊行為を始めるようになります。そして聖歴504年頃までに多額の財宝を手にして、ブルム内海にも海賊王ラグの勇名を馳せることになりました。ラグが海賊行為を行うようになったのには目的がありました。それは故郷と仲間を奪ったエリスファリアに対する復讐を行うためで、海賊稼業の傍ら離散したラチェン人を身内へと取り込んでゆきました。そして、時をかけて集めた大量の武器と傭兵をログリア内海の島々に隠し、優秀な参謀ザイアス=ブリュッケンを得て復讐戦を敢行したのです。
 ラグの復讐海戦と呼ばれるこの戦いは、聖歴510年のエリスファリア東南部にあるフェルダイン市の陥落から始まりました。フェルダインは交易によって栄えた大都市で、当時からエルモア地方でも有数の軍港を保有しておりましたが、都市内部に部下を入り込ませていたラグは軍艦に火を放たせ、混乱の隙をついて都市へと侵入を果たしました。そして、領主のヴォンダル侯爵を人質として、わずか一夜のうちにフェルダイン軍を都市から撤退させることに成功します。
 強固な要塞としても機能するフェルダイン市を得たラグは、それから半年のうちに2つの都市を手中に収めます。しかし、海上生活を主としていたラチェン人たちは、陸地での戦いに移るにつれ劣勢になり、その翌年には戦局を逆転されることとなります。そして、続く511年にはフェルダインが陥落し、捕らえられたラグとその側近たちが処刑され、ラチェン人たちの多くは再び方々へと散ってゆくこととなったのです。
 しかし、この時のエリスファリアの処置には曖昧な点が多く、ヴァンヤン島には手をつけることなく、これまで通りラチェン人の自治が認められています。現在では、ラグの背後にはロンデニアがついていたのではないか考えられており、さらにはカーカバートもこれに荷担していたという説もあります。そう考えれば、彼が短期間で武器や傭兵を揃えたり、ブルム内海にまで活動範囲を広げたことにも納得がゆきます。この時期のロンデニアは、ちょうどラガン帝国とペルソニアの植民地を巡って争いをしていた頃であり、ラガンに対してエリスファリアが助勢する動きがあったのです。また、仮にラグが勝利していれば、ロンデニアはヴァンヤン島を中継して東部国家との貿易を試みることも出来たでしょうし、ラガンに対する前線基地として利用することも可能であったと考えられます。なお、参謀についたザイアスが処刑されたという記録はなく、その行方は全く知られておりません。歴史学者の中には、彼はロンデニアの将校の誰かではないかと考える者もおりますが、それを裏付けるほど彼は用兵家として傑出した存在だったようです。
 ラグはロンデニアに利用されたかもしれませんが、彼の物語は現在でも各国の劇場で上演されており、ラチェン人以外の人々の間でも英雄の1人と讃えられることがあります。これは彼が貴族と軍隊のみを標的とし、支配下にあった都市に対しても善政と呼べる政策を展開してみせたからでしょう。都市制圧後も略奪や殺戮を禁じ、掟を破った部下を厳しく処罰するなど規律を徹底させていたようですし、最後にフェルダインを包囲された際にも、わずかな手勢を率いて都市の外に陣を敷き、時間を稼いで部下や民衆の多くを安全に避難させたといいます。彼はヴォンダル侯爵よりも遙かに市民の支持があったと伝えられており、彼を慕って最後までフェルダインに残った者も多かったようです。
 なお、ラグが残した財宝がどこかに隠されているという噂が、現在も各国で受け継がれています。実際にラグの遺産が存在するという証拠はありませんが、それを求めて旅立つ冒険家は今でも大勢いるようです。


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自然


○地勢・気候

 穏やかなログリア内海に浮かぶ島で、西の大ヴァンヤン島と東の小ヴァンヤン島に分かれます。全島が温帯に属しており、気候はログリア内海型と呼ばれるものです。夏は気温が高くなりますが、あまり雨は降らず乾燥しており、体感的にはそれほど暑さは感じません。逆に冬期は温暖で降水量が多くなります。
 年間を通じて温暖で気候条件は整っていますが、両島とも全土が山地といってもいいほど起伏が激しく、生活にはあまり適さない地形となっています。そのため、ほとんどの住居が海岸域に限られ、作物も山裾の段々畑などでつくられています。


