新たなる変異
中央地方はかつて『ラガン帝国』が支配していた土地です。しかし現在は、絶対変異地帯と並んで人々が恐怖する場所となっています。
この地方の変異は他のものとは違う点があります。それは、27年前に起こった爆発事件による変異だということです。原因となったのは発掘された兵器だという噂もありますが、現在ではそれが何だったのかを知る人はいません。聖母教会(裏教会)やカーカバートの密偵が存在の真偽すら探ることのできなかった、ラガン帝国の最高機密だったのです。そのためエルモア地方では、この変異は完全に原因不明のものとされています。
現在この地方は、別名『灰色の大地』と呼ばれています。巨石の柱が立ち並び、大地は白い砂とまじりあう灰で覆われており、その上を歩くと高熱で丸くなった硝子の破片が音を立て、雪とともに降りつもる灰色の花粉が舞い上がります。化石となってなお生き続ける森の木々たちは、静かな世界の空を灰色の雲とともに埋めつくし、生物から太陽を奪い去っています。この緯度ではありえないほど気温は低く、1年の半分は雪に見舞われています。
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結界
明日も見えない過酷な環境の中に置かれているにもかかわらず、なぜ人々はこのような死と隣り合わせの土地から逃げ出そうとはしないのでしょうか。答えは簡単です。いかなる生物も、この不毛の地から逃れる術を持たないからです。
交通機関は存在します。現在では爆発事件後に発掘された、『フローティング・グライダー』(略称フローター)というホバー・バイクが移動に使われており、この点についてはむしろエルモア地方よりも進んでいます。しかし、周囲には『移動境界』と呼ばれる、時間によって位置を変える不可視の結界が張られており、これを踏み越えることはできないのです。
移動境界は、本来は月人によって設置された新型の結界でした。しかし、霊子の異常活性化が収束しないうちに張られたものであるため、結界自体が変異の影響を受けてしまったのです。しかし、今のところは霊子の異常活性状態の伝播は防がれているようなので、その目的は達成されたといってもいいでしょう。なんといっても、かつては異常活性状態の霊子には、手の施しようもなかったのです。その事実を考えると、格段の進歩ということができるでしょう。
移動境界の上を通過しようとしたものは、即座に消滅することになります。そのため、今では結界へ近づこうとするものすらおりません。移動境界は真下に浅い地割れが走っているため回避することは簡単なのですが、全体が取り囲まれていることには違いはありません。要するに潮の満ち引きと似たようなもので、どれほど結界が広がったとしても、それを越えることは絶対に不可能なのです。
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灰色の自然
○灰色の怪物
自然の脅威もそうなのですが、怪物の危険性も人々の生活をおびやかす要素の1つです。中央地方にも数多くの変異体が生息しておりますが、中でも化石獣と虫の存在は異色といえます。
『化石獣』とは別名『ロック・ボーン』とも呼ばれる怪物で、石となった生物の骨に意志が宿ったものです。この地方では変異の際に死亡した生物の骨がいたる所に埋もれており、これがいつ化石獣となるか予測もつかないのです。虫による被害はもっと直接的であり、時を選ばず人間を食糧として襲います。その中でも『灰色の王』(グレイ・ロード)と呼ばれる存在は最悪です。数十cmくらいの虫なのですが、集団で行動することにより、被害は恐るべきものとなります。雑食性であり、相手が生物であれば何でも食べることができ、食糧がなくなると新たな土地へ移動するといった生活を繰り返します。
この生物の恐ろしい点は『融合』(あるいは取り込み)という能力で、食糧とした生物の能力や身体的特徴を自分のものとすることができるのです。そのため1個体の姿形や能力は独特のもので、鳥の翼をもつものや光合成を行なうものまで存在します。これらの能力の獲得は冬の休眠期に行なわれ、約半年の期間を経て脱皮した時には、以前とは異なる姿に変貌を遂げています。この脱皮のための眠りは『寛大なる王の眠り』と称され、人々が息をつくことのできる季節となります。
