西伊豆/波勝崎/海金剛/赤道小町(新ルート開拓)

西伊豆/波勝崎/海金剛/赤道小町(新ルート開拓)


ARIアルパインクラブ/有持真人・河角敏樹




(開拓日)     1996年7月14日(日)
(ルート名)    赤道小町
 
(ルートグレード) 5級+
(ピッチグレード) 5.10a  AA3
(登攀距離)    250m(7P)
(所要時間)    7時間15分(取り付き〜終了点)
(開拓者)     ARIアルパインクラブ
             有持真人、河角敏樹

★ 記録写真



(記録)有持真人

 6月初旬に、衝立岩/OVER TIMEを登攀したが、あまりにも残置が多く、アメリカンエイドとは
言い難いルートであったため、この季節に登れる登りごたえのあるルートはないかと、<岩雪>を物色して
いたところ、<波勝崎/海金剛にエイドルート>と言うのが目に留まった。
 梅雨前線の北上している今の時期なら、伊豆方面は晴れる確率が高い。迷わず、海金剛に行くことに決め
た。



<概要>
 このエリアは、一般的にはあまり知られていないと思われるので、簡単に説明したい。
 初登されたのはごく最近で、1992年11月に同人サヘルの船尾、間野氏らによって<VAGABON
DO>というルートが開拓された。
 その後、1994年に白波ルート、ネイビーブルーに抱かれて、NOVEMBER RAIN、大陽賛歌
と立て続けに開拓され、現在は5本のルートが発表されている。
 この全てのルートがアメリカンエイドであり、他の日本の岩場とは一線を隔てている感がある。

 海金剛は、西伊豆/波勝崎の北にあり、遊覧船からその雄姿を見ることができる。この海抜0mからそそ
り立つ岩壁に、クライマーなら登攀意欲をそそられない者はいないだろう。

 岩壁は、中央綾を境にして左壁、右壁と分かれており、下部は標高が低いこともあってブッシュで覆われ
ている。
 左壁は、比較的傾斜が緩く脆い壁で、中間部はブッシュで帯である。主に登攀対象となるのは右壁である。
右壁左の中央綾寄りには、数本のリッジと凹角があり、クラック、リスが多数走っている。右壁右には、ブ
ッシュの少ないすっきりした岩が広がっており、クラック、リスなども多く、いかにも<アメリカンエイド
で登って下さい>と言わんばかりの場所である。
 上部には、城壁を思わせるような<下部要塞>、<上部要塞>が覆い被さるように立ちはだかり、ピーク
への道を阻んでいるようだ。

 下部の傾斜は少し緩く、70〜80度位で場所によっては90度以上ある。比較的テラスやバンドが多く
あり、衝立岩の様にアブミビレーになるところはほとんどない。しかし、テラスが多いと言うことはネイリ
ング中にフォールしてピトンが抜けた場合に、グランドフォールする確率が高くなるため、精神的にはあま
り良くない。
 


<アプローチ>
 次にアプローチであるが、車で松崎から下田方面へR139を南下すると、波勝崎の手前のマーガレット
ラインの入り口に雲見温泉がある。ここで、右手に<入谷入り口>という看板が目に留まる。ここを右折し
て民宿街を抜け、畑の中を走っていくと、右にキャンプ場が見える。それより更に、コンクリートで舗装さ
れた細い道を登っていくと、右手に青い小屋があり、更に50mほど先の左手に小屋がある。この小屋の前
がアプローチのスタートである。車は、2つ目の小屋の20mほど先に、3〜4台は駐車するスペースがあ
る。

 アプローチといっても、登山道やハイキング道ではなく、ほとんど獣道同様で、ヤブの連続である。道も
分かりずらく、間違えるととんでもない所へ行ってしまう。私も今なら35分程度で海金剛まで行くことが
できるが、中間部のヤブ密集帯では、いまだに行きと帰りのルートが違っている。
 話によると、3〜4時間もかかったパーティもあり、アプローチが第一の核心とも言える。

 まず、2つ目の小屋の前にある左上している道を登っていく。(同じ様な道があるので注意)出だしから
ヤブこぎである。
 道なりに30mも行くと、大きな太い木がありこの手前を右折する。(黄色テープでマーキングしておい
た。
そこから、道なりに10分ほど歩くと、直下に降りる道があるが、これを下まで下降してはいけない。3
mほど下って右を見上げると、ヤブの中に踏跡らしきものが見え、ここに入る。ここから先が核心である。

