上流身分
現在のエルモア地方には様々な政治形態が混在しています。ですから、王侯貴族の立場も非常に幅広く、ひとくくりにして説明することはできません。人権革命などによって土地を失った貴族や、諸々の特権を剥奪されている場合もあるのです。そのため、それぞれの国家での貴族の立場は国家のパートを見ていただくことにして、ここでは一般的な説明にとどめておくことにします。
○立場
貴族が属する階級は2つあります。支配者として土地を持ち、税収を得、諸々の政治的・社会的特権を持つ貴族を『支配階級』と呼び、そうでないものは『名誉階級』となります。
・五等爵
貴族には5つの位があり、ほとんどの場合は世襲制となります。これらは五等爵といい、公・侯・伯・子・男の5つの順に領地が大きくなり権力も強くなります。しかし、これは貴族が支配階級として存在している国家の話です。名誉階級の貴族は称号だけが残っており、権力そのものと階級は関係ありません。なお、土地を持たない貴族として騎士という階級を設けている場合もありますが、これは国家や民族によってまちまちです。何らかの功績を挙げた人に一代限りの名誉として、騎士の叙勲を行うこともあります。・没落
国家によって貴族の立場には格差があります。中には財産を食いつぶしてしまい、先祖伝来の家具や宝物を売ることで生計を立てている貧乏貴族もいるようです。また、所有している美術品を公開して美術館として公開したり、庭園を有料の公園として部分公開することで、屋敷の維持費を賄ったりする場合もあります。
このように現在のエルモア地方では、貴族といえどもその生活が限りなく保証されるわけではありません。強大な権力を持つ階級とはいえ、民衆をないがしろにするわけにはゆかなくなっているのです。・名誉
上流社会の人間はとりわけ名誉を重んじ、自らを高貴な存在として飾り立てることに執心します。そのため身だしなみをきちんと整え、礼儀作法を完璧にこなし、学問のみならず文化や芸術にも目を向け、平民にはとても真似できないような生活を送ることを信条とするのです。・醜聞
社交界で最も嫌われるのは醜聞で、恥をかくのは何より許されざるべきことなのです。特に支配貴族の場合は顕著で、個人の恥は家名に泥を塗ることであり、ほんの少し前までは汚名を注ぐために決闘を行っていた時代もありました。
上流社会の人々にとっては、文化や知識に通じていることや、身なりに気を配ることも恥をかかないためには必須の事柄です。しかし、色恋沙汰に関する見解はそれぞれで、そういったスキャンダルをむしろ名誉と考えている伊達男も少なくはありません。・恋愛
支配階級の人々の間では、異なる身分の人間との色恋沙汰はみっともないこととされており、身分違いの恋を成就させるには駆け落ちや心中という手段しか選択することは出来ません。しかし、領地や実権を失った貴族の場合は、家を維持するために富裕階級層との婚姻も行われるようになっています。とはいえ、いわゆる平民と自由に結婚できるわけではなく、家の意向に縛られるという点では昔と大差ないといえるでしょう。
○生活
・支配階級
支配階級の貴族は、一般に多額の税収によって優雅な日常を送っています。特に高い地位にある貴族は、休日には人々を集めて狩猟を行ったり、宴を催して享楽にふけったり、あるいは海外旅行に出かけたりと、一般市民には想像もつかない贅沢三昧の生活をしています。・名誉階級
名誉階級の貴族は家柄を認められたり、政治職に就いたりしてはいますが、基本的な立場としては財産のある市民と大差ありません。権力は階級ではなく、職業に付随するものなのです。名誉階級の貴族でも土地や財産がある者は、支配階級ほどではありませんが、非常に贅沢な暮らしをしていることがあります。・費用
都会の社交界である程度認められるには、少なくとも馬車と馬を所有し、召使いを何人も雇っていなければなりません。そして、香水や上等な仕立てといった身だしなみ、交際費、生活費といったものに、それぞれ年に1000万エラン以上かけて、初めて上流社会に大きな顔をして出入りすることが出来るのです。これは大きな屋敷を維持していない一人暮らしの場合であり、その他の諸経費を考えると、並大抵の財産では上流階級の人間としてやってゆくことは出来ないでしょう。・教育
上流階級の人間は高い教育を受けることは当然のことと考えており、子供をなるべく上等な学校へと進学させようとします。文化的に後進国とされる国の貴族は、血縁者を先進国に留学させることもあります。
