復興期
こうして一度は滅びかけた人類は、自然環境が立ち直るのを待ちながら、再び文明を作り直さなければなりませんでした。それは水滴が石に穴を穿つような、ゆっくりとゆっくりとしたはやさでしたが、それでも人類は過ちを繰り返さないために真面目な努力を積み重ねていったのです。
しかし、そんな『荒野の時代』と呼ばれる状況にも変化が訪れます。かつての文明の遺産を復活させ、人類を支配しようという者が現れたのです。それがコロニーの住人たちの末裔であり、『世界帝国』を名乗る集団でした。
それは3人の世界のミスだったのか、希望の種の1つだったのか、あるいは人々の死への恐怖が世界と呼ばれる存在の力を上回ったのか、その真相は定かではありませんが、あるコロニーでは生命維持に必要なだけの霊子機関はわずかながら活動を続け、それによって生き残った人々が存在していたのでした。彼らはその幸運を喜ばず、むしろトリダリスの人々を強く恨むようになりました。というのは、彼らが住んでいたコロニーというのはある国の実験コロニーの1つであり、彼らは戦争のために量産されるはずだった人為超能力たちだったのです。
戦闘のプロとして育成されるはずだった人為超能力者たちは、ただでさえ強力な兵士であるというのに、そのうえ人類が捨て去った科学をも利用しているのです。人々は世界帝国に簡単に支配されることとなり、人類の総奴隷化計画も完成するかのように思われました。しかし、時代が過ぎるにつれ世界帝国内に内乱が起こり、その一部はトリダリス側について、逆に反乱軍の指導者として人民を率いて戦ったのです。
戦乱の時代は、世界帝国の崩壊という形で終幕を迎えました。もとより怨恨のみで成り立っていた世界帝国は、人類支配のための明確なビジョンをもっておらず、それが主な敗因となりました。
反乱軍を率いた人為能力者たちは、それから後は政権を握ることなく世界中に散っていきました。自らの行為を悔いたためもあるのですが、自分たちの力は機械と同様、人類には過ぎた存在だと感じたようです。そしてその異能力は、辺境で苦しむ弱き者を助けるために使われました。
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魔術の完成
それから何世代か過ぎた後、彼ら人為能力者たちの子孫の中に、霊子の存在やそのエネルギーの状態を知覚できる能力をもった者が生まれました。カルナザルという名の男は、他の超能力者がその能力を行使しようとする時に、霊子が活性化することに気がつきました。彼はこの現象に興味をもち、後に霊子の状態を詳しく時間をかけて探査したその結果、霊子が霊子とは異なる物質に影響を与えていることを発見したのです。その物質もまた視認不可能な存在であり、彼だけが霊子が霊子と同レベルの微細な粒子の配列を変えていることに気づくことができました。彼はその粒子を『幽子』(星幽因子:アストラル・ファクター)と名付けました。
次に彼は、霊子と幽子の相互関連についての研究に没頭しました。そのため彼は旅に出て、この時代にはかなり減少していた(魔女狩りのような私刑を受け、殺された者が多かったため)人為能力者の末裔を探し当てなければなりませんでした。それでも彼は時間をかけて放浪の旅を続け、研究を重ねていったのです。カルナザルの研究は、超能力の行使による幽子の配列変化のパターンを探し当てることから始まり、その作用が物質にどのように影響するのかまで詳しく調べられました。その結果、幽子の配列の変化には規則性があり、幽子の配列が素粒子レベルで物質の構造を変化させ、異なる物質に変化してしまうということがわかりました。実は幽子とは、物質の構造を規定する配列の基本情報だったのです。ただし通常の場合、霊子や幽子は視認できる存在ではないので、その現象は一般の人間はもとより、霊子を知覚できない超能力者にも理解されるものではありませんでした。
後にカルナザルは、人々の精神にも幽子と霊子が密接に関係していることに気がつきました。そして、祭祀におけるトランス(催眠)状態など特定の精神状態のもとでは、超能力者ではない人々の周囲でも霊子が活性化し、時には幽子の配列を変化させることがわかりました。しかし超能力者といえども、その肉体は普通の人間と大差あるわけではありません。彼は研究をここで終えて、その生涯をとじることになります。
カルナザルの研究を受け継いだのは、彼の息子コーネリアでした。父が残した膨大なデータと異能力をもとに研究を続けた彼は、カルナザルと同様に世界を旅して回り、人々の行動と霊子活性との関連についてまとめあげました。これが『魔術』の誕生です。
