霊子機関

発掘と解明\運用\構造


 

発掘と解明


 『霊子機関』(エーテル・リアクター)は、聖暦712年に学問院によって科学魔道文明の遺跡から発掘された機械です。それから10年という年月をかけて解明されたのが、これが『霊子物質』(エーテル・マター)を燃料とする動力機関だという事実でした。それからさらに10年の月日を費やして、霊子機関はようやく実用化の段階まで到達しました。これらは学問院の総力を結集して行われたことになっていますが、実際に発掘から構造解明までのほとんど全てを手掛けたのは、『コルフト=カートランド』というたった1人の人物でした。それゆえエルモアの人々は、尊敬の念をこめて彼を『霊子機関の父』と呼ぶのです。

 科学魔道時代の発掘機械は、ほとんど全てが何の解明もされないまま各国の研究機関に死蔵されている状態です。霊子機関の発掘から実用化までに費やされた20年という期間は、実は非常に脅威的な速さといえるものでした。
 霊子機関は本来、ユークレイ、カスティルーン、ペトラーシャの3国のみで使用されるはずのものでした。しかし、霊子機関がカスティルーン国内に普及し始めた頃にコルフト=カートランドは変死を遂げ、それと前後する時期に法教会を信奉する国家以外にも、霊子機関の製造法が広まりました。もちろん、学問院が他国に製造法を公開したわけではありません。このことから、他国の密偵によって設計図が盗まれ、カートランドも暗殺されたのだと噂されましたが、真相は未だ闇の中となっています。

 カートランドの死によって、霊子機関の作動原理についての研究結果は完全に失われてしまいました。いえ、カートランドでさえそれらについて何も言及しておらず、文書も一切残っていないところを見ると、実際には何もつかんでいなかったのかもしれません。彼が残したのは、『霊子物質』(エーテル・マター)というものを燃料にするという事実と、設計図の2つだけなのです。
 現在に至っても、霊子物質がどういう原理でエネルギーに転換されているのか、誰一人として知りません。現在も研究は続けられているのですが、霊子機関は完全なブラックボックスであり、これ以上の効率化も小型化もできずにいます。現在ある霊子機関は、すべてカートランドが残した設計図そのままの形で製造されています。そのため、エネルギーの転換が行われていると考えられる中心の金属回路部分(真金と呼ばれる金属を使用)は、カートランド規格と呼ばれるエルモア統一規格となっています。優劣があるのはシリンダー部分やその他の駆動伝達系、そして機関そのものの耐久性くらいのもので、内部機関をそれぞれの機械に合う形で利用しているに過ぎません。霊子機関は科学が日々進歩してゆくこの時代において、完全な模倣によってのみ製作される非常に特異な存在なのです。


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実際の運用


 霊子機関は熱を発生しない動力機関です。そして何より小型で静粛性に優れたエンジンであり、煤煙を出さないことも蒸気機関に対する大きなアドバンテージとなっています。これらの特性を生かした使用法というのが小型乗用機関への搭載であり、オートバイや飛行船などの分野で積極的に使用されています。また、馬車が主要な交通手段となっている現在の状況では、煤煙を出して走る蒸気機関を搭載した大型車両というのは、馬を不必要に怯えさせ、時には事故を引き起こす可能性があるものです。ですから、町中で利用する乗用機関では、特に霊子機関への転換が押し進められています。


○特徴

 霊子機関にはピストン以外に圧力を発生しないという特徴があります。そのため運用に際して爆発の危険性が全くなく、専任の機関士を必要としません。取り扱いの容易さは簡易な蒸気機関以上なのです。また、霊子物質を使用する時は『霊子蒸気』(エーテル・スチーム)と呼ばれる蒸気が出るのですが、石炭を燃やす時とは違って煤煙(すす)が出ないことも、広く人々に受け入れられる理由の1つとなりました。この2つのエンジンが出す煙の色の違いから、霊子機関のことを『ホワイト・エンジン』、蒸気機関のことを『ブラック・エンジン』と言うこともあります。なお、霊子蒸気を出す時に発する小鳥の鳴き声のような甲高い音を、特に『エーテル・ノート』と呼んでいます。


○使用法

 霊子機関の使用法は非常に簡単であり、霊子物質を燃料漕に詰め、レバーを操作すれば誰でも簡単に起動することができます。これには人数はもちろん、特別な知識や技術は一切必要ありません。よほど大型の機械を動かすのでもなければ、燃料の補給から操作まで全て1人で運用することが可能となります。
 霊子機関はそれ自体では出力の調整ができませんので、起動している状態では常に一定出力を保ち続けます。そのため、実際に利用する場合は、歯車による変速機構が存在しなければなりません。また、燃料漕自体にも真金製の回路を取り付けなければいけませんので、小型化については現在の状態で既に限界となっています。とはいえ、最低限の機構を備えるだけならば、せいぜい60kgほどの重量で仕上がりますので、いまある他の動力機関に比べれば驚異的なエンジンだと言うことができます。


