エルモア地方の復興

聖母アリア裏教会聖人ルーン聖暦


 

聖母アリア


 エルモア地方は中央都市と呼ばれた大都市が集中しており、13の中央都市が覇を競いあった場所です。そしてまた、大陸落としの際に霊子核融合砲の余波を受けた場所で、世界で最も強く大変異現象の影響を受けた土地でもあります。
 戦後この地に残ったのは、下半身をダイヤモンドに変えた鹿、血の流れる川、塩の柱になった人間など、見るに耐えない惨劇でした。大変異現象が続く中、人々は刻一刻と進む物質構造の変化から逃れようと、必死で生き延びる地を探し求めました。そして、限られた地域の中で変異現象に怯えながら、しばらく死と隣り合わせの生活を続けます。
 霊子の異常活性状態は約70年でおさまったのですが、人々はその間、過酷な自然環境と何より恐ろしい変異体たちの驚異にさらされることとなりました。変異現象が起こった地域の生態系は一変し、モンスターや亜人種などと呼ばれる生物たちが誕生したのです。怪物たちは単なる肉体構造の変化に始まり、遺伝子レベルおよび精神にさえも変異を起こしていました(精神も幽子と霊子で構成されているため)。生物たちの中には異常な食欲を示して他生物を無差別に襲ったり、あるいは超能力も含めて強力な能力を身に付けたりするものがいました。これは人間でさえ例外ではありませんでした。


 現在の標準暦である聖暦を遡ること1072年、『アルメリア=エルファティー』という女性が1人の女児を生み落としました。この娘こそが、後に『聖母アリア』と呼ばれる存在です。
 アリアの父親はいないというのが現在のエルモア地方の通説ですが、これは当たらずとも遠からずといったところです。というのは、彼女の母親アルメリアは普通の女性ではなく、科学魔道時代につくられた『培養体』と呼ばれる人造生物であり、そして父親もまた兵器として開発された『人造天使』と呼ばれるものだったからです。培養体というのは生物の複製機のような存在で、認識した相手の情報を正確に記録し、その複製を生み出すことができるのです。この培養体の素晴らしいところは、記憶の引き継ぎもできるということでした。これは不老不死を望む人々の願いから作り出されたもので、その最初の培養体シリーズのうちの1体がアルメリアなのです。そして人造天使というのは、霊子で構成されているいわば霊体のような存在であり、無制限に魔術を行使できる兵器としてつくられたものでした。
 本来であれば、培養体は父親に当たる存在を複製するか、あるいは単為生殖によって自分と同じ存在を生み出すことしかできません。しかし、霊子体である人造天使を父親としたことで、肉体は培養体でありながら魔術を自在に操る存在が生まれたのです。これがアリアの奇跡の力の秘密です。

 アリアが生まれてから17年後、ある村に成長した少女が訪れます。この村での数々の出来事は、アリアの最初の奇跡として語り伝えられるところです。これらはもちろんアリアの魔術によるものだったのですが、科学魔道文明が滅びて300年あまりが過ぎたこの頃には、その原理などを知るものはおりませんでした。そのため、人々には魔術が生み出す不思議な現象は神の御業にも思えたのです。変異体や厳しい自然環境に怯えていた人々は、アリアの力をもちろん手放しで歓迎することになります。そして、神の啓示を受けたという彼女の言葉を受け入れ、奇跡の少女、神の娘と讃えて祀りあげたのです。
 それから彼女は村の人々の力を借りて近隣の集落をまとめ上げ、怪物たちから身を守るための戦士を育成します。これが後にいう『神官戦士団』のはじまりです。また、アリアが授けた魔術によって、人々は変異に対抗できる力を身に付けたのです。しかし一方で、彼女は科学魔道知識を封じ込めようとしました。その理由は推して知ることができるでしょうが、アリアは廃虚と化した都市を幾つも封じ、魔術と原始的な技術で生きることを人々に推奨したのです。


