この時代の戦争がかつてのものと違ったのは、実空間での戦いを禁止する『イルニア条約』というものが結ばれたことです。この条約によって、すべての戦闘は宇宙空間と星界のみで行われることとなりました。この戦争では、『中央都市』(あるいは上級都市)と呼ばれる都市、他の民族国家、『月人』(ムーンノイド)、そしてコロニーなどの無数の勢力が入り乱れて戦いました。これより100年近くにもわたる期間は、戦いの火がやむことはなかったといいます。そして、その間にも科学魔道の技術は進歩を止めることはありませんでした。戦争が技術を発展させるという事実は、この時代でも同様だったのです。
この戦争は『世紀間戦争』ともいわれ、終わりは永久にこないかと思われたほどです。戦争の末期にもなると、月人に『浮遊大陸』が譲渡されたり、『擬人兵器』(傀儡兵器)と呼ばれる兵器などが現れたりと、戦局は目まぐるしく変化し、どの勢力が勝利を収めるのか予測がつかない状態でした。こういった中で現れたのが、『桜華民主共和国』(チェイファトラーズ)の作り出した『アン・ユーカリヲン』という巨大魔道機でした。
アン・ユーカリヲン(通称キャリヲン)は、『緩衝流』(ユーカリヲン)と呼ばれるものから機体を守る機能を備えていました。この緩衝流というのは、緩衝帯から流れてくる異常霊子の風のようなもので、霊子機器の働きを狂わせます。しかし、アン・ユーカリヲンだけはこれに干渉されることなく、自由に活動することができました。このアン・ユーカリヲンが登場したことで、戦局は大きく桜華側に傾くことになります。
しかし、これに搭乗していたクローン体の兵士(クロノイド)は、あるときアン・ユーカリヲンとともに基地を脱走し、実空間へと出現しました。この突然の行動の真意を知るものはおりません。ただわかっていることは、アン・ユーカリヲンの出現とほぼ同時刻に、コロニーから浮遊大陸への超長距離霊子砲射撃が行われたことと、アン・ユーカリヲンは落下した浮遊大陸の一部の下敷きとなってしまったという二点です。幸いにも、この霊子砲の射撃は浮遊大陸の端をかすめただけで、コロニー側の『大陸落とし』作戦は不発に終わることとなりました。もし、これが直撃してトリダリスに浮遊大陸が落ちていたら、おそらく核の冬にも等しい状況が訪れていたでしょう。人々は胸をなで下ろし、自らの幸運に感謝を捧げました。しかし、これは悲劇の始まりでしかなかったのです。
この大陸落としに使われた霊子砲というのが、条約で禁止された霊子核の融合反応を利用する超高エネルギー兵器(霊子核融合砲)だったのですが、これが思わぬ副作用を生み出したのです。
この副作用が予測できなかったのは、その熱量の膨大さから国際条約で禁止され、星界蠱との戦闘にしか使用されたことがなかったことが原因なのですが、霊子の核融合によって崩壊した霊子は、幽子の配列に考えられないような異常を引き起こしてしまったのです。霊子は幽子に作用し、幽子は物質の構造を規定していることは前に述べた通りです。すなわち、霊子核融合砲によって極大のオカルト効果が引き起こされてしまったのでした。
これが瞬間的な現象であれば、物質はまちがいなく超高エネルギーによって消滅し、幽子の配列変化現象は大した問題にはならなかったでしょう。しかし異常活性化した霊子は、そのエネルギー状態を維持したまま周囲の霊子に変異を伝播しました。崩壊した霊子核に接触した霊子は同じように異常活性化し、幽子の配列変化を導き、ひいては物質の構造を変化させたのです。
この変化こそが『大変異現象』と呼ばれるものです。この大変異現象は、ほぼ惑星全土に影響を及ぼしました。トリダリス星に住むものは、戦争どころではない状況に追いやられたのです。特に中央都市や軍の基地、そしてその他の大都市などの霊子機関が集中しているような場所の変異現象はひどいものでした。こうして長き戦乱の時代は収束し、辛うじて変異現象の影響を受けずにすんだ月人とコロニー勢力の相打ちという形で終わりを迎えることになります。
崩壊した霊子核はいわば放射能のようなもので、その高エネルギー状態にも半減期がありました。半減期は比較的短く、数十年後には霊子のエネルギーは通常の活性化状態のレベル(魔術を行使する際のレベル)におさまりました。しかし、その期間の物質変化は凄まじく、200億以上いた人間は1億人程度に減少してしまいました。これが科学魔道文明の滅亡です。この世の地獄ともいえる風景の中で、残された人々は『歪んだ冬』と呼ばれる『大変異時代』を過ごすことになります。
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