奥鐘山西壁/中央ルンゼ・紫岳会ルート

JECC/廣川健太郎、その他


<山行日> 1999年10月9日(土)〜11日(月)<記録> 廣川健太郎



 廣川@JECCです。

 連休は奥鐘に行ってきました。

 好天が確実だったせいか、すごく大勢で、こんなににぎわっている 奥鐘は初めてでした。ざっと数えて40名位。

 山形滝口さんと仙台の連合軍6名、YCC8名、静岡松永さn達5名、 ACCJ本図さん達2名、高知前田さん達2名、 ガイド?パーティ3名、蒼氷山岸さん、西尾さん達2名、 名古屋千種ACが4名だったかな?、わらじの仲間吉原さん達が2名、 JECC2名、他にも2〜3組はいたような・・。

 ところで、 体がなまっていて、ツルベで登れはするものの、今一つすっきり感がない。 ハタチの頃はもっとすいすい登ったよなあ。 只でさえ力が落ちているのに、いつもいつもタスキ掛けにしている一眼レフ が、難儀なことこの上なし・・・・。

 草がかぶっていると岩の凹凸感が良く分からない感じ・・・、視力が落ちて きているのか???。(もうす40、年を感じつつある今日この頃) もっとフリーをやらねば、もしくは普段の酒を控えねば と、実感。 もともと、短距離走とかは早かったが、運動神経がそんなに良い方でもなく、 練習してないと、それなりにしか登れないタイプなんです。

9日(土)入山〜中央ルンゼ〜同下降

 YCCの道家ー切島ー川端さん達が先行、JECCの廣川ー小口が 2組目。3組目が高知の前田さん達2人。4組目はおじさん2人と 女性の3人パーティ(女性がトップだった)。 中央ルンゼはクサビの切れ目の上のW+部分が意外と難しかった。

 Xがついているピッチよりも、W、W+が支点が少ないので要注意。 10日(日)冬に登ることも考えて、高知ルートに取り付いてみたものの、5 P目(バンドからは3P目)でルートが判然とせず敗退。

 紫岳会ルートに転進、くの字ジェードルを登った、同ルートを下 降。

11日(月)短いルート2本を登ってしまったので、下山。

 山形ー仙台連合軍、YCC一部、JECCの組合わせで、

@ 欅平駅の2F食堂で生ビールで乾杯

A 売店で買い出し。テラスのベンチ周辺に座り込み、で日本酒、 ビールで電車時間待ちの小宴会

B トロッコ列車内で宴会(鐘釣駅で日本酒買い足し)

 →隣の車輌の名古屋の女性を誘おうとするが、嫌がられたのか、 男性の加藤さんのみこちらの宴会に参加

C一升瓶他を買い出しし、宇奈月駅前駐車場で宴会

 →誰がもってこられたのか、きいたが忘れたが、自衛隊放出品? の缶詰を食べたがおいしかった。

 →Cの途中でお巡りさんが来て教育的指導を受けることに・・。 ちょうどこの頃にJECC宇奈月駐在員志水君が現われ、 皆さんとお別れし、志水宅へ移動。

D 志水宅でビールにて小休憩

E 三日市場駅前の焼き鳥&おでん屋で21時半過ぎまで飲む。

 →志水君は代行運転を頼み帰宅。彼は翌日から剣沢大滝のガイド。

F 魚津駅前の中華居酒屋で軽く食事、酎ハイを・・・。

 すっかり飲み疲れて、能登で帰京。ぐっすり寝ました。 2週間後、もう一度、今度は京都ルートに行く予定です。

 焚き火を囲んでのお酒、良いもんですが、黒部川の水があんまりきれいで ないのは残念ですね。


★ エリア別山行記録へ戻る ★ INDEXへ戻る