踏跡を少し行くと、突然踏跡が消えてしまう。しかし、ここであわててはいけない。同高度をトラバース
し、決して登ってはいけない。すると再び踏跡が見えてくる。ここから先は、黄色テープで所々マーキング
しておいた。
 20分も歩くと視界が開け、ススキ原になるが、踏跡を忠実にたどって行くと、突然、海金剛がドーンと
現れ、ヤブこぎの苦労も吹っ飛んでしまう。
 フィックスロープ1Pの下降で、入り江の広場に着く、ここにはテント数張りが張れ、大きな平らな岩<
昼寝岩>がある。しかし、海水はふんだんにあるが、真水はとれないのでボッカしなければならない。ここ
は、丁度、左壁の真下になり、見上げると下部、上部要塞がそそり立っている。

 ここで幕営するときは、釣り竿を持参して、夜は魚をつまみに一杯やるというのも良いかも知れない。

 取り付きへは、中央綾の基部を右壁側に回り込み、踏跡をたどっていく。取り付きの一帯は、樹林地帯に
なっており上部が見えないために、各ルートの取り付きを探すのに苦労するだろう。



<偵察>
 私たちは、6月30日に海金剛の概要をつかむために、初登ルートであるVAGABONDOを登った。
記録のグレードよりかなり簡単に感じられ、3時間30分で、大テラスまで登ったが、雨が降り出し仕方な
く懸垂下降した。
   下降しながら、岩を観察していると、まだまだルートを作る余裕があるではないか。めぼしいクラックや
リスなどを目に焼き付けて、その日は下山した。 取り付きに降りたとたん、晴れてきたのには腹が立った
が・・・。
 翌週の7月7日に、新ルートを開拓する予定だったが、あいにくの雨のために中止。人工壁のトレーニン
グに変更



<登攀記録> 7月14日(快晴)
今日は、梅雨明け直前でもう真夏の様だ。海金剛のシーズンは秋から春であるが、秋まで待てず暑いのを
覚悟で開拓に向かう。
 アプローチは鎌を持参し、草刈りをしながら前進する。梅雨の雨のせいか、ブッシュがひときわ成長して
いる。ヤブは、暑くて汗が噴き出してくる。
 今回は、1DAY、1プッシュで新ルートを開拓する予定なので、有持がオールリード、川角がオールフ
ォローで登攀する事にした。

 まず、前回に目を付けていた、<ネイビーブルーに抱かれて>と<VAGABONDO>の中間にあるリ
ッジを探すが、樹林帯のために上部が見えない。 だいたいのめぼしをつけて登攀を開始する。
 
(1P)
取り付きの出だしは岩が非常に脆く、2mほど登り右足をホールドに置いて体重移動した瞬間、ホールド
がはがれてグランドフォール。つま先を強打して血豆ができたが、他には異常がないので<これで今日の厄
払いができた>と、再度登り始める。10mほどフリーのランナウトで登ると、上向きのワイドクラックが
あり、その上の細いブッシュでランニングをとる。

 その上は、リッジの右壁になっており、7mのフリーのランナウトで登ると、ホールドがなくなって行き
詰まる。そこからネイリングになるが、極細のリスしかない。よく見るとしっかりしたフッキングエッジが
ある。フックワンポイントで立ち込めば上のリスに届くが、もしエッジが欠けると7mもランナウトしてい
るし、下のブッシュのランナーでは止まりそうにない。出だしのグランドフォールが浮かんでくる。
 やっぱり、極細のリスにナイフブレードのタイオフで前進する事にし、ナイフブレード5枚でリッジまで
上がる。そしてリッジをフリーで回り込む。
 すると、クラックが直上しているのが見えた。<ラッキー>このクラックは予想外だった。ここをエイリ
アン、ロストアロー4本、ストッパー1個で登り、しっかりした立木でビレーする。ここは、ネイビーブル
の1P目の終了点でもある。