○要所

▼大トンネル
 大ヴァンヤン島の南北を貫通している自然の洞窟で、ちょうど馬車が2台すれ違うことができるくらいの大きさです。10年程前に舗装工事がなされ、現在は重要な通路として役立っています。


▼鳴き砂海岸
 小ヴァンヤン島の一部には、石英の粒子がまじった白砂の海岸が広がっています。この砂を踏むときゅっきゅっと鳴き声のような音を立てるため、鳴き砂あるいはミュージカルサンドと呼ばれています。この海岸からすぐの場所に密林が広がっており、砂の下からかつて生えていた木の枝や幹が出てくることがあります。なお、海ラチュエンの中にはこの砂をお守りとして瓶に詰めて海へ出てゆき、島への帰還を告げながら海岸に砂を戻すという儀式を行う部族があります。


○変異現象

▼噴水土砂
 平たくいえば土砂崩れのことで、山の上に湧いた地下水が間欠泉のように勢い良く噴き上がり、土砂を巻き込んで下に降りてくるため、このように呼ばれています。


▼白結晶(ホワイト・クリスタル)
 ヴァンヤンの島の山には、地下水が溜まってできた泉が無数にありますが、そのどれもが透明度が高いにもかかわらず水底まで見通すことができません。これは泉の中には白結晶(ホワイト・クリスタル)と呼ばれる、水晶のような形をした純白の結晶石がふわふわと漂っているためで、ラチェン人はこれをお守りにして持ち歩いています。部族によっては、この泉に潜って白結晶を拾ってくるという成人の儀式がありますが、今まで一番深くまで潜った者でも水底に触れることはできませんでした。


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文化・生活


○言語

 言語を非常に大事にしている民族で、昔話や詩といったものが非常にたくさん残っています。これは言葉だけが各地に散らばった民族を繋ぐ絆であるということと、小さな島で他に楽しみがないという2つの理由から成立したものです。特に即興詩と呼ばれる定型詩がよく知られており、現在でも娯楽の1つとして人々を楽しませています。こうした詩文化の1つに、大勢の人々が車座になって、テーマに沿った短い詩を次々と繋げてゆく連詩というものがあり、宴の席でよく行われています。


○食べ物

 この島の住人は、当然のことながら食料の大半を魚介類に頼っています。エルモア地方では珍しく生魚を食べる習慣があり、香辛料と塩を寝かせてつくる特製のソースをかけて食べています。また、魚ではありませんが、海ヘビなど変わったものを食材とすることもあります。ユノスの国民もそうなのですが、「海にあるものは岩以外なら何でも食べる」と、他国の人間は彼らを評しています。
 主食となるのは米とサラ豆です。米は普通に炊いて食べており、サラ豆は粉にして卵黄などと混ぜて練り合わせ、それを団子状にしてスープに落として食べています。
 また、この島の人々は非常にキノコ好きで、様々なキノコ料理があります。お茶の葉とキノコの炒めものや、大きなキノコの傘で魚を巻いて蒸したもの、あるいはキノコ酒といった変わったものまであります。キノコ酒には香辛料とショウガを混ぜて飲むのが一般的で、非常に変わった味がしますが、慣れるとやみつきになるそうです。


○その他

▼篭
 この島は起伏が激しい土地ということで、人々は頭に篭を乗せて歩く習慣があります。他の地域の人々からすると、非常に歩きにくそうに見えるのですが、慣れれば物を落とすことなく全速力で走ることができるそうです。