灰色の王は雪と花粉の奥深くで眠っているため、この季節に掃討することはほとんど不可能です。休眠が終わると、いよいよ脱皮の時が訪れます。それだけでも十分な警戒を呼び起こすことができるのですが、この変異体の場合はそれだけにとどまりません。その理由は『できそこない』(あるいは、なりそこない)という奇形が生まれるためです。これらの奇形体は、正式には『灰色の暴君』と命名されている生物で、灰色の王は他生物の利点を取り入れるのに対して、灰色の暴君は今までに食べた生物の全ての特徴を備えて脱皮します。幾種類もの生物と融合した姿は異様で、大きいものでは100mに達する個体も存在するようです。灰色の暴君は次の脱皮に入る前に死んでしまい、また年に数個体しか現われませんが、それでもこの地方における恐怖の代名詞として君臨しています。
○灰色の雨
動物だけではなく、植物も畏怖すべき対象となります。もちろん人間が糧として依存するのも植物ですが、冬期に最も警戒すべきものといえば、その植物から放出される花粉の雨なのです。
通常の花粉だけでも厄介なのですが、化石となってなお生きている植物たちが放出するものは、灰色の王に並ぶ恐怖の代名詞です。この化石植物が出す灰色の花粉は『花灰』(フラワー・アッシュ)と呼ばれていますが、これは受粉することなく単体で増殖することができるのです。この花灰が恐れられる最大の理由は、生物に着床するとその細胞内に入り込み、その養分を吸収して成長するという増殖法を取ることです。
これに寄生された場合は、細胞ごと焼いてしまうしかありません。ですから、この地方に取り残された人々は、全身をすっぽりと覆うような服装をしています。外に出る場合は目や耳をゴーグルや布で覆ってしまい、特に口や鼻からは絶対に入り込まないように気をつけます。肺に寄生されてしまうと、通常の手段ではこれを取り除くことは絶対にできません。長くぜんそくのような症状が続き、苦しみのうちに死に至ることになるのです。そして春には、体中から灰色の化石植物が芽を出すことになります。
花灰は雪とともに降り積もるために取り除くこともできず、春になって雪が消えると、すでにある程度の成長を遂げています。人々は雪解け後の最初の仕事として、化石植物の除去に取り掛かります。ただ、これらは灰色の王など他の生物にも寄生するので、一概に人間の敵とばかりはいえません。
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生存者
人間はこれらの厳しい自然環境に耐えて生活しなければなりません。かつて都市だった場所は『骨の都』と呼ばれており、息絶えたものたちが化石獣となって襲い掛かってくるため、集落は都市から離れた場所につくられています。花灰の被害から逃れるためには、『風の巣』という常に風が強く吹き荒れる土地に住まねばなりません。たとえば『大峡谷』という名で知られる断崖の近くにも、いくつもの村が形成されています。
このような条件の場所を探し出すのは、『読み師』と称されるものたちです。特に『風読み』は重要な役割を果たしており、各集落に必ず1人は存在します。
もちろん生物からの守り手となる戦士も欠かせません。銃器はありますが弾丸を製造できる者があまりにも少ないので、やはり主流は昔ながらの剣のような武器となります。異色なのは東方の武術を使いこなす戦士で、特別に『守護者』(ガーディアン)の称号を与えられます。彼らは非常に強力で、特殊な技で変異体から人々を守ります。
○幼い聖女
聖歴789年の現在、人々の生活には変化が現われつつあります。これは『幼姫』(おさなひめ)と呼ばれる7歳の少女、『シャリエステ=クラーラ』の出現によります。この地方ではマイエル教が信仰されていますが、彼女はその教典にもある聖者と同じ力を行使できるのです。シャリエステはその超常能力をもって、人々を『災いの都』とも呼ばれるかつての首都に進出させることに成功しました。そして数々の兵器を発掘するにいたり、旧科学魔道文明の知識の片鱗をも得ています。
それらの技術のうちでも最も有用なものが、兵器の1つである『機人』の技術です。これは腕や足などの生物の一部を、科学魔道の技術がつくりだした機械に取り替えてしまうというもので、腕に銃器を埋め込んだりといったことができるのです。このような能力を身に付けた者たちは『機人』と呼ばれ、変異体たちと互角以上にわたりあう能力を獲得することができました。そういった技術を歓迎する者もいれば、変異源となった状況を思って反対する人や、表だって口に出さないもののよく思わない人々もいます。
しかし、シャリエステとその後見人たちの力は大きく、それぞれの人望も高いことから、よほど致命的な失敗でもしない限り反対意見は通らないでしょう。ちなみにシャリエステの後見人には、『リトル・エルフィン』と呼ばれる小妖精族のルジェ、『風使い』(エアリアル・マスター)のエル=エリオン、機人グレイ・ローズ、そして最強の守護者として名高いダーク・マドンナなど、個性豊かな強者たちが並んでいます。
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