(2P)
 上を見上げると、本を広げて少し前傾させて立てたような、高さ約15mのジェードルがそそり立ってお
り、リスがコーナーを走っている。ネイビーブルーはここを登らずに、凹角を直上しているが、なぜこのジ
ェードルを登らなかったのだろうか?登攀意欲をそそられるのに不思議である・・・。

 まずは、凹角を5mほど登りジェードルの下にでる。小さなクラックにエイリアンをきめ、登攀を開始す
る。
 リスは浅く、ナイフブレードのタイオフ4枚で中間部まで登る。しかし、岩が柔らかく、ハンマーを振る
たびに岩が粉上になって飛び散り、全身が岩粉だらけになった。オマケに汗にまみれて悲惨な状態。

 中間部では、更にリスは浅くなり、ナイフブレードが効かないのでラープを打つが、岩が柔らかすぎて軽
くテスティングをすると簡単に抜けてしまう。今度はバードビークを打つが、リスが浅すぎて先が曲がって
しまった。

 仕方なく、一度下のナイフブレードまで戻る。違うリスを探し出し30cm間隔でナイフブレードを2枚打
ってタイオフにする。慎重にずり上がるとやっと上部のまともなリスに届いた。
   <ここでフォールしたら、ナイフブレードが何枚抜けるだろう>などと心配しても仕方ないので、腰に吊
した麦茶を一気飲みしてナイフブレード4枚を連打し、一気に中央綾まで登り切った。思わず雄叫びをあげ
ると、沖合の磯にいる釣り人が、何事かと振り返る。
 正面には、夏の輝いた海が広がっていて、遊覧船には人が鈴なりでこっちを見ている。ジェットボートに
乗ったアベックが黄色い声を出しながら走り去って行く。<なぜ俺はこんな所で汗だくにならなければなら
ないのか>などとふと思ってしまう。
 最後のフリーに移るところが少し微妙で気が抜けない。中央綾に出てからは、すっきりしたスラブが約1
5m続いている。グレードは5.8〜5.9程度だが、15mのランナウトになる。もっと緊張するところ
だ。
 もし、自信がなければ左手にブッシュ帯があるので木でランニングをとることもできる。直上してしっか
りとした立木で終了。
 このピッチは、ジェードルでのピトンの効きが甘く、フォールするとグランドフォールする可能性がある
ので、AA3とした。

(3P)
 ブッシュ混じりの岩綾を登り、途中でネイビーブルーと合流し、ブッシュ帯のVAGABONDOの5P
目の終了点まで。

(4P)
 5mのフェースからブッシュ帯に入り、行き詰まったら右上する。すると下部要塞が立ちふさがっている
のが見える。下部要塞の左端を目指して、大きな階段状の岩を直上すると外傾したバンドにでる。
 ここに、ビレーポイントとしてペツルのアンカー2本を埋め込んだ。ハンガーは回収。

(5P)
 前傾した下部要塞の左肩に抜けるように、クラックとリスが右上して走っている。ここは、前回に目を付
けておいたところだが、2P目のジェードルより岩が脆そうだ。AA3+位の感じで、登って登れないこと
はないだろうが、何か気乗りがしない。今までこんな気分で登ってろくな事がなかったので、今回は登るの
を止め他のルートを探してみる。

 ビレーポイントから、少し左にトラバースした所から大テラスまで、<さあ登って下さい>というような
ハンドクラックが走っていた。未練を残しながらもハンドクラックに取り付く。

 ここは、岩がしっかりしており、ハンドジャム、フットジャムが良く効く。約20mをグイグイと快適に
登ると、大テラスに到着。グレードは5.9で、ランナーはフレンズ、キャメロット。
 大テラスを約10mトラバースし、白波ルートの5P目の終了点へ。ここにはビレーポイントがなかった
ので、ペツルのアンカー2本を埋め込んだ。ハンガーは回収。

(6P)
 このピッチの出だしは、VAGABND、白波ルートと同じである。ワイドクラックをフリーで直上し、
途中からネイリングになる。
 上部のチョックストーンを右に巻いて登るのが白波ルート。今回はチョックストーンの左を登った。クラ
ックのネイリングだが、クラックの外側と奥が開いているためセットが難しい。チョックストーンを左に回
り込み、15mランナウトし直上すると、上部要塞下部のテラスに着く。
 このピッチはフレンズ、キャメロット、エイリアンを使用した。

