ぼくは、5才の男の子です。 ママとみました。ママのじっかは、おだわらです。 ぼくのいっている、ようちえんでは、はいてしまうカゼが はやっているので、もうバイキン をもらわないように、きをつけてね。
○○○○しゅうへい
「貴ちゃん@小田原市のホームページ」、大変興味深く拝見させて頂きました。
楽しい文章と豊富な写真に加え、読み手の立場に立った親切な造りは数あるホーム
ページの中、特筆ものだと思います。
特に「小田原情景」は今小田原にハマっている私を、益々小田原好きにさせてくれました。
私事になりますが、30年近く前になるでしょうか、酒匂に叔母が住んでおりました。
当時小学生だった私は毎年夏休みになると母親に連れられ、叔母の家で1週間程
過ごす事が夏の一大イベントでした。
すぐ近くの横浜に在住していながらも、子供だった私には大旅行でした。
横浜から東海道線に揺られ、国府津で下車。扇形庫で休む蒸気機関車に気を取ら
れながら箱根登山鉄道バスに乗り、印刷局前で降りるとそこには叔母が迎えにきて
くれていました。
叔母に手を取られて国道沿いの肉屋の角を折れ、少し歩いて堤防越しに真っ青な
海が見えると(当時西湘バイパスはありませんでした)妙にワクワクしたものです。
従兄弟たちと浜で遊んだり、彼らが通う酒匂小学校のプールで泳ぎ、堤防前の松林
で鬼ごっこをしたものです。
私が小学校6年の春、優しかった叔母は36才という若さで他界しました。
以降、夏のこのイベントも無くなり、従兄弟たちとも疎遠になってしまい、私は思
春期、 青春と矢のような時の速さに流されて気がつけば忙しい会社員。
疲れが出たのでしょうか、先日、フッと立ち止まった心に突然叔母が現れました。
二十数年ぶりに酒匂を訪れてみました。 昔と同じように東海道線に乗り、国府津
で下車すると、扇形庫と機関車は無くなっていたものの、面影は昔のままでした。
バスも同じ場所で乗客を待っていました。 懐かしくて涙さえ浮かんできます。
しかし、印刷局前でバスを下車してからは全く変わっていました。 考えれば当た
り 前の事ですが目印となる肉屋も無く、海に出る路地もきれいに舗装されて一面砂だ
った堤防前もアスファルト、松林もマンションに変わり、面影が残っているのは堤
防道路だけでした。
あの頃の酒匂をもう一度見たい、あの頃に戻りたい、という気持ちで溢れ返り、
小田原に関する情報を集めている中、見つけたのが貴殿のページです。
数ある小田原に関するホームページの中、本当に小田原を愛する心が伝わってくる
あたたかいページでした。
小田原は、目の前の箱根連山、青い海、潮の香りに包まれた大きなスケールの中
にも包容力のある、何かほっとする街です。
このすばらしい小田原を1人でも多くの方に知って頂けるよう、今後もホームペー
ジ活動、ぜひ頑張ってください。
応援しております。
こんなに家族味溢れて、暖かいホームページはじめてみました。
パパとママの顔は、写真なのかと思いきや、お子さんが書かれたのですか?
とってもかわいらしい絵で、思わず微笑んでしまいました。
しかも、英語バージョンもちゃんとあるところがいいですね。
イラストもいい!!
それから、またまた驚いたのは、とっても素敵なオルゴールの曲。
ほんと、家族の幸せを垣間見れたひとときでした。こっちまで、和やかになりました。
私もいつか、こんな「暖かい家族のページ」を作れたらナア。でも、何年先の事やら…。
お気に入りページに追加したので、また、訪問致します。
かわいい二人の息子さんの、元気な成長をお祈りします。