○霊子物質

 燃料に用いられているのは主に霊水で、霊石は割高となるため一般では殆ど使用されることがありません。これらは微かな青い光を放つ粒子で、暗い中で見ると輝く宝石か星空のように美しいものです。霊子物質かどうかは見た目でもだいたい区別することができますが、正式には霊子機関の基盤の一部を流用した、簡単な検知器によって鑑定しています。
 霊子物質はどのような状態であっても、燃料漕に詰めるだけでエネルギー源として認識します。霊石は砕いてもちゃんと反応しますし、それ以外の物質がまざっていても反応しないまま残るだけで、それがエンジンに対して悪影響を及ぼすということもありません。もっとも、わざわざ世の中にある物質を全て放り込んで試した者が存在しない以上、必ずしも安全である保証はありません。

 霊子物質は温度などの外部からの影響には関係なく、常に一定の出力を提供する理想的な燃料です。実際、霊水をどこまで熱しても沸騰したり蒸発することはなく、逆に温度を下げても凍りつくことはないようです。また、反応に際してこれらが熱を発することもなく、ただ消費した分だけ少しずつ消滅してゆきます。一般には消費した分は霊子蒸気(エーテルスチーム)となって放出されると考えらていますが、それが事実かどうかはわかっていません。また、他の熱機関と同様に、霊子物質をエネルギーに転換する際に何らかのロスがあるという意見もあれば、いっさいの熱を発生しないため動力機関の完全形であると主張する学者もいます。それから、霊子機関を運転している最中は、霊子物質は普段よりも強い光を放つことが知られていますが、それも実際にどのような反応を示しているかは未だ解明されておりません。霊子機関の構造についてもそうですが、霊子に関わる研究で成果を上げた人物は、霊子機関の父と呼ばれるコルフト=カートランドただ1人です。この分野に携わる研究者は誰もが、彼の死は世界の損失であると口を揃えて言うそうです。


○欠点

 唯一の欠点は霊子物質の値段です。石炭に比べると高価なことから、これほどの優位点がありながらも、蒸気機関にも活躍の場を譲らねばならないのです。実際には石炭をくべる火夫を雇う人件費がかからず、清掃や整備の頻度も少ないことから、運用コストの差としては燃料代ほどの差は出ないのですが、それでも全体の使用率としては蒸気機関に劣ります。なお、新大陸への航行は不足がちな鉄の確保ばかりではなく、霊子物質の発掘も期待して計画されたという背景があります。


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霊子機関の構造


○構造

 霊子機関の基本構造部分は体積が約10Lで、重量は30kg程度です。この周辺に動力伝達部を加えて、初めて1つのエンジンとして機能を果たす形となり、通常は周辺機構を加えても50kg程度の重量にしかなりません。このような小型な動力機関がなければ、オートバイなどの乗用機関は誕生しなかったことでしょう。他にもよく知られている交通機関には三国鉄道の霊子機関車がありますし、新大陸に到達した大型船舶も霊子汽船でした。


○作製

 霊子機関の作製は、例外なくカートランドが残した設計図に従って行われます。霊子機関の構造は、エネルギーの転換が行われていると考えられる中心の金属回路と、燃料漕に取り付ける同様の基盤、そして両者を繋ぐ数々の金属線と金属管から成り立っています。これらの製造は極めて繊細な作業となり、金属に細かい模様のようなものを寸分の狂いもなく刻み込んだり、金属線同士の距離まで細かく指示されている部分もあります。
 霊子機関の構造は現在エルモア地方にあるいかなる物品と比較しても複雑で、専門の教育を受けた技術者しか取り扱うことができない代物です。また、材料となる金属にも、真金をはじめとするエルモア地方独特の金属が多数使われており、揃えるのも簡単ではありません。蒸気機関に比べて故障率は遙かに小さいとはいえ、修理にも専用の工具や材料が必要となり、いざ何か起こった時の対応という意味では、蒸気機関の方が一般の使用に向いた機械ということができます。


○大型化

 霊子機関の大型化というのは蒸気機関のそれとは異なり、効率面での上昇はあまり期待できません。ただし、大型化する場合は1つの槽内に回路を複数取り付けたり、ピストンや管、あるいは燃料漕の基盤などを共用できるために、重量や体積を縮小化することが可能となります。このため、結果的にロスが少なくなり、燃費では石炭や薪には劣るものの、それさえ目をつむれば大型機械への転用も不可能ではありません。実際、三国鉄道では霊子機関を搭載した機関車が運行されていますし、新大陸への航海で使われたのも霊子機関による大型船です。もっとも、よほど大型の機械を動かすのでもなければ、単式のエンジンでも十分な出力を発揮します。


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