科学の発達と功罪


 


 霊子機関が発見される以前にも、水力や蒸気機関による動力機関の開発が行なわれていたため、霊子機関の動力を工業に転化する技術はすでに存在していました。既存の装置は動力機関を組み替えるだけでそのまま利用できたので、転換もすみやかに行なわれました。

 蒸気機関と霊子機関の2つのエンジンの登場によって、人々の生活のあり方は一変しました。従来まで手作業だったものの多くが機械仕掛けになり、大量生産が可能となりました。輸送手段の改革は文化の交流を促し、飛躍した輸送力は工業生産を支えます。植民地からの作物の輸送も可能となって餓死者は格段に減少し、人口も徐々に増加しております。それがまた工業力に還元され、人々の生活を進歩させるのです。日進月歩という言葉に相応しい時代といえるでしょう。
 786年には霊子機関を積んだ大型汽船が、変異現象による海流異変が原因で超えることのできなかった西海を渡り、『新大陸エスティリオ』(発見者であるエスティリオーネの名にちなむ)を発見することに成功しました。そこは世界でも『大変異現象』の影響を最も強く受けた地域でしたが、それでも多くの人間が生き残っていました。各国は競って新大陸の開発を試みようとしており、熾烈な争いを繰り広げています。また、輸送船の発達により、エルモア地方の真南に位置する『ペルソニア大陸』からの奴隷の輸送も大規模化しました。これによって生産力を向上させることを可能としました。

 しかし、すべてがよい方向へと働いているわけではありません。人口が増加するにつれて栽培耕地や放牧地を拡大しなければなりませんでしたが、その結果として森林が伐採され、そこで暮らしていた人が立ち退きをせまられたりしています。また、植民地農場での労働力として多くの奴隷たちが犠牲になっています。それから鉄鉱石や霊子物質の発掘、香辛料、米、小麦、トウモロコシ、煙草などの栽培の目的もあって、新大陸エスティリオへの進出計画が立てられていますが、それが原因でエスティリオの現地人とは戦争状態にあり、新たな不幸を生み出しています。工場ができたことで産業は効率化されましたが、それによって昔ながらの職人たちが被害を被ることもあります。

 奴隷の輸送もエスティリオへの進出も、すべては科学技術の発達によって為されたことです。しかし、このような悲劇がありながらも、科学はこれからもますます発展してゆくことでしょう。堕落した旧文明の悪しき遺産として霊子機関を否定している聖母教会といえども、この普及を止められない状況にあります。逆にこういった事情から、聖母教会は少しずつ信者の数を減らしていっているのです。
 科学は人間の生活を豊かにしてくれました。しかし、これら文明の利器が様々な衝突が生み出しているという事実を、決して忘れるべきではありません。いつかもっと大きな悲劇が起こった時に、それを無事に切り抜けられるとは限らないのですから……。


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