組織というものは規模が大きくなるとともに、その管理は非常に困難となるものです。まして、聖母教会のように何か国にもまたがるような巨大な組織であればなおさらのことです。また、裏教会はその性質上、教会内部にさえその存在が秘匿されるようになりました。現在の表教会でも、裏教会の存在を知っているのは主教以上の者と司祭長の中でも選ばれた者だけです。こうして、裏教会は完全に影の組織として独立して行動することになりました。
教会組織が分裂したのは表裏に限ってのことではありませんでした。前聖暦631年に主教となったセルトラーンは、聖母教会の真実の歴史を教えられました。しかし彼は、やがて信仰と事実の狭間で苦しみ、聖母教会と袂をわかつことを決心したのでした。ですが、秘密を知ったセルトラーンをそのまま外に出すことはできなかったため、裏教会は彼の記憶の一部を奪って幽閉することにしました。
数年が過ぎ、セルトラーンの人生に転機が訪れます。ある夜、彼は夢の中で神の声を聞き、そして目を覚ますと草原の中に倒れている自分に気がついたのです。目覚めたセルトラーンが覚えていたのは、「神の子を探せ」という力強い言葉でした。こうして彼の『神の子』を探し出す旅が始まります。そしてセルトラーンが旅の途中で出会った人物こそが、後のエルモア地方にもう1つの勢力を生み出すことになる『ルーン』という青年でした。
ルーンは、聖母アリアやその娘たちと同等の力を持っていたと伝えられています。それもそのはずで、彼は『月人』(ムーンノイド)のつくりだしたクローン体の1つで、人造天使と同じ力が組み込まれていたからです。月人はかつての過ちを繰り返さないために、そして今後の人類がどのようにあるべきかを模索するために、人間の社会そのものを実験場として様々なテストを行っているのです。エルモア地方の場合は、1つの組織が大きな権力を持たないようにすることを条件として設定しています。このような実験はエルモア地方以外でも試されており、逆に1つの組織が人民をコントロールした場合、あるいは社会を完全に平等にした場合など、様々なケースの実験が行われています。エルモア地方に存在する様々な結界は、地域に特有の変異を拡散させないという目的の他に、閉鎖実験場としての意味もあるのです。
ルーンは月人の命令に従い、聖人としての役割を完全に演じきりました。とはいえ、ルーン自身は自分がクローン体であることを知らずに過ごし、人民のために心から尽くしたのです。月人の思惑通り、ルーンは人民に崇められる存在となりました。こうして法教会の基礎ができたところで、月人たちは役割を終えたルーンを始末することを決定します。簡単に消滅させることも可能でしたが、月人はルーンを伝説として残すために魔神と戦わせ、相打ちにさせることを計画したのです。そしてルーンは、生まれてから死ぬまでの時間を、月人の敷いたレールに沿って歩くこととなりました。こうして月人の思惑通りに聖母教会の勢力は押さえられ、エルモア地方はまた混迷の時代を迎えることになります。
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