 年月が過ぎて、彼女は子供を生みました。彼女は培養体としての能力を備えていたため、アルメリアと同様に1人で子を為すことができました。そのことが彼女を『聖母』、『永遠の乙女』と呼ぶゆえんとなります。彼女は最終的に13人の女子を持つことになります。その子供らもやはりアリアと同等の能力を持ち、優れた人格もあいまって人々に使徒として讃えられることとなりました。最後の13人目の子が10歳になった時、アリアは上の12人の娘を連れて旅立ちます。それは最大の変異源となっている13の中央都市を、その科学魔道の技術ごと封印するためです。この13の都市こそが現在の『中央教会』のある場所です。
 最後の娘『ユナス』に全てを託し、アリアらは人知れず旅立ちました。それ以来、彼女たちの姿を見たものはおりません。そしてエルモア大陸の変異は徐々におさまることになりました。変異を遂げたものが元に戻ることはなかったとはいえ、それでも今以上の変異におびえる必要がなくなった人間たちは、結束して生息域を拡大し、少しずつですが発展してゆくことになります。第二の復興期の始まりです。そして、その原動力となったのが、ユナスの創始した『聖母アリアと十二人の使徒教会』でした。


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裏教会


 母や姉たちの知識と信念を受け継いだ『ユナス』は、魔術や学問などの多方面において人々を指導し、無償の愛とその実行を掲げて布教活動に尽力しました。そのため、後に彼女は『主教』と呼ばれることになります。一方で彼女は、彼女に近しい人々とともに異なる目的、科学魔道の封印も行ないました。それは人民に知らされぬうちに行なわれ、長い年月を経た現在では科学魔道の技術(特に呪学)が人々の前に現われることはほとんどありません。こうして教会は、表裏2つの目的を遂行するために存在することになりました。それが聖母教会を『表教会』と知られざる『裏教会』とに機能を2分させることの原因となります。
 裏教会は科学魔道の封印を行うと同時に、神書というものをつくりあげました。これが現在、神の記録として残されているものです。これに書かれている魔神や神、そして天使というのは、魔道機や生物兵器、あるいは霊体兵器たちのことであり、科学魔道時代の技術を悪役に据え、神罰を受けて封じられたという記録を捏造することで、遠回しに人々の心に過ぎた技術を行使する危険性について警告しているのです。その敵側の主役『魔神アヌカリヲ』として取り上げられたのが、巨大魔道機アン・ユーカリヲンです。
 アヌカリヲは神話の中で、『天の大地』を落とした罪により翼をもがれ、エルモアの地に逃れたところを『退魔の業火』と呼ばれる光で滅ぼされたことになっています。そしてアヌカリヲはこの仕打ちを恨み、世界に呪いをかけ、これが『変異』であると伝えられています。順番は入れ替えてありますが、ほぼ現実にあったことを巧みに神話に織りまぜてあり、実に裏教会らしいやり方といえるでしょう。


 ユナスは聖母教会の基礎をつくり上げた後に死んだことになっていますが、実は彼女は現在も生きています。そればかりか、アリアと12人の娘もまた、眠りについたまま封印の儀式を続けているのです。
 行方不明だと伝えられているアリアは、実は聖母アリア教会の地下で眠っています。しかし、ここに沈んでいる都市の封印が解けかけるという事件があり、それを補助するためにユナスは眠りについたのでした。このことから、裏教会は封印の儀式を強化する必要を痛感します。

 ユナスが眠りについた後も、教会は魔術の行使による人々の救済を続け、絶大な権力を手に入れることになります。そして、再び王国が出来始めるころには、多くの国で教会は重大な発言力を持つことになりました。政治に介入した教会は表教会の目的を遂行すると同時に、裏教会としての教え、すなわち科学魔道の管理を可能としました。それは人々の生活の多くを教会が統制することを意味します。
 教会はその力を用い、アリアと12人の使徒が封印した都市の上に、それに対応するアリアや使徒たちを祀る教会を作り上げました。しかし、その本来の目的は中央都市の封印をより強固にするためであり、そのために教会上層部の者たちは数々の魔術儀式を施したのでした。彼らが計画したのは、人々の祈りによって生じる霊子エネルギーを封印の強化に使用することでした。そのため、祈りに用いられる『聖言』(神聖語)を呪文とすりかえ、人々は知らずのうちに霊子を教会の地下にある中央都市の封印に注ぎ込むことになりました。同様に、魔力を集めやすい形状を偶像崇拝の対象として用いました。それが現在の聖印である『円十字』(アンク)です。こうして教会は人々の祈りを利用して、ほぼ完全な封印の儀式に成功することになりました。ここまで至るために、アリアが生まれて千年以上の年月を必要としています。