その法則さえ身につければ誰もが使用できるという魔術は、もちろんその過程で紆余曲折はありながらも、最終的には文明の復興を目指そうとする人々に受け入れられることになります。しかし、超能力も同様なのですが、魔術を使用できる回数には限度がありました。というのは、精神という不可視の存在もまた霊子と幽子で構成されており、魔術を発動させるエネルギーを精神を構成する霊子から引き出しているからです。このため、自分の精神を擦り減らしてかける魔術は常に危険を含んでいました。
コーネリアがこのことに気づかなかったのは、彼が人為能力者であるためでした。魔術とは脳内の電気的な変化から霊子へ、霊子から幽子へ、幽子から物質へという配列変化の、一連の経験則をまとめあげたものです。魔術を行使するということは、霊子が流れる回路を作り上げることなのですが、その前段階として脳内に電気的な回路をつくらねばなりません。普通の人間は、踊りや歌、あるいは瞑想などによる脳内の電気的な変化でそれを行うのですが、人為超能力者たちは電子および霊子の流れる回路を、タンパク質の構造レベルで既にもっています。そのため、普通の人間よりも遥かに効率的に魔術を利用することができるのです。逆にいえば、普通の人間は無駄なエネルギーを消費しなければならないということです。(しかも経験則である魔術は、理論によって構築されたものではないため無駄が多く、実は消費した霊子の大部分を利用することなく放出しています。)魔術という法則を得るまでにコーネリアは様々な苦労を重ね、誤って自分の腕を消滅させたこともあります(オカルト効果の一種)。しかし、魔術の真の危険性については気づくことはありませんでした。後に彼は1人の村娘と婚約するのですが、魔術の過剰行使によって精神崩壊を起こしたこの娘の家族に殺され、命を落とすことになりました。しかし、彼の残した業績は現在に至るまで重要な存在であり続けています。
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科学魔道文明
魔術の行使によって文明のレベルを旧科学時代にまで復興させた人々は、世界帝国が復活させた科学技術と魔術を融合させることを考えつきました。魔術は霊子とそれが通じる回路が存在すれば成り立つものです。そして、人々は霊子の通過する回路(霊的回路)の補助として文字や複雑な身振り、あるいは魔法陣と呼ばれるものを用いる技法を完成させておりました。すなわち、人間の脳ではなく物質で回路を形成し、そこに抽出した霊子エネルギーを通過させるのです。
こうして誕生したのが『科学魔道』と呼ばれる技術です。科学魔道の実現は、『呪式』と呼ばれる科学的魔術法則の公式化を成功させたことによります。呪式はいずれ体系化され、『呪学』という大きな学問分野に発展しました。そして、『支配法則』(あるいは完全法則)とまで称された呪学において、50年たらずという短い時間で数々の『魔道方程式』が証明され、人々は物質の構造から幽子に働きかける術を身に付けました。これが科学魔道技術の完成で、個人が魔術を行使することは殆どなくなりました。科学魔道によって生み出された魔道機械が、人に変わって魔術を実行してくれるのです。
ここで人々は新たな発見をすることになります。それは平行世界の存在です。
平行世界として発見されたのは、『星界』(スター・ワールド)と『狭間』(虚空界)と呼ばれる2つの世界でした。このうち、狭間と呼ばれる空間は『虚粒子』と呼ばれるマイナスの存在で満ちており、物質が消滅するという現象が起こるために、これを利用することはできませんでした。
対して星界は、人類を飛躍的に発展させる土壌となりうるものでした。というのは、この空間は霊子が高密度で存在しており、エーテル宇宙とも言うことができる空間だったからです。宇宙への道をいまだ拓くことができずにいた人類は、星界への希望を膨らませました。しかし、この世界にも大きな問題がありました。それが『星界蠱』(星虫)という無機生物の存在です。
この星界蠱は霊子を食べてそれを活動エネルギーとする生物で、霊子を活性化させる霊子機関に対して敏感に反応します。恒星のない星界に『人工太陽』を建造しようという計画はこの蠱たちによって阻まれ、数限りない人命が失われました。この星界蠱を倒すために生み出されたのが、生物兵器や霊体兵器と呼ばれる存在、そして通称『魔道機』と呼ばれる戦闘機械でした。
人類はこれらの兵器を駆使して、星界蠱を星界の辺境に追いやることに成功しました。この後、星界を詳しく探査した結果、またもや人類の希望を挫くような結果が判明したのです。星界もまたトリダリス星の存在している実空間と同様、半径100万kmのあたりに位置する緩衝帯に覆われていました。そして、科学魔道の技術をもってしても、この緩衝帯を超えることはできなかったのです。こうして人類は、星界の覇権をかけて争うことになったのです。
