以下に示すのは不思議な由来を持つものや、いわくつきの美術品として知られる有名な作品です。
○絵画
▼静かなる喧噪
都市のメインストリートで、午後のお茶と会話を楽しむ少女たちの姿を描いた、優雅さあふれる一品です。これはカーカバートの有名画家エリザベス=サンクティスの若き日の作品で、オークションに出品されるということで話題を呼んでいます。
というのは、これは彼女の実家の屋根裏部屋の片隅で、およそ100年ものあいだ死蔵されていたもので、まだ発見されてから1か月ほどしか経っていないためです。エリザベスは天涯孤独の身の上で、屋敷は死後まもなく売りに出されたのですが、その購入者が絵の所有権を持っています。
▼7つの涙
妖精たちの真ん中で涙を流す女王の姿を描いたもので、ライヒスデールに伝わる民間伝承がモチーフとなっています。この作品の奇妙なところは、まったく同じ構図のものが7枚描かれているということです。これらは全てベルクール=マインツという同一の作者によるものですが、背景と女王が腕につけているアクセサリーの宝石だけが違っており、どのような意図をもって7枚の作品としたのか、未だに謎となっています。なお、この作品は贋作が非常に多いことでも有名です。
▼森の乙女たち
茨に抱かれた眠れる乙女の絵で、左右が鏡対照となった2枚1組の作品となっています。この娘たちの目が開く時、背景に描かれた森の泉から、妖精の王が姿をあらわすという伝説があります。
▼マデリーンの午睡
オーギュスト=オークレイの手による作品で、エストルークに伝わる人魚伝説をモチーフに描いたものです。この絵画はもともと名作として高い評価を得ていたものですが、複数の人物が所有権を主張していることで、広く一般に知られるようになりました。
事情は複雑なのですが、まず最初に所有していたユノスの国立美術館から、エストルークにある古典絵画美術館へと移されました。この時点では両美術館ともユノスに所属していましたが、その後にエストルークで独立革命が起こり、混乱の最中にこの絵画は行方不明となります。そして戦後になって、カーカバートの好事家ベルンスト=レノーラがこれを購入し、愛人のメリッサに譲り渡されたという事実が判明します。なお、ベルンストは盗品とは知らずに、画商から正規に購入しています。画商は知り合いの好事家の紹介で会った人物から、模写だと言われて買ったものであり、ベルンストもそれを聞いて気軽に愛人に与えてしまったのです。
ユノスから独立したことから、エストルークはこの絵を自国の所有物として主張していますが、ユノスはもともとの所有権が国家にあることから、当然のことながらメリッサに返還を要求します。さらにややこしいのは、好事家ベルンストは既に死亡しており、欲深いその子供たちが財産の相続権を主張して、愛人メリッサに対して絵の返還を要求する裁判を起こしていることです。通常であれば、このような要求が通るはずはないのですが、カーカバートという土地柄でしょうか、ベルンストの子供たちが裁判官に渡した多額の賄賂が、功を奏しそうな気配なのです。
こういった事情から、この一件は絵の真贋も含めて国際的に論議を呼んでいます。現在、この絵を保管しているのはカーカバート市の裁判所で、ユノス、エストルークの双方の要求にも応じておりません。この絵を画商に持ち込んだという男も行方不明となっており、実際のところカーカバート市も、この件に対しては手の打ちようがないという状態です。近く専門家を呼んで絵画の鑑定を行うことになっていますが、いっそ裏で手を回して偽物ということにして、この騒動に片をつけてしまおうかと考えている評議員もいるようです。
▼赤の女
真っ赤なドレスに身を包んだ貴婦人を描いた、ソファイア王国の画家エデル=クロウリーの最後の作品です。
この絵が有名になったのは作者エデルの不審な死と、それにまつわる1つの噂が流れたためです。よく別荘のアトリエに1人で籠りきりだったエデルの死体は、彼の死後1か月を過ぎてから発見されました。その死体のおかしな点は、外傷はまったくないのに体内の血液を殆ど失っていたということで、発見時には遺体は完全にひからびて、ミイラのようになっていたそうです。
その死体の側にあったのが「赤の女」で、これは後にエデルの娘シルヴィアから形見分けとして、腹違いの妹ルミナ=モードランに渡されました。ルミナの母親というのは今は亡き彫刻家マデラ=モードランであり、エデルの愛人だった彼女こそが「赤の女」に描かれた貴婦人のモデルだと考えられています。
しかし、それから間もなくして、この絵はルミナの手を離れて、地元の有名食品会社の社長であるヴォード=ハインツェルのもとへと渡ります。というのは、ルミナは絵を譲り受けてからしばらくして、精神を患って入院せざるを得なくなったためです。もちろん、それだけであれば何も絵を手放す必要はありませんが、彼女がおかしくなったのは絵を手に入れてからであり、彼女を見舞った友人たちが言うことには、「夜になると絵の女が泣く」と呟いていたというのです。