(7P)
 いよいよ最終ピッチである。上部要塞は、下部要塞を一回り小さくしたような感じだ。とりあえず、NO
VENBER RAINの8mのワイドクラックを登り小バンドへ出る。ここから凹角を直上すればNOV
ENBER RAINなので、ナイフブレード1枚を打ち、フリーで少し左上する。微妙なバランスで更に
ナイフブレードをもう一枚打ち、フリーで左上する。カンテを回り込んで一気に終了点まで登る。フリーは
15mのランナウト。
 終了点には、ペツル2本とリング2本の残置があった。ユマーリングしてきた川角さんと堅い握手を交わ
す。

 夏の日差しを受けて、きらきらと輝く海を見ながら浮かんだ名前が、赤道小町。<このくそ暑い時期に開
拓したのでぴったりの名前だ>と意見が一致し、<赤道小町>と命名した。

 7時15分にスタートし、14時30分に終了。所要時間は7時間15分となかなかのペースで仕上がっ
たと思う。

 再登する場合は、完璧にアメリカンエイド技術が身についていなければ、2〜3時間は余分に見たほうが
無難である。
 帰路のヘッドランプでのヤブこぎは、不可能なので注意が必要である。



<下降ルート>
1 終了点から、20mで7P取り付きのテラス。
2 7P取り付きのテラスから、40mで6P取り付きの大テラス。
3 大テラスを左にトラバースしてブッシュにセットしてある支点から、30mで、少し広めのテラス。
 ※ ブッシュに結び目が引っかかるので注意
4 テラスから20mまっすぐ下降すると、立木にシュリンゲがセットしてあるのでここで切る。
5 真っ直ぐに40m下降すると、VAGABOND3P目のブッシュ帯に着く。そして左側へブッシュ
 の末端までトラバース。
6 末端の木にフィックスロープが掛かっているが、かなり古そうなので、自 分でザイルをセットして
 懸垂した方が無難だ。45mで取り付きの樹林帯に着く。

 海金剛には、ほとんど主なクラックなどにはルートができており、新ルートを開拓しようと思えばでき
ないこともないが、特に上部は既成ルートとの重複は避けられないだろう。
 このエリアは、アメリカンエイドのルートしかなく、初心者が気楽に取り付けるルートは1本もないの
で、安易に初心者同士では登らない方が無難だろう。

 この記録によって、いままで知られていなかった海金剛に、多数のクライマーが訪れるのを期待するが、
当然の事ながら再登者はくれぐれもピトンの残置などしないように注意してほしい。
残置だらけの<衝立岩/OVER TIME>の様にならないことを願うのみである

 海金剛では携帯電話(IDOのアナログ)が使える。ただしデジタルは使えない。ここは人山者の全く
いないエリアなので、携帯電話を持参した方が安心できる。無線はあまり届かない。

 <赤道小町>の取り付きには、再登者のためにテーピングテープで、<↑↑赤>とマーキングしておい
た。



<使用ギア>
 フレンズ×1セット、キャメロット×1セット、キャメロットジュニア×1セット、エイリアン(3/8〜
1)×各1、ナイフブレード×10、バカブー×5、ロストアロー×5、アングル×2、ストッパー×1
セット、ラープ×1、バードビーク×1、ペツルアンカー×4(ビレーポイント用)※ハンガーは回収済、
ザイル(11mm×50m、9mm×50m)×各1



(記録)河角俊樹
今回のルートの感じとしては、ナイフブレードの連打、フレンズの人工、クラックのフリーなどがあり、
なかなか良いできではないかと思う。
 一度、他のルートを登った位でまだ開拓の余地があると思われるのは、岩のスケールからして当然の事と
は思うが、それにしても下部より大変おもしろいラインを発見できたのは、運が良かったといえるだろう。

 今後も、是非、新しいルートを開いて行きたいと思う。蛇足ながら、この岩壁はブッシュが濃く、また所
々傾斜も緩い所もあるので、荷揚げのできないピッチも多いので、フォローする者は重荷の登攀、又はユマ
ーリングをしなければならないピッチが出てくるので注意が必要である。



★ エリア別山行記録へ戻る

★ INDEXへ戻る