科学世界


 


 『惑星トリダリス』は我々の世界同様、科学によって人間社会を維持していました。
 ある時代に、ポーレイトという生物学者が1つの論文を学会に提出しました。それには、反復して記憶実験を行なっていたマウスは、他のマウスよりもRNAが増加しているということが記述されていました。つまり、精神が物質(の構造)に影響を与える、ということの一端がわかったのです。これより、一般概念でしかなかった精神と物質の関連が研究されることになりました。
 心理学の分野と生物学はやがて結びつき、それまでの統計的手法から、形而下の作用をも含めて精神領域を解析しようという、専門分野の枠を越えた総合生物心理学という分野が生まれました。そして心理生理学会、神経心理学会、あるいは大脳生理心理学会などという数々の学会が創設されることとなったのです。こうした心理学方面の動きと平行して、生体の情報処理能力の解析について研究する分野もこの時代には盛んとなり、これはやがてバイオコンピューターの研究へと転換することになりました。

 それから約30年後には、疑似タンパクで構成された、人間の脳の形態を真似た人工脳が完成し、デジタルではなくアナログでの情報処理が可能となりました。こうした中、いわゆる超能力者と呼ばれる類の人間が現れたのですが、その時代の科学力ではその現象の解明はできませんでした。それには2つの理由があります。
 1つ目の理由は、純粋に技術力の問題です。超能力と呼ばれるものは術法と全く同様の現象なのですが、これは脳内の各所において、タンパク質の一次構造のごく一部が変化したために特定の回路ができ、それによって発生するものです。ですが非常に厄介なことに、生体として活動している状態でなければこのタンパク質の構造は崩れてしまうので、どうしてもこの現象を追求することはできませんでした。(つまり人体実験を必要とし、貴重な超能力者を被験体として失うことを意味するのですから。)
 また、超能力者は確かに存在していたのですが、時の権力者に隠匿されていたり、あるいはこれを学会で発表したところでまともに取り合うものもなく、この秘密に触れる者はほとんどおりませんでした。それに加えて、ある国の軍務大臣がこれを利用してクーデターを起こす計画をつくり、超能力に携わる研究者をブレインハントによってひとところに集めてしまったため、この研究はまともに成り立たないものとなってしまっていたのです。

 こうした状況の中、先に述べた軍務大臣によるクーデターが起こりました。クーデター組織は、ある超能力者の暴走によって崩壊した街を再開発地区として閉鎖し、そこを本拠地としていました。その街はクーデターの失敗とともに開放されたのですが、これとは別のものも世の中に解き放たれたのです。それが人工ウイルスと呼ばれる未知のタンパク様物質でした。
 このタンパク様物質はプリオンのような存在で、正式な意味でのウイルスではありません。これは人工環境でつくられたもので、遺伝子に作用する性質をもっていたために、進化を人為的にコントロールできるものとして期待されていました。しかし、もともとバクテリアに作用するこの人工ウイルスの研究は軍によって歪められ、人体に寄生する生物兵器の開発に姿を変えてしまいました。
 この生物兵器の開発は、後に完全に中止されることになります。これは人工ウイルスが事故によって野外に漏出し、遺伝子変異の時代が訪れたことによります。人類はこのウイルスによって滅亡させられるのではないかと思われたのですが、国際遺伝子復興委員会という組織が設立され、やがてこれを根絶することに成功しました。この一連の事件によって出現したのが、遺伝子変異によって脳内の構造が変化してしまった超能力者です。


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