魔道生命工学
トリダリス星には、かつては人間以外の知的種族は存在しませんでした。しかし、科学魔道文明時代に、生物の遺伝子を変化させたり、生物の融合を行うことで、新たな種族を創造する実験がなされました。この『魔道生命工学』(サイオニック・バイオテクノロジー、略称サイオテクノロジー)と呼ばれた研究により、数限りない新種の生物が生み出されることになったのです。
サイオテクノロジーは、当初から生物兵器を目的としていたものが多かったようです。それは人類の版図を広げるために、星界に住む『星界蠱』と戦う必要があったからです。星界蠱はより高いエネルギー状態の霊子に引きつけられるため、霊子機関よりも生物兵器の方が戦闘に適していたのです。
生物兵器としてもっとも単純な概念は、既存の生物を強化することでした。しかし、星界には酸素があるとはいえ、緩衝流という流れがある海のような空間であり、普通の生物では移動が困難でした。また、星界蠱の攻撃から身を守るための防具も必要だったのですが、既存のものでは重すぎて活動を損ねてしまいます。そこで考え出されたのが、生物の融合技術による『両骨格生物』の誕生でした。両骨格生物とは、外骨格と内骨格の両方を備えている生物のことです。ネオキチンと呼ばれる物質でできた軽量の鱗状骨格を外に持ちながら、内部にも鳥のような空洞のあるトラス構造の骨を持っているこれらの生物は、内外に支えがあることで大型化にも充分耐えうるものでした。また、ネオキチンは軽くて丈夫である上に柔軟性もあり、生物の外殻としては理想の性質を持っていたのです。このようにしてつくられた生物兵器が、『ドラゴン』(ドラグーン・ウェポン)と呼ばれる存在です。
これらの生物の脳には、『カーバンクル』と呼ばれる制御機器が組み込まれています。これは宝石のような外観をしており、珪素を主とした魔道回路です。これには基本戦術プログラムや『破滅の犬プログラム』という絶対服従を強制するプログラムが組み込まれており、遠隔地からもこれらの生物の操作を可能とするものでした。これらドラグーン・ウェポンと呼ばれる生物兵器の活躍によって、人類は星界蠱を辺境に追いやることができました。そして、最後に星界蠱の逃げ込んだ岩塊に向けて霊子核融合砲を撃ち込み、この大半を滅ぼすことに成功したのです。
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擬人兵器
それから後、星界の覇権をかけて人類同士が戦う時代が訪れました。この時代には『イルニア条約』というものが締結されており、戦闘は宇宙空間と星界でしか行うことができないようになりました。ここで生まれたのが『擬人兵器』や『霊子生命体兵器』と呼ばれるものでした。
擬人兵器とは、クローン体をつくる過程でプログラムを変換し、肉体や精神を戦闘用に改造したものです。これには様々な能力が付加されており、星界での自由な移動が可能だったり、術法を使用することもできました。いわば、戦闘用の人為超能力者です。
これらの技術は後に、生体の改造ではなく生命の創造技術と結びつくことになります。ただし、これによって生み出されたものは純粋な意味での生命ではなく、生命様の活動体というのが正式な分類です。『ライフ・クリスタル』と呼ばれる霊子体の核をつくり、それを物質でコーティングすることで生命と同等の活動を可能とした『疑似生命体』は、兵器としてのみならず、医療の実験体や一般社会での労働などにも広く活用されました。なお、人形系や傀儡系、あるいは錬金系の術法によってつくられる複製体というのは、これらの疑似生命体と同じ系統のものです。なお、こうした疑似生命体が造られた頃には、脳下垂体の近辺を回路化することで、カーバンクルを埋め込んだ場合と同様に遠隔操作が可能となっていました。
これらに対抗するために、ダイモン社という企業の兵器部門は『負霊荷属性型擬人兵器』と呼ばれる擬人兵器を開発しました。これは現在の魔族のことであり、『瘴気』と呼ばれる負霊荷の霊子エネルギーを自由に操ることができました。この魔族の能力は非常に高く、当初は多くの戦地で連勝をおさめていました。これに対抗するために他企業で開発されたのが『正霊荷属性型』の擬人兵器で、現在は天使と呼ばれている存在です。これらは『聖気』と呼ばれる正霊荷のエネルギーを行使することができ、魔族への有効な対抗手段となりました。
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霊子生命体兵器
しかし技術は進むもので、次にはまったく異なる概念の兵器が生みだされることになります。これが霊子生命体兵器です。霊子生命体兵器とは霊体のような肉体を持たない存在であり、術法を自由に行使することができました。しかも、物理的には半分しか拘束されないため、通常の物理防御装甲などを無視することが可能でした。
霊子生命体兵器はまず『素体』と呼ばれる基礎になる霊体に、さまざまな能力を付加することで多様な戦局に対応できるように設計されています。簡単にいえば、戦局に見合った術法や能力を装備できるということです。これが現在でいう精霊や霊獣の基礎となるものです。これらは霊子の性質としては中立で、『中間属性型人工霊子生命体兵器』と呼ばれていました。霊子の説明にもあったように、中立の霊子は正負のどちらの霊子の影響も受けません。つまり、瘴気や聖気というものを受けつけないのです。この中間属性型の登場によって、正負の属性を持つ霊子生命体兵器は徐々に姿を消すことになります。しかし、魔道機と呼ばれる一連の機動兵器が改良され、戦線に投入されるようになると、その圧倒的な火力の前にこれらの生物兵器は少しずつ姿を消すようになります。戦争の後期にもなると、対魔道機用の全長100mを超える巨大生物兵器などもつくられ、それらに関する実験も本格化するかのように思われました。また、『人造天使』と呼ばれる、無制限に術法を行使できる霊子生命体兵器なども製造され、いよいよ実戦に投入されるかと思われたのですが、ここで大変異現象が起こったため、科学魔道による生物兵器の創造はこの段階で終わりを告げることになりました。
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