▼竹細工
 一部に竹林があることから、セルセティアの民と同じように、筏や篭など竹を様々な物の材料として利用しています。


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人物・集団


○組織・集団

▼エイルン族
 各地を旅して歩く女性だけの一族で、彼女らは踊り子であると同時に産婆として知られています。しかし、何より有名なのは放浪の売春婦であるということで、主に貴族や政治家たちを相手に商売をしています。彼女たちはこれと決めた男性と一夜をともにし、子供をもうけます。その子供が女の子であれば一緒に旅に連れてゆきますが、男の子であった場合は相手のもとに子を置いてゆきます。このような行為から薄情な部族と思われがちですが、最後と決めた男性とは一生をともにするという、非常に一途な面も見られます。実は、彼女たちはラチェン人の密偵としての役目も果たしており、ラチェン人だけにわかる即興詩に情報を織りまぜて伝え歩いています。

▼ティタ族
 黄色虫と呼ばれる特別な種類の蚕蛾を飼っており、この幼虫が吐く糸を集めて布を織って、それを売り歩くことで生活しています。彼らは船上生活を送っており、虫の飼育に適した気温に合わせて海上を移動します。船には飼育から機織りまでの、全ての工程に必要な道具が揃えられています。この虫は特別な配合の餌を与えていると死ぬまで幼虫のままでいるのですが、これはティタ族だけの秘密となっています。この糸で織られた布はティタ織りと呼ばれ、非常に高値で売買されています。

▼海エルフ
 島の南側で海女をしている者たちです。海エルフといっても、その美しさと小柄な体格からそう呼ばれているだけで、本当は単なる人間です。彼女たちは数分も潜っていることができ、主にアワビやウニをとって生活の糧としています。


○人物

▼ヤン=セサルス(男/30歳)
 大ヴァンヤン島に住むトゥルグア族の青年で、自警団を取りまとめています。若者たちのリーダー格であり、短気で喧嘩っ早いところが欠点ですが、真っ直ぐな気性で面倒見もよいことから、仲間たちからは好かれています。非常に腕のよい漁師でもあり、素潜りの名人でもあります。

▼クート=ミシュラム(男/21歳)
 ヤンの従兄弟にあたる青年ですが、幼い頃に両親を海で亡くしており、ヤンの家に引き取られて育てられました。ヤンにはとても可愛がられており、誰もが本当の弟のようだといいます。漁の腕は一人前ですが、少し気弱で頼りない面があり、女性の前では照れて何も言えなくなってしまいます。

▼イシュア=ハーン(男/29歳)
 ヤンとは幼なじみとして育ったのですが、付き合っていた女性をヤンにとられたことから仲が悪くなり、今は何かと対立しています。昔はそうではなかったのですが、非常にひがみっぽい性格をしております。

▼カリヤ=セサルス(女/27歳)
 ヤンの妻であり、二子の母でもあります。もともとはイシュアの恋人だったのですが、後に別れてヤンと結婚しています。

▼ティド=パラーシュ(男/18歳)
 もともとは海ラチュエンの子だったのですが、嵐に遭って父親と船を失ったために、生き残った母親とともに島に戻って生活しておりました。その後、病で母を亡くしてからはトゥルグア族が面倒を見ていたのですが、誰にもなつかず人々を困らせていました。今はイシュアの腰巾着で、態度が悪く盗み癖もあるため村では嫌われています。

▼ティカラ=ユーリン(女/18歳)
 クートに好意を寄せている娘で、部族一の美人と言われています。同い年であり家も隣だったティドは、いじめられていた自分をいつもかばってくれていた彼女に気があるのですが、そのことを全く言い出せずにいます。また、彼女がクートに近づくことが気に入らないようで、気の弱いクートに対して嫌がらせをしたり、悪口を言いふらしたりしています。

▼岬守トゥーリオ=ラバン(男/62歳)
 小ヴァンヤン島に住む偏屈な老人で、他の人々と一緒に暮らそうとはせず、南の岬の掘っ建て小屋で1人で生活しています。他人との接触を拒み続けていますが、嵐の前触れなど危険が近づくと子供を通じて人々に教えてくれるため、誰もが彼に感謝しています。もともとは海亀獲りの名人だったようですが、事故で右手の指を無くしてからは海に出るのをやめ、養殖や貝殻の採取をして暮らしています。


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基本情報略史自然文化・生活人物・集団