そのことを聞いたシルヴィアは、ルミナの承諾を得てこの絵を手放すことにしました。本来、彼女はこの絵を教会に収めようと考えていたのですが、彫刻家マデラの親友であり一番のファンでもあったハインツェル社長は、一切の経緯を知った上で絵を譲り受けたいと申し出たのです。
ハインツェル社長が遺体となって発見されるまでに、それほど長い時間はかかりませんでした。その死因は人々が予想した通りで、エデル=クロウリーと全く同じような姿で発見されたそうです。その訃報を聞いたシルヴィアは、今度こそ絵を教会に引き取って貰おうと考えたのですが、ハインツェル家の人々はそれを聞き入れず、絵をオークションにかけることにしたのです。
オークションはつい先日、シャンヴォルト市で行われました。一連の不審な噂が人を呼び、その競売はかつてない注目を浴びたのですが、実際に買い手として値をつけたのは、その手の噂が好きな好事家が数名だけでした。そんな中、1億エランの値をつけて競り落としたのは、現代画においては国内随一と言われる腕を持つルイ=ヴィーレント氏です。彼はエデル=クロウリーの若い頃からの友人にしてライバルであり、エデルとマデラ=モードランを取り合った仲と噂される人物でした。
現在、ヴィーレントの身には何も起きてはおりませんが、いずれ彼もエデルやハインツェルと同じ運命をたどるだろうと影で囁かれています。なお、聖母教会および術法協会が絵の鑑定を申し出たが断ったという話や、もう既に絵は燃やされてしまったという根拠のない噂も流れていますが、実際のところを知る者は誰もおりません。ただ、エデルの作品を取り扱っていた画商が、知人に1つだけ真実を漏らしています。実はこの画商は作者エデルの遺体が発見される前に、仕上げに取り掛かる前の絵を見ているのですが、その彼が言うことには、あの絵の女性は赤い衣装ではなく純白のドレスを身にまとっていた、と言うのです。過去にエデル、ルイ、マデラの間で起こったことも、事件の真相についても正確に知る者は誰もおりませんが、このままではきっと悲劇的な結末に行き着くことは想像に難くないでしょう。
▼我が裡から出ずる魔物
魔物たちによって責め苦を受ける冥府の罪人を描いた宗教画ですが、カイテイン帝国のフィスホーン市で盗難にあって行方不明となっておりました。その後10年以上の時を経て、ようやくこの絵の一部が発見されることになります。これはある美術品収集家の死によって判明するのですが、どうやらこの絵画は有名すぎて売りさばくことが出来ず、大きすぎて保管にも困ることから、盗難グループはこれを幾つかに切断して、闇ルートで個人収集家に売り捌いたようなのです。
その後、警察の捜査によって奇妙なことがわかります。この絵画はおそらく8枚に分割されたようなのですが、その所有者のうち4名は既に死亡しています。捜査員が驚いたのはその死因で、彼らは所有している作品の内容通り、まるで魔物に殺されたかのように無惨な最期を遂げているのです。この事件の全貌は人々に知らされておりませんが、好事家や貴族たちの間では既に噂が広まっています。現在のカイテインでは聖母教会の影響力はだいぶ弱まっているのですが、この件に関しては神による天罰ではないかと囁かれているようです。
▼灰の中の永遠/イザベル=マルレーン伯爵夫人像
フレイディオンに伝わる呪われた婦人画で、イザベル=マルレーンという伯爵夫人を描いたものです。正式には「イザベル=マルレーン伯爵夫人像」と呼ばれるべき絵なのですが、一般には「灰と炎の中の永遠」として、その伝説とともに知られています。
この絵はもともと伯爵家の依頼で画家ガウロン=ボドワールが描いたもので、伯爵家に飾られていたものです。しかし、聖歴719年に起こった緑葉革命の最中、マルレーン伯爵の一族は市民の襲撃に遭って殺害され、屋敷も炎に包まれることになります。しかし、その焼け跡からは殺されたはずの伯爵夫人の遺体は発見されず、かわりに市民が目にしたのは灰の下に埋もれた、まったく無傷のままのイザベル伯爵夫人像でした。
その後、革命期の混乱で絵の行方は一時わからなくなっていましたが、呪われた絵の噂だけは人々の間に受け継がれてゆきました。そして革命から7年が過ぎた聖歴726年、フィ=レザール市役所の倉庫でこの絵が発見されます。しかし、誰がここに絵を運び込んだのかは、結局分からずじまいでした。
市民たちが伯爵家の呪いを恐れたため、市庁舎には後に聖母教会の司祭が呼ばれ、倉庫も含めて念入りに清めの儀式が行われたといいます。また、伯爵家の跡地は公園とされ、その片隅には無銘の墓碑が建てられることになりました。これは革命で命を落とした勇気ある市民たちを讃えるものだといいますが、人々は伯爵夫人のために造られたものと信じています。
なお、呪われた絵画の逸話と同時に、この絵の所有者は決して死なないという、伝説めいた噂も巷には流れています。というのは、現在この絵の所有権を持つ実業家のヴァイル=エドワードセンは、路上強盗に襲われた時と海難事故に遭った時の2度とも、奇跡的な偶然によって命を救われているためです。
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