人体改造
魔道生命工学には、生物兵器の他にもう1つの目的がありました。それは人類の革新についてです。
他種族と比較して複雑な構成の生命体である人間ですが、肉体の力そのものはあまりにも脆弱すぎました。そして、科学魔道の技術によって生み出される数々の生物の強さは、羨望に値するものだったのです。また、この時代は寿命や老いというものから逃れようという人々の欲望が高まってきた時期でもあります。こうした理由から、人間を強化する目的の実験が繰り返されることとなりました。
この実験に用いられたのは、医療用に開発された擬人やクローン体です。当初はクローン体のみが使用されていたのですが、単価の問題で後には擬人が使われるようになりました。単価のみならず、擬人は遺伝的な性質を均一に作製することができ、更に転写によるミスプリントが起こらないという性質をもっています。このような理由もあって、特殊な遺伝病の研究でもない限りは、クローン体は利用されなくなったのです。医療の被験体としてつくられた擬人は、ライフ・クリスタルの周囲に細胞様の活動タンパクをコーティングしてあり、人間の細胞と同等の反応を示すという特徴を持っています。これらは外見的には人間とまったく変わるところはありませんが、内部に臓器などを持たない細胞の塊のような存在です。現在の術法でつくられる自動人形などは、これと全く同じ原理で設計されています。
人体の改変として最初に行なわれたのは、生物兵器と同様に単なる肉体の強化実験でした。その際に誕生したのが、現在の『ギガント』や『ドワーフ』と呼ばれる種族です。神話や民話からとられた名をもつ『亜人種』は、前者が巨人で、後者は背が低くずんぐりとした種族です。ともに膂力と体力に優れているのですが、ただ単にそれだけの存在であり、人々の望みを満たすものではありませんでした。
次いで行なわれたのが、長寿種族の誕生実験でした。これによって生まれたのが『エルフ』(あるいはエルフィン)と呼ばれる種族です。しかし、彼らの長命は新陳代謝の速度を引き下げたための産物であり、その反動として肉体そのものは脆弱になってしまいました。
その他の遺伝子操作によって、『ハーフリング』と呼ばれる小型種族などが偶然に誕生したりもしましたが、いずれも人類の夢を満足させるものではありませんでした。なお、交配実験も多数行なわれ、以上の種族は人間との間で子を残すことができますが、それも次代までしか続かず、3代目を誕生させる能力がないことがわかっています。それぞれの亜人種の同種間での子は、生き続けることも、その間で子を残すことも可能ですが、異常が発現する割合が非常に高いようです。
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人体情報操作
通常の強化実験による人体の変化を諦めた人類は、次に幽子に対する人体情報の固定化を試みました。非常に長い時間をかけて呪式を解明し、一時はいよいよ人類にも永遠の命がもたらされるのだと研究者たちは歓喜しましたが、後に色々な問題点が発覚することとなりました。まず代謝機能の一部に障害が発生しましたが、これは呪式による適切な補正設計を行うことで、さほど手間取らずに改善することができました。しかし、次に発見された精神情報に関する問題は、その時代の技術ではどうにもならない類のものだったのです。
肉体情報と精神情報に何らかの連動が見られることは、それ以前の実験でも報告されておりました。そして、この実験でも同様の結果が示されたのです。肉体情報の固定化を行った実験体は、精神情報にも変動が起こらない状態へと変化しました。つまり感情などの精神的な動きが一切消失してしまったのです。そればかりではなく、長い時間この状態に置かれると、いずれ精神に異常を起こすということが判明しました。この技術はいわば、精神的な死者をつくり出すためのものに他ならなかったのです。
しかし、研究者たちは諦めることを知りませんでした。そして次には、霊体の移送技術を開発することを考えました。つまりクローン体に精神を移し換え、それによって永遠の命を得ようというものです。一時的には成功したかのように見えたこの実験も、長期間の培養を続けるうちにその欠点が見えるようになりました。ここで問題になったのが自我という存在についてです。
意識のないクローン体に精神を輸送しても、そのクローン体が自我を持ちはじめるという結果が半数以上の実験体で見られたのです。この失敗には精神が融合してしまうケースと、移送先のクローン体の精神のみが活動するというケースがありました。つまり、移送元の精神が無事である確率は50%以下なのです。このような失敗が続いたため、この実験は途中で打ち切りとなりました。
これらの研究と同じように、寿命をのばしたり、霊体を他の生物へ移送する術法も存在します。しかし、結果が知られていないというだけで、これもまた最終的には悲劇をもたらす技術に過ぎません。すなわち、精神に何らかの変調をきたし、後には発狂状態へと至るということです。
なお、亜人の一部には非常に長命な者も存在します。しかし、彼らは感情を持たない機械のような生命体であったり、完全に狂っている場合がほとんどです。まれに正常に見える個体もおりますが、それが本当に正常なのかは誰にもわかりません。何かのきっかけで豹変する可能性もあるのです。
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培養体
長寿に関する実験は、一旦は完全に道を断たれたかに見えたのですが、ほどなくして突然息を吹き返すことになりました。ある研究所から『培養体』(カルチャーマザー)という擬人の研究結果が発表されたのです。
培養体はクローン体をつくる培養槽を改善した技術の産物であり、種親とする相手の全情報を完全にコピーし、それを生み出すことができる能力をもっていました。ここでいう情報とは精神の記憶情報も含めた幽子の配列のことであり、この培養による情報の転写ミスはほぼ0という非常に優れたものです。しかし、これが完成した時期が運悪く大変異現象の直前であり、結局この培養体は活用されないまま眠りにつくことになります。
科学魔道時代には役立つことはなかったとはいえ、この培養体は後のエルモア地方に大きな影響を及ぼすことになります。というのは、聖母アリアの母『アルメリア=エルファティー』はこの培養体として造られた存在であり、アリアは人造天使を情報元として生み出された生命体だったからです。人造天使が霊子生命体であったことから、アリアは人造天使の無限ともいえる術法行使能力と、母親の培養体としての能力を双方とも受け継ぐことになりました。そして現在は変異源を封じるために、聖母アリア教会の地下深くで儀式を続けているのです。
余談ですが、アリアの母親の名は、正確には『アルメリア=C=エルファティー』といいます。これはAlmeria、C、L、F、atyと分解することができます。アルメリアは個体識別名称であり、1番目のAからつけられた名前です。そして、C=culture(培養体)、L=Lady、F=40番(シリーズ)、aty=atypical(不定形の、不規則な、異常な)となり、総合すると40番目シリーズの最初につくられた、女性型培養体の突然変異体ということになります。人造天使の子供を生むことができたのは、変異体であったためかどうかは不明です。
なお、培養体は亜人地域の遺跡に何体か眠っており、このうち目覚めた1体は現在ペトラーシャのどこかで人間に紛れて生活しています。もともとこの培養体は、ライヒスデールの軍隊に発掘されて囚われの身となっていたもので、ライヒスデール軍は今もこの培養体の行方を追っています。
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