また、彼らは礼儀作法や芸術を学ぶことも必要ですので、そのための家庭教師を雇い入れ、自分の家に住まわせて教育を施します。家庭教師の格も家の評判に関係しますので、超一流と呼ばれる演奏家や画家、あるいは思想家たちを迎え入れ、その出資をするかわりに家庭教師として働いてもらうのです。・使用人
支配階級の者は、身分の低い者がやることを真似るのは恥と考え、身の回りのことは殆どすべてを使用人にまかせてしまいます。こういった風潮を裕福な市民も真似するようになったため、現在では都市の雇用者の5%以上が召使いとして働くようになっています。
特に淑女と呼ばれる女性たちは、自分では何もしないのが当然と考えています。ですから、家事といっても刺繍がせいぜいで、料理などしたこともないという女性がむしろ普通なのです。また、子育ては乳母が行うものであり、自分では授乳さえしないのがむしろ一般的です。・クラブ
同じ趣味を持つ間柄で結成される集団で、趣味を主体とするものと職業を主体とするものの2つがあります。前者は旅行や乗馬のような遊びを中心とするものから、歴史や発掘といった学術的な目的を持った高尚な集団も存在します。後者は親睦を深めることを主な目的とするもので、将校や医師といった社会的地位の高いものが殆どとなります。
クラブに入会するには、それなりの資格と高額の入会金が必要となります。その資金でパーティや公演用の広間を借りたり、ほどほどの値段で利用できる快適な部屋を用意して、メンバー同士の交流のために自由に利用しています。なお、平民がこれを真似てちょっとした趣味の集団をつくり、会報などを作成して楽しむこともあります。
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神聖身分
エルモア地方では宗教機関の影響が非常に大きく、聖職者というのは多大なる尊敬を受ける職業です。聖母教会、法教会、マイエル教、およびエリスファリア国教会などの宗教組織で働く者は、『神聖階級』として特別な身分を確立しています。扱いとしては富裕階級〜名誉階級となりますが、権力や財産があるわけではありません。
神聖階級は上流、中層、下層のどれにも属しません。彼らは出自や財産によって区別されることのない存在なのです。宗教機関の影響は国家によって様々ですが、およそだいたいの聖職者は人々に無条件で尊敬され、強く信頼されています。
国家によっては彼らは裁判官であり、あるいは政治家であったりもします。もっとも、こういった制度は時代の流れに逆行しているものであり、為政者の中にはその影響力を積極的に削いでゆこうと試みる者もいます。
○影響力
聖職者が尊敬されるのには、いくつかの理由があります。
まず挙げられるのは、実際の力としての術法の存在があるでしょう。聖母アリアから伝えられたというその技は、怪物を倒すだけでなく、社会形成の基盤として大いに役立ちました。現在でも神官戦士として働く聖職者は、変異体や不死者の討伐に術法を用いています。もちろん、医学が発達する以前は神官が医者の役目を果たしておりましたので、治療に用いられる術法も人々の命をたくさん救ってきました。その重要性は想像に難くないでしょう。
次に、教会組織が世俗化せず、独立した存在として人々の生活を守ってきたことがあります。聖職者たちが信仰を忘れず、組織を腐敗させなかったことはもちろんですが、何より独自の財源を持っていることから、世俗権力に媚びる必要がなかったという理由が大きいでしょう。今でこそ宗教が政治に及ぼす影響力は縮小化していますが、かつては高位の聖職者が政治の相談役を務めるのは当たり前のことでした。聖職者が議院や裁判官の職務に就いていることもありますが、これらのほぼ全ては民衆の側に立つことを心がけたものなのです。
それから聖職者がすべからく知識人であるということも、民衆の尊敬を受ける1つの理由です。たとえば、人々が字を読めなかった頃に書物を読んで聞かせたのは聖職者でしたし、さまざまな相談役としても頼りになる存在でした。また、聖職者には神大学や学問院といった附属機関で学問に励む者も多く、一般市民よりも確実に知識を蓄えているのです。
しかし、何より宗教家の敬虔な信仰心と清廉潔白な態度こそが、人々の尊敬と信頼を勝ち得た最大の理由でしょう。困ったことがあればまず教会へ行くというのが、一般市民にとっては今でも当たり前の考え方なのです。
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中層身分
