『宝島』幻想から遠くはなれて

●今月とりあげた本

東浩紀「郵便的不安たち」(朝日新聞社)
串間努編「ミニコミ魂」(晶文社)


 最近こんな書き出しばかりだけど、雑誌を以前より読まなくなった。面白い雑誌がない、というより、そもそも雑誌になにも期待しなくなったのだと思う。よくもわるくも広告と情報のカタログ。それだけで、雑誌の役割はおしまい。いま考えなくちゃならないことはたくさんあるけど、雑誌からその手がかりが得られることはほとんどない。大手出版社の雑誌だけでなく、中小・零細出版社、さらにいわゆる「インディ」雑誌やミニコミまで含めても、その「面白くなさ」の感触はかわらない。もちろん、たまには面白い記事もある。面白い書き手も何人かいる。でも、雑誌全体として面白いと感じることはほとんどない。ということは、雑誌というかたちで文章を束ねること、つまり編集という行為が無意味になったのか? もしかしたらそうかもしれない、とぼくは考えはじめている。

 植草甚一を責任編集に迎えて創刊された『ワンダーランド』(のちの『宝島』)の中心的な編集者だった津野海太郎は、『歩く書物』(リブロポート:絶版)におさめられた「雑誌は作るほうが面白い」というエッセイで、創刊まもない頃の『文藝春秋』について、こう書いている。「おそらくかれらは、観客である読者たちのまえで、われわれはあなたたちよりはるかに充実した生活をいとなんでいるのだ、という集団の演技を、あざやかに、真にせまってやってのけたことによって成功したのである」。信じられないことだが、『文藝春秋』はそのむかし、ある種の「ライフスタイル」雑誌だったのだ。その後、マガジンハウスの一連の雑誌が、こうしたライフスタイル提案型雑誌のひとつのスタンダードを作っていった。いま雑誌がつまらない理由は、雑誌が喚起する「ライフスタイル」が総じてどれも退屈だ、という一言につきるのではないか。そのくらいには、ぼくらはすでに豊かなのだ。

 津野は先の言葉につづけて、『本の雑誌』は、『文藝春秋』に似ていると書いている。この二冊の雑誌の間に、『ワンダーランド』自身を置くことはひどくたやすい。『ワンダーランド』の関係者はその後、『宝島』と平凡出版(現マガジンハウス)の『ポパイ』『ブルータス』などに流れていったから、ここに戦後のおもだったカルチャー誌の流れはすべて含まれてしまう。しかし、これらの雑誌に象徴されるような、「つくり手側のライフスタイルに幻想をもつ共同体」という形で読者が組織される時代は、どうやら終わったようだ。それを端的に示しているのが、たとえば日本版『ワイアード』の失敗だった、とぼくは思う。

 『ワンダーランド』がお手本にしたのが、アメリカの『ローリングストーン』誌だったことは知られている。そしてまさに、90年代にデジタル世代の『ローリングストーン』と銘打って創刊されたのがアメリカの『WIRED』だった。しかし、『ローリングストーン』幻想を日本的文脈にうつすことは90年代にはさすがに無理だった。60年代の価値観で90年代を生きることなど、世界中のどこでだってできやしない。もちろん日本でも。だから、日本版『ワイアード』があえて別の道を選んだのは当然だった。(とはいえ、『サイゾー』もやはり退屈だ。サラリーマンに何かを期待するのは無理だと思うのだが……)

 ところが、いま東京で出ているミニコミ風の雑誌には、初期の『宝島』もどきのものがやたらと多い。小さな判型でペーパーバック。読書と音楽とカフェの話題、散歩と雑学についてのエッセイ……。でもこういう身辺雑記風エッセイは、植草甚一ほどの芸のある書き手がやったからサマになったのであって、ごく普通の人が書いてどうなるものでもないだろう。もちろん、個人的でプライベートな視点から立ち上る言葉であっても、その人の生きる世界の細かいディテールが書きこまれていれば、魅力的なものにだってなりうる。日本中のミニコミをあつめて紹介した串間努編『ミニコミ魂』は、小さなメディアたちのもつそうした「一寸の虫にも五分の魂」的な気分をうまく伝えている。でも、ミニコミは所詮ミニコミなのだ。読み手より作り手側が面白がっていて、しかもそこで自足している。ミニコミとは、そもそもそういうメディアなのだ。もしそこから出て行くことができたら、それはもうミニコミではない。いまの雑誌がつまらない最大の原因は、作る側も書く側も、つきつめてものごとを考えず、「こう感じた」というレベルで止まってしまうからだ。でも、作り手側がなにかを考えていて、それを必死に伝えようとしていないなら、少なくとも赤の他人がそんな文章を読む必要なんて、どこにもない。

 ぼくは、雑誌は手紙に似ていると思う。それも、ラブレターや決闘状、借金の申し込みや催促状といった切実なメッセージを載せた手紙。それを、見知らぬ不特定多数にむけてバラ撒くのだから、雑誌というのは実は、かなり妙なメディアなのだ。「手紙」というのはただのメタファーではない。ほとんどの雑誌が実際に「第3種」という郵便物だ。郵便制度がなかったら、雑誌というメディアは生まれなかった。『存在論的、郵便的』に続く二冊目の著書『郵便的不安たち』でも東浩紀がくりかえし言うところの「郵便的」メディアとして、いまだに紙の雑誌には可能性はあるとぼくは思う。サブカルチャーの蛸壺化が徹底したポストモダンの完成形としての90年代には、かつてのようなライフスタイル共同体を喚起させる編集主体のメディアとしてではなく、むしろ「誤配された手紙」として、雑誌は機能するべきではないか。書店の店頭で、あるいはどこかの店先で、あるいは友人の部屋で、ある雑誌のなかのある書き手に唐突に出会う。紙の雑誌の可能性はいま、そうした誤配の危険の高さゆえに、逆説的にだけれど、ごくわずかに存在するのだと思う。



copyright 1999 Nakamata Akio/Sora tobu kikai

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