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聖人ルーン


 組織というものは規模が大きくなるとともに、その管理は非常に困難となるものです。まして、聖母教会のように何か国にもまたがるような巨大な組織であればなおさらのことです。また、裏教会はその性質上、教会内部にさえその存在が秘匿されるようになりました。現在の表教会でも、裏教会の存在を知っているのは主教以上の者と司祭長の中でも選ばれた者だけです。こうして、裏教会は完全に影の組織として独立して行動することになりました。

 教会組織が分裂したのは表裏に限ってのことではありませんでした。前聖暦631年に主教となったセルトラーンは、聖母教会の真実の歴史を教えられました。しかし彼は、やがて信仰と事実の狭間で苦しみ、聖母教会と袂をわかつことを決心したのでした。ですが、秘密を知ったセルトラーンをそのまま外に出すことはできなかったため、裏教会は彼の記憶の一部を奪って幽閉することにしました。
 数年が過ぎ、セルトラーンの人生に転機が訪れます。ある夜、彼は夢の中で神の声を聞き、そして目を覚ますと草原の中に倒れている自分に気がついたのです。目覚めたセルトラーンが覚えていたのは、「神の子を探せ」という力強い言葉でした。こうして彼の『神の子』を探し出す旅が始まります。そしてセルトラーンが旅の途中で出会った人物こそが、後のエルモア地方にもう1つの勢力を生み出すことになる『ルーン』という青年でした。


 ルーンは、聖母アリアやその娘たちと同等の力を持っていたと伝えられています。それもそのはずで、彼は『月人』(ムーンノイド)のつくりだしたクローン体の1つで、人造天使と同じ力が組み込まれていたからです。月人はかつての過ちを繰り返さないために、そして今後の人類がどのようにあるべきかを模索するために、人間の社会そのものを実験場として様々なテストを行っているのです。エルモア地方の場合は、1つの組織が大きな権力を持たないようにすることを条件として設定しています。このような実験はエルモア地方以外でも試されており、逆に1つの組織が人民をコントロールした場合、あるいは社会を完全に平等にした場合など、様々なケースの実験が行われています。エルモア地方に存在する様々な結界は、地域に特有の変異を拡散させないという目的の他に、閉鎖実験場としての意味もあるのです。
 ルーンは月人の命令に従い、聖人としての役割を完全に演じきりました。とはいえ、ルーン自身は自分がクローン体であることを知らずに過ごし、人民のために心から尽くしたのです。月人の思惑通り、ルーンは人民に崇められる存在となりました。こうして法教会の基礎ができたところで、月人たちは役割を終えたルーンを始末することを決定します。簡単に消滅させることも可能でしたが、月人はルーンを伝説として残すために魔神と戦わせ、相打ちにさせることを計画したのです。そしてルーンは、生まれてから死ぬまでの時間を、月人の敷いたレールに沿って歩くこととなりました。こうして月人の思惑通りに聖母教会の勢力は押さえられ、エルモア地方はまた混迷の時代を迎えることになります。


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聖暦のはじまり


 法教会の誕生や国家権力の増強が進むに従って、聖母教会は以前ほどの権威を維持することができなくなり、内部からも異端派が数多く出現するようになりました。そのため裏教会は、表教会にかつての威光を取り戻させることを計画します。それが『ユナスの降臨』です。
 裏教会はユナスの姿を空に映し出し、1人の老女に予言を与えました。その予言通りにイーフォン皇帝フィエルは死亡することになります。もちろん、これは自然死に見せかけた暗殺でした。その頃、イーフォン国と聖母教会の間には軋轢が生じており、人々はこれを天罰だと信じました。

 こうして聖母教会は再び力を盛り返し、現在もエルモア地方で最大の宗教組織として存在しているのです。しかし市民革命なども起こるようになり、政教分離を原則とする国も増えたことで、教会の力は衰退の兆しを見せはじめています。また、霊子機関というものが世に広まったことも、彼らにしてみれば決して見逃せることではありません。こういった一連の時代の変化に対して、裏教会はまた何か秘策を用いるかもしれません。あるいは再び月人が介入することも考えられます。
 今という時代は、良くも悪くも動乱の時代なのです。そして、エルモア地方のこれからは、あなた方の行動次第であるということをよく覚えておいて下さい。


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聖母アリア裏教会聖人ルーン聖暦