真金騒動

真金の鑑定\エラン\ラガンの影


 

真金の鑑定


 真なる金(真金)と呼ばれる金属は、霊子機関の中心となる回路部分に利用されています。この金属の化学上の性質は、普通の金と何の違いもありません。ただ1つ、霊子エネルギーを通した時にのみ、原子の配列が変化するという性質を持っています。
 真金の鑑定は霊子物質の判定と同じく、霊子機関の一部を流用した検知器でこれを挟み、霊子エネルギーが伝導するかどうかで判断します。これ以外では、錬金系の「導霊金属感知」という術しか判定法はありません。

 驚いたことに、コルフトが不可解な死を遂げて霊子機関が出回った当初は、真金や霊子物質の鑑定法はまだ知られていなかったのです。霊子物質は微かな青い光を放つため、区別はさほど難しくありません。しかし、真金は見た目がまったく金と変わらず、各国は真金と思われる金属を使って、実際に霊子機関を作製してみる以外には判別する手段がありませんでした。ですから、霊子機関を利用する可能性があったのは、比較的資金力に余裕があった国や、対外的な不安の少ない国家だけでした。
 ですが、唯一この時期に既に真金の鑑定を自在に行うことができた国家がありました。それがフレイディオンです。この時に台頭した軍人皇帝カヴァリアには、裏で黄金十字秘協会が仕えていたのです。いえ、彼らがいたからこそカヴァリアはその地位を確立できたといって過言ではないでしょう。カヴァリアの国内改革は独裁的でしたが、フレイディオンは飛躍的な進歩を遂げることに成功しました。その理由の1つがこの時期に霊子機関が普及したことであるのは、誰もが認める事実なのです。
 その他の国家では相変わらず効率の悪い方法で、しらみつぶしに確かめてみるしかありませんでした。この頃、各国の貨幣は統一されておらず、金貨として使われていたのは実際の金でした。この中にも多くの真金が含まれていたのですが、回収してテストするのは非常に手間のかかる作業であるため、金の価格は産出量とは無関係に上昇し、各国の経済は混乱の兆しを見せつつありました。これが『真金騒動』と呼ばれる一連の事件の始まりです。


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エラン


 しかし、やがてこの状況にも変化が訪れます。聖暦740年代になって、都市国家半島にあるエランという商業都市が、各国の政府に向けて密書を送りました。その手紙の内容こそが、真金の鑑定方法に関する話だったのです。そしてエランは各国に対して以下のような提案を出しました。
 真金の鑑定はエランで行い、各国の政府はその手数料を支払うこと。エランに対してはどの国家も不干渉を守ること。そして、エルモアの貨幣を統一すること。その貨幣の発行権に関してはエランに独占権を与え、各国はこれを買い取らねばならないということなどです。
 都市国家半島はラガン帝国から疎まれていたとはいえ、その領土の1つであることは間違いありませんし、この時代にもっとも大きな勢力を誇っていたのがラガン帝国であったことは事実です。しかし、ラガン帝国は聖暦700年代に入ってから混乱が続き、国内は緊迫した状況にありました。このように後ろ盾となる帝国に不安が絶えなかったことや、特に産業的な基盤がなく経済変動に対応できずにいたということが、エランを後押ししたのでしょう。

 これまで特に有名な研究者を輩出したわけでもない地方の小都市でしたから、各国の上層部はその技術がいったいどこからもたらされたのかについて様々な憶測をたてました。やはり、最も多かった説が『コルフト・ノート』がエランに存在するというもので、そのためエランにスパイが入り込んで数多くの事件を起こしたりもしました。しかし、各国の密偵が互いを妨害し合うこととなり、エランにとってはかえって好都合な状況をつくりだしてしまったようです。いえ、もしかしたらエランはそれを狙って、特定国家に絞らず密書を送りつけたのかもしれません。いずれにせよその成果は皆無に等しく、各国の政府内でも様々な悶着があったようですが、最終的には渋々ながらこの条件を承諾することになりました。エランが提示した手数料などの金額が妥当なラインで、このまま経済的な混乱が続くよりは遥かに上策と判断されたのが最大の理由でしょう。この辺りのバランス感覚は、商業都市エランならではと言えます。
 もちろん霊子機関の導入が進んでいない国家もありましたので、エルモア全土で通貨が統一されるのはさらに後のことになります。しかし、半数を超える国家で新貨幣が導入され、その単位は『エラン』ということに決定されました。小都市であるエランを貨幣の名に関するのは、このような理由があったからなのです。


