計算機械


 


 計算機の理論はわりと古くから存在し、聖歴604年には乗除算も可能な歯車式計算機の開発が始まっておりました。これは歯車を使用した電卓のようなもので、手回しで使用する機械です。しかし、精度が悪いために間違いも多く、実用化されるためには時代を待たなければなりませんでした。実際に使用できるレベルになった計算機械が販売されたのは、749年のことになります。
 これらは天体の運行を知るための天体表や、航海で船舶の位置を知ための航海表、あるいはその他の数表(単位の換算表)などの作成のために利用されました。他にも大砲の弾道計算といった限定された用途では使われていましたが、一般社会で利用されることはあまり考慮されておりませんでした。強いて挙げるとするならば、税金などの計算をするのがせいぜいでしょう。これらは旅行鞄くらいの大きさで、重量も1人で持ち運べないほど重くはないのですが、移動してまで利用する用途も殆ど見あたりません。
 さらに、これらは未だ精度の面で問題があり、間違った結果を算出することが数多くあります。扱える桁数もそれほど大きくはありませし、単純な四則計算でしか利用することができませんでした。そのため、聖歴789年の現在でも通常の計算には計算尺を使用したり、何度も検算するのが一般的です。しかし、エスティリオの発見以来、正確な天体表や航海表の作成は最優先事項となっており、新しい計算機械の開発が進められています。ロンデニアのような海洋貿易を盛んに行っている国家では、特に精力的に開発が行われています。


○技術と開発

 聖歴789年の現在からさほど遠くない将来に、遙かに優れた計算機械が登場する可能性はあります。そのために必要な材料はおよそ出そろっており、あとは発想と精度のみが問題となるでしょう。
 新たな計算機械を作製するためには、数学的側面と工学的側面の2つをクリアしなければなりません。これまである技術を利用するのであれば、以下のものを用いて歯車式の計算機械を作成することができます。


・歯車機巧
 機巧人形や時計、あるいはオルゴールなどの歯車機巧です。ただし、この時代の技術では、精密な計算に要するのに満足な精度は得られておりません。

・パンチカード機構
 パンチカード式の模様織り機の開発は聖歴751年に行われています。しかし、もともとはセルセティアに存在していた織機から得た発想であり、機構自体は特別新しいものではありませんでした。この織機はパンチで穴を空けたカードを使用し、縦糸と横糸をどのように置いてゆくのかを決定するための機構が組み込まれています。
 セルセティアで使用されていた織機の場合は、穴の開いた木や竹の薄板を糸でつなぎあわせ、それを読み込むことで糸の組み方を指定するものでした。改良された織機はさらに複雑な模様を織ることができます。
 これと似た機構に、ストリートオルガンやディスク式オルゴールなどの楽器があります。これらも特定のパターンを刻んだ物品(紙やディスク)を取り替えることで、演奏機構そのものは同じでありながら違う楽曲を演奏できるという点では、パンチカード式の織機と同様の発想といえるものです。

・蒸気機関/霊子機関
 手回し式の計算機では演算に時間がかかりますし、装置が大型化した時には対応できなくなってしまいます。そのため、これらの動力機関を使用することで、高速な計算ができるようになります。なお、計算機械に利用するのであれば、小型で煤煙や騒音も出ず、準備時間も不要な霊子機関の方が明らかに向いています。

・印刷機構
 活字式の印刷機械はすでに存在しておりますし、聖歴785年にはタイプライターも発明されています。これを計算機械と連動させることによって、計算結果を活字で出力することが可能となります。


○新たな計算機械

・階差機関
 階差法を利用した階差機関と呼ばれる計算機械であれば、簡単な方程式を解くこともできます。この時代の技術であれば5桁程度の演算が可能で、印刷装置をつけることもできます。これが実現すれば、機械装置や建築物の設計といった分野も現在より進歩するはずですし、弾道計算なども現在より遙かに行うことができるようになるでしょう。

・解析機関
 階差機関は現在ある計算機械に比べて高速で、ちょっとした方程式を解けるだけのものでしかありません。しかし、解析機関は現在あるコンピューターの概念に近いもので、入力、出力、処理(演算)、記憶といった機能を持つものです。
 処理を行うためにはパンチカード(あるいはそれに類するもの)が2組必要となります。1つは演算方法を指示するためのもので、プログラムにあたります。もう1つは演算の対象となる変数を指示するもので、入力という作業にあたる部分です。変数はπのような定数を指定することも可能です。なお、変数を指定することを考えると、解析機関で用いるパンチカードは穴の開けやすい素材であった方がよいでしょう。かといって、この時代の機械の精度や安定性を考えると、あまりにデリケート過ぎる素材では破れてしまい、実用品とはなりません。
 解析機関は単に計算結果を出力するだけではなく、プログラムに従って計算方法を選択したり、計算結果を記憶して次式に代入するといった機構も備えています。これは単に計算するだけの利用ではなく、様々な機械の制御を実現するものです。もっとも、スペースの問題がありますので、小型化されないうちは実際の利用には耐えられないでしょう。


○問題点

・大きさ
 これらは実際に作成するとなれば、現在ある計算機械に比べて遙かに大がかりなものとなるでしょう。たとえば階差機関ですと、印刷装置付を除いてもタンス2つくらいの大きさとなり、重量も2〜3トンほどになります。解析機関となると、一辺が数mにも及ぶような大がかりな機械となるでしょう。
 しかし、精度や扱う桁数を落とせば、装置は簡略化することが可能です。とはいえ、どんなに頑張っても計算機械として成立させるためには、現在のところこの2/3程度の大きさにするのが限界でしょう。

・精度
 この時代の機械の精度では計算ミスは免れません。また、それだけの精度を持った機構を作製できる腕のよい技術者を揃えるのも大変な作業となるでしょう。ただし、時代を経れば社会全体の技術は向上するので、じきにこの問題は解決される可能性があります。

・プログラム
 現在のコンピューターと同様に、解析機関の演算方法を体系化して、誰にでもわかるプログラムという形にする必要があります。これは設計の根本にも関わることですし、他の人にも理解できる整理された形にならなければ、誰にでも利用・運営できる機械には成り得ません。これには少なくとも数学(専門:知+記憶)の技能を習得している必要があり、数年程度の時間をかけて理論を構築しなければならないでしょう。
 なお、開発者にサブルーチンなどの発想を生み出すだけの能力があれば、より効率よく複雑な計算を行うことが可能となります。解析機関というものは、ここまで至った段階で初めて汎用の計算機械として利用できるものとなります。

・操作
 パンチカードの作製も含めて、これらの計算機械の操作には専門の知識が必要となるでしょう。

・資金
 これらを開発するには、人件費を含めて最低でも億単位の資金が必要となります。もちろん、途中で失敗すれば、さらに予算がかさむことになります。いくら理論が構築できても、資金がなければ作製を断念せざるを得ません。


 こういった数々の問題をクリアし、それなりの精度をもった解析機関を作成するには、最低でも20年以上の年月が必要でしょう。しかし、よき理解者がいて、政府や貴族などの資金援助があるのであれば、これを10年程度に短縮することも決して不可能ではありません。しかし、それでも機械の小型化には相当の年月が必要でしょうし、一般に利用されて大量生産されるようになるには、社会全体の進歩を待たなければならないでしょう。


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