中層の身分には、『富裕階級』、『知識人階級』、『市民階級』の人間が含まれます。ある程度の資産を持ち、特定の場所に定住している一般市民と考えればよいでしょう。普通に仕事をこなしていればそれなりの生活を送ることができ、特別に蔑まれることなく生きてゆくことができます。職業分野としては非常に幅広いのですが、仕事内容は総じて専門的な知識や技術を必要とされるものになります。
○上昇志向
この身分の人々の多くは上流社会の生活にあこがれています。出自を取り替えることはできませんが、金銭によってそれらの真似事をすることは可能なのです。富裕階級の人々は金にあかせてピアノを買ったり、上等な馬車で観劇に出かけたり、あるいは名士や知識人を呼んで宴を開くといったことをして虚栄心を満足させるのです。
・成り上がり
中層身分の人間が社交界の仲間入りをするのも、決して不可能事ではありません。土地を失った貧乏貴族が金策に訪れたり、資本家の援助を頼りにして娘を嫁に差し出したりすることは珍しくはないのです。また、音楽や文芸の才能があれば貴族がパトロンについてくれることもあります。そしてパーティで美しい演奏を披露したり、詩文を朗読したりするのです。一流の芸術家に出資することは、社交界ではステータスシンボルの1つとして考えられています。
知識人階級の人間でも、特別な発見や発明によって莫大な財産を手に入れたり、エルモア中にその名が知れ渡る可能性もあります。一般に知識人階級の人間は尊敬される立場にありますが、社会への貢献次第によっては、それ以上の栄光をつかむことができるでしょう。
とはいえ、これらはあくまでも多額の資産を持つものや、特別な才能を持ったものだけに許される話です。一般の人々はきらびやかな生活に憧れを抱きつつも、その日その日を堅実に過ごしているのです。
○生活
中層身分の人間は富裕階級、知識人階級、市民階級という分類の他にも、大きく2つに分けることができます。それは財産の有無によるものです。
・資産家
土地や工場を持つ者、あるいは大病院を経営する医者などは、かなりの贅沢をすることができます。時間的に余裕があるかどうかは職業次第ですが、余暇には海外旅行や観劇に出かけることもできますし、ちょっとしたパーティを開くことも可能です。召使いを雇っている家もたくさんあります。中には名誉階級の貴族より財産を持つ者もおり、そういった中層の人間に金策に訪れることもしばしばあるようです。・一般市民
財産を持たない一般市民は、大した贅沢ができるわけではありません。職業にもよりますが、収入は数万〜数十万エランの範囲で収まります。しかし、逆にそれほど貧困にあえぐこともなく、おおむね不自由なく暮らすことができます。空腹で苦しむことはありませんし、週末にはレストランで外食を楽しむことも可能です。休みの日には芝居見物や国内旅行に出かけることもできるでしょう。住居が密集した都市では難しいかもしれませんが、田舎ではそれなりの家を持つこともできます。
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下層身分
下層の身分に含まれるのは『労働者階級』と『浮浪階級』の2つになります。ともに中層以上の人々からは蔑まれたり、あるいは哀れみの目を向けられることが多い階級です。
・労働者階級
労働者階級はいわゆる肉体労働者や芸人、あるいは娼婦などといった職業になります。農夫や漁師たちも含まれますので、人口の半数以上はこの階級に属しているといっていいでしょう。
彼らの多くは特別な知識や技術を身につけていないため、とにかく体を使って働くしかありません。農夫は富裕農民の土地を耕してわずかばかりの収入を得、工場労働者は劣悪な条件の下で資本家に酷使されるのです。しかし、どんなに苦しくてもそれをやめてしまうわけにはゆきません。彼らの代わりはたくさんいるので、誰かがやめてしまっても、すぐに次の人間を雇えば済むことなのです。
このような境遇にいるため、彼らは上の階級の人間をうらやましく思い、時には憎しみさえ抱くこともあります。しかし、大部分につきまとうのは諦めという感情です。とはいえ、彼らも何もせずにいるわけではありません。近年では労働者が団結して工場経営者と争うという事件も、ソファイアなど一部の国家で起こっています。それに、懸命な努力と優れた発想によって下層身分から企業家へと成り上がった人間も皆無ではないのです。・浮浪階級
浮浪階級には不定居住者や放浪民族、それから都市浮浪児や乞食などが含まれます。多くは職や決まった住居を持っておらず、素性の知れない者として怪しまれたり毛嫌いされたりするのが普通です。中には犯罪に手を出す者もおり、ますます彼らの立場を不利なものにしています。しかし、そうしなければ生活できないのですから、彼ら自身は決して悪びれることはありません。