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ラガンの影


 こうして、フレイディオン以外の国家でも霊子機関の普及が進むこととなりました。エランがエルモア地方に果たした役割は非常に大きかったといえるでしょう。なお、当然のことながらフレイディオンはこの提案に応じることはなく、逆にエランに対して反目する態度を取り続けました。このような事情があったため、カヴァリアの死やそれに続く『レプリカント・スキャンダル』の影には、エランの干渉があったのではないかという噂も流れています。

 しかし、エランの繁栄は長くは続きませんでした。しばらく後に、霊子機関が普及したのと同様に、各国で一斉に真金と霊子物質の鑑定技術が開発されることになります。この技術がどこからもたらされたのかは正確にはわかっておらず、霊子機関にまつわる謎の1つとされています。いずれの国家の技術書にも、最初の発見者の欄にはそれぞれの国家の開発者の名が記されています。ですが非常に不可解なことに、どの国家においても開発時期は一致しており、またそれらの殆どがそれまで無名の研究者によって行われているのです。そして、彼らはその技術で莫大な財を為したものの、その後はさしたる研究成果も残しておりません。
 結局、エランの目論見は完全に崩れさり、通貨単位に名を残すのみという結果に終わりました。しかし、この間にエランが手に入れた資産は都市国家としては莫大なもので、今でも商業都市エランを支える重要な基盤となっています。

 なお、エランが真金の鑑定技術を手に入れることができたのは、長く続いていた中央地方の混乱状態がもたらした偶然に過ぎませんでした。この時期のエランの領主はラガン帝国の有力貴族であったへルディシャ家と繋がりがありました。当時のラガンは対外的にはそれほど混乱を見せてはいませんでしたが、実は内戦にも勃発しかねないほどの緊張状態にあり、へルディシャ家も含めた多くの貴族たちが都市国家半島への亡命を真剣に考えていたくらいでした。そのため、特に関係の深かったエランに技術を流出し、亡命後の基盤をつくろうと密かに目論んでいたのです。
 しかし、後にへルディシャ家の娘はその美しさをもって王の寵姫となることに成功し、王との間に一子をもうけることとなりました。この子供こそが『メーティス=サイアル=ラガーナ』であり、末子でありながら唯一の男児であったことから、帝国の後継者として最有力視されることとなったのです。こうしてエランからの影の収入と、何より国内での最高の後ろ盾を得たヘルディシャ家は磐石の体勢を築き上げ、徐々に国政へも干渉し始めました。このことが正妃や他の有力貴族の反感を買い、後にメーティスの暗殺未遂事件なども起こるようになって、幼いメーティスは一時的にエランに逃れることとなったのです。

 さて、エランに伝えられた技術はヘルディシャ家のものだったとして、ヘルディシャ家はどこからこのような技術を手に入れていたのでしょうか? ラガンで霊子機関の研究がそれほど進んでいたという記録はありません。霊子機関の普及はコルフトの死後であり、帝国内でも真金の判別方法が公開された記録はないのです。もしかしたら、『コルフト・ノート』を手に入れたのはヘルディシャ家だったのかもしれませんが、それにしてもノートの紛失から間が空きすぎているようにも思われます。しかし、ヘルディシャ家の娘が寵姫となってからラガンでは急速に発掘品の研究が進んだのは事実です。ラガン帝国は27年前の謎の爆発によってその歴史に幕を閉じることになりましたが、これは発掘品によるものだという噂がありますし、この2つが無関係であるとはとても思えません。ですが、中央地方が結界に閉ざされた今となっては、この謎を解明することは難しいでしょう。


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