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大変異現象
この時代の戦争がかつてのものと違ったのは、実空間での戦いを禁止する『イルニア条約』というものが結ばれたことです。この条約によって、すべての戦闘は宇宙空間と星界のみで行われることとなりました。この戦争では、『中央都市』(あるいは上級都市)と呼ばれる都市、他の民族国家、『月人』(ムーンノイド)、そしてコロニーなどの無数の勢力が入り乱れて戦いました。これより100年近くにもわたる期間は、戦いの火がやむことはなかったといいます。そして、その間にも科学魔道の技術は進歩を止めることはありませんでした。戦争が技術を発展させるという事実は、この時代でも同様だったのです。
この戦争は『世紀間戦争』ともいわれ、終わりは永久にこないかと思われたほどです。戦争の末期にもなると、月人に『浮遊大陸』が譲渡されたり、『擬人兵器』(傀儡兵器)と呼ばれる兵器などが現れたりと、戦局は目まぐるしく変化し、どの勢力が勝利を収めるのか予測がつかない状態でした。こういった中で現れたのが、『桜華民主共和国』(チェイファトラーズ)の作り出した『アン・ユーカリヲン』という巨大魔道機でした。
アン・ユーカリヲン(通称キャリヲン)は、『緩衝流』(ユーカリヲン)と呼ばれるものから機体を守る機能を備えていました。この緩衝流というのは、緩衝帯から流れてくる異常霊子の風のようなもので、霊子機器の働きを狂わせます。しかし、アン・ユーカリヲンだけはこれに干渉されることなく、自由に活動することができました。このアン・ユーカリヲンが登場したことで、戦局は大きく桜華側に傾くことになります。
しかし、これに搭乗していたクローン体の兵士(クロノイド)は、あるときアン・ユーカリヲンとともに基地を脱走し、実空間へと出現しました。この突然の行動の真意を知るものはおりません。ただわかっていることは、アン・ユーカリヲンの出現とほぼ同時刻に、コロニーから浮遊大陸への超長距離霊子砲射撃が行われたことと、アン・ユーカリヲンは落下した浮遊大陸の一部の下敷きとなってしまったという二点です。幸いにも、この霊子砲の射撃は浮遊大陸の端をかすめただけで、コロニー側の『大陸落とし』作戦は不発に終わることとなりました。もし、これが直撃してトリダリスに浮遊大陸が落ちていたら、おそらく核の冬にも等しい状況が訪れていたでしょう。人々は胸をなで下ろし、自らの幸運に感謝を捧げました。しかし、これは悲劇の始まりでしかなかったのです。
この大陸落としに使われた霊子砲というのが、条約で禁止された霊子核の融合反応を利用する超高エネルギー兵器(霊子核融合砲)だったのですが、これが思わぬ副作用を生み出したのです。
この副作用が予測できなかったのは、その熱量の膨大さから国際条約で禁止され、星界蠱との戦闘にしか使用されたことがなかったことが原因なのですが、霊子の核融合によって崩壊した霊子は、幽子の配列に考えられないような異常を引き起こしてしまったのです。霊子は幽子に作用し、幽子は物質の構造を規定していることは前に述べた通りです。すなわち、霊子核融合砲によって極大のオカルト効果が引き起こされてしまったのでした。これが瞬間的な現象であれば、物質はまちがいなく超高エネルギーによって消滅し、幽子の配列変化現象は大した問題にはならなかったでしょう。しかし異常活性化した霊子は、そのエネルギー状態を維持したまま周囲の霊子に変異を伝播しました。崩壊した霊子核に接触した霊子は同じように異常活性化し、幽子の配列変化を導き、ひいては物質の構造を変化させたのです。
この変化こそが『大変異現象』と呼ばれるものです。この大変異現象は、ほぼ惑星全土に影響を及ぼしました。トリダリス星に住むものは、戦争どころではない状況に追いやられたのです。特に中央都市や軍の基地、そしてその他の大都市などの霊子機関が集中しているような場所の変異現象はひどいものでした。こうして長き戦乱の時代は収束し、辛うじて変異現象の影響を受けずにすんだ月人とコロニー勢力の相打ちという形で終わりを迎えることになります。崩壊した霊子核はいわば放射能のようなもので、その高エネルギー状態にも半減期がありました。半減期は比較的短く、数十年後には霊子のエネルギーは通常の活性化状態のレベル(魔術を行使する際のレベル)におさまりました。しかし、その期間の物質変化は凄まじく、200億以上いた人間は1億人程度に減少してしまいました。これが科学魔道文明の滅亡です。この世の地獄ともいえる風景の中で、残された人々は『歪んだ冬』と呼ばれる『大変異時代』を過ごすことになります。
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