○生活
下層身分の人間は、狭苦しい住居と粗末な食事を得るのが精一杯で、中層身分の人々のように社交界を夢見ることさえありません。休みもあまりとれず、もちろん遊ぶお金もありません。成り上がるといっても、せいぜい美しさを売り物にして、高級娼婦として貴族に買われるくらいのものでしょう。もっとも、そんな妄想に時間を費やすよりは、とにかく働いてお金を稼ぐことに考えを巡らせなければなりません。
・食事
食事は黒パンやオートミール、それに具の少ない(時には入っていない)スープがつくぐらいのもので、健康的な生活とはほど遠い毎日を過ごしています。これらも新鮮なものが手に入ることはなく、堅くなったパンを水やスープにつけて食べたり、匂いを放つ肉をパンケーキに包んで飲み込んだり、アルコールの助けを借りてようやく口に詰め込むといった具合です。・貧民街
都市部において、こういった人々が集まってできたのが、貧民街と呼ばれる地区です。劣悪な環境に生まれた人々の中には、身を持ち崩す人も少なくありません。ですから、貧民街はどの都市でも危険な場所であることは間違いなく、一般市民は決して近づこうとはしないのです。・施し
彼らにとってせめてもの救いは、施しは美徳であるという観念が宗教的な影響からまだ残っているということでしょう。道端の乞食に小銭を恵んでやることは善行として受けとめられていますし、聖職者たちがときどき見回りにきては、食事や衣服を置いていったりもします。しかし、それらは決して根本的な解決手段にはなり得ないのです。
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最下層身分
身分制度の最下層に位置するのは、『犯罪者階級』、『奴隷階級』、『異端階級』の3つです。ともに社会的な権利を認められておらず、下層身分の人間からも蔑まれる存在です。
○犯罪者階級
犯罪者階級にいる人間は、明らかに犯罪者とわかっている者か、あるいは罪歴がある者に限られます。表向きに一般市民を装っているような人間は、この階級として扱われることはありません。罪歴のある者は一般の人々には毛嫌いされ、まともな職につけないことも多くあります。ですから、ほとんどは肉体労働者として働き、貧民街で暮らしているようです。罪歴があると周りに知れてしまった場合は、突然職を解雇されたり、あるいは近隣の人々に無視されたりすることもありますので、過去を隠しながら生活していることも多いようです。そういった差別に耐えかねて、再び犯罪に手を染める者も少なくありません。
犯罪者階級には、裏組合やギャングなどの組織に属する者も含まれます。しかし、彼らにはそれなりの勢力がありますし、酒場やカジノの経営など表向きの職業を持っていることも多く、一般市民からあからさまな差別を受けることはありません。嫌われていることにはかわりないのですが、人々は報復や嫌がらせを恐れて、なるべく接触をもたないように心がけています。
○奴隷階級
奴隷階級に属する主な人種は黒人ですが、赤人の奴隷も存在します。ほどんどはペルソニア大陸から連れてこられた者になります。奴隷階級の者は基本的な人権を認められておりません。家畜と同じように扱われ、法的にも所持品ということになるのです。奴隷が殺されてもそれは殺人ではありません。彼らは主人の所有物であるため、主人の言うことは何でもきかなければなりません。もし反抗するようなことがあれば厳しく罰せられますし、体罰が行き過ぎて死に到ることもあります。もちろん、奴隷を買うにはそれなりのお金がかかりますので、死に至るまで罰することは滅多にありません。
○異端階級
異端階級の人間も犯罪者階級と同じく、周りに気づかれなければ一般市民として生活することができます。有名な大学の教授が影で錬金術師として活動していたり、善良な市民を装った悪魔崇拝者が隣人を生け贄に捧げることもあるのです。変異の影響を受けた人間も同様で、変容した肉体を包帯で隠して日常生活を送っている場合もあります。しかし、異端階級の人間だということがばれてしまえば、その扱いは一変します。どのような身分のものであれ、所属する社会を追われたり、あるいは隠れて私刑を受けることになるでしょう。もしそうなっても、法律が助けてくれることはまずありません。異端階級の人間は社会にとって災いであり、そして忌むべき敵なのです。
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