錫杖岳/前衛フェース/ANNIVERSARY(新ルート開拓)
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ARIアルパインクラブ/有持真人、原岳広
< 記 録 > 有 持 真 人
<山行日> 1998年4月30日(木)〜5月1日(金)
<ルート名> ANNIVERSARY
<グレード> 5級/AA1+ 6P(155m)
<所用時間> 8〜10時間
<開拓日> 平成10年4月29日(水)〜30日(木)
<開拓者> ARIアルパインクラブ/有持真人、原岳広
★ 記録写真 ★ ルート図
私がルート開拓を初めてから、今年で丁度2年目になる。海金剛の<赤道小町>を皮切りに<SURAF&SNOW>
<TORITON>、丸山南東壁に<ブッシュマン>、黒伏山南壁に<蒼天航路>、明星山左岩綾フランケに<GO TO
HEAVEN>と合計6本のルートを開拓した。
もう開拓の余地も少なくなってきたが、できることなら日本の有名岩壁に1本づつルートを開拓しようと思い、今回はま
だ一度も訪れたことのない、錫杖岳の岩場に向かう事になった。
錫杖岳は新穂高温泉の手前にあり、いままで関西方面からは比較的行きやすかったが、関東からは安房峠という難所があ
って、関東クライマーにはなかなか足が向かないエリアであった。
しかし、昨年末に安房トンネルが開通したおかげで、関東からも短時間で行く事ができるようになり、特に冬期は半分の
時間で新穂高まで行けるようになった。
錫杖岳/前衛フェースは、2時間もあれば取り付きまで行くことができるし、おまけに岩は花崗岩で堅く、谷川岳などと
比べるとクライマーの数もかなり少なく快適な登攀をする事ができる。今回の開拓はGWの連休に行ったが、我々以外にク
ライマーは誰一人おらず静かなクライミングを楽しむことができた。
<偵察>
4月12日(日)晴れ (メンバー)有持、宮川、川角、原、雨宮
槍見温泉(07:00)〜前衛フェース下部(10:00/11:30)〜左方カンテ(11:30-13:30)〜取り付き(14:30/1500)〜槍見温泉(15:30)
今までの開拓は行き当たりばったりで、それでも何とか新ラインを引くことができたため、今回も偵察なしで入山するつ
もりでいた。しかし、安房トンネルのおかげで夜行日帰りが可能になった事もあり、今回の開拓にあたり一度偵察に行くこ
とにした。
07:00に槍見温泉を出発。雪はかなり少ない。前衛フェース取り付き付近には残雪があるが、岩場には雪は全く残っ
ていなかった。
取り付き周辺をじっくりと観察していく。下部は、フリーのラインなら引けそうだがネイリングのラインとなるといまい
ちぱっとするラインがない。今回は、とりあえず1Pでも試登してフィックスをしておくつもりだった。しかし、双眼鏡を
忘れてしまい、上部のラインがはっきりしないので、左方カンテを登り、上部を観察することにした。
11:30登攀開始、北沢フェース周辺を重点的に観察しながら登っていく。13:30に登攀終了。同ルートを懸垂下
降する。偵察の結果、北沢フェースの左端にラインを引くことができそうであった。
<開拓>
4月29日 晴れ (メンバー)有持、原
槍見温泉(07:00)〜錫杖沢岩小屋(BC)(09:30/10:00)〜前衛フェース2Pフィックス(10:30-15:30)〜BC(16:00)
2週間前にアプローチにあった残雪も全部消えており、錫杖沢の上部に残っている程度で、夏とほとんど変わらない状況
である。正面に見える穂高の稜線にも雪は無い。岩小屋にBCを設営して、早速登攀を開始する。
※ 所要時間には、ビレーポイント設定の時間も含む
1P 20m/5.7/AA1 (トップ/1時間、フォロー/1時間)
取り付きは、2のガリーにある左方カンテ取付と同じ場所で、ペツルハンガーの残置のある所からである。左方カンテは
ルンゼを左上していくが、今回のルートはペツルハンガーの真上にある、リスとクラックをネイリングしていく。
まず、バカブーから始まり、ナイフブレード、ロストアローを使いネイリングをする。しばらく登るとリスは左上してい
るが、かなり浅くピトンが刺さらないため、右側のリスに移りさらにネイリングをしていく。
ピトンの効きは比較的良いため安心して登ることができる。最後のクラックにエイリアンを入れ、テスティングがOKだ
ったので、体重移動しテラスに上がろうとしたところ、クラックが開きエイリアンが外れて墜落した。
しかし、下部のピトンがしっかり利いていたため簡単に止まった。再度登り返し、テラスにはい上がる。
このテラスには1本の立木があるが、その上部にあるクラックを5mほど登るとさらにテラスがある。ここにリングボル
ト2本を打ち、ビレーポイントとする。最初はペツルアンカーを打とうとしたが、岩が硬くバッテリーの消耗が激しいため
にリングボルトに変更した。
バリェーションとして、取り付きの右側約5mのところから、フリーで立木の所まで登ることができる。少しハングして
いるがV級程度。
2P 20m/5.8/AA1+ (トップ/2時間、フォロー/1時間)
このテラスから右側にある垂直の凹角を見てみると、古い残置ハーケンが何本か見える。かなり以前に試登されているよ
うだ。この凹角はやめ、左側に回り込んで登ることにした。
まずエイリアンでトラバースし、ワイドクラックにキャメロット#3をセットする、しかし、このキャメロットは真横に
は効いているが、下方向に荷重がかかると簡単に外れてしまう。
次はフリーだが、ネイリングセットのギアが重くて登りづらい。落ちないことを願ってフリーで2mほど登り、クラック
にキャメロットをセットする。このクラックも荷重がかかると開いてきそうな感じだ。
この上部のフリーは、この重荷のギアではちょっと厳しい。落ちるとキャメロット2個が外れるのは確実で、落ちてもビ
レーポイントが近いので止まるだろうが、落ちると痛そうなので、仕方なくキャメロット#3の所まで慎重にクライムダウ
ンをする。
その後、左側のリスをネイリングし、さっきのクラックを越える。フリーで少し登った所にボルトが2本あった。たぶん
懸垂下降用のものだと思われる。
そこでピッチを切ろうと思ったが、ギアもまだ豊富にあるので更にザイルを延ばす事にする。フリーで左に回り込み、右
手でアンダーフレークを持って、左手でバカブーを落とさないように慎重に打ち込む。このコーナーにもほとんど腐った様
な残置ハーケンが数本あった。
残置は回収して、ピトンを打ちながら登っていく。そして、一人がやっと腰をかけられる様なテラス(猿の腰掛けテラス
と命名)があり、ここで、リングボルト2本を打ちピッチを切った。
時間もちょうど良いので、原がフォローでクリーニング後、ザイルをフィックスして下降する事にする。40mの懸垂下
降で取り付きまで降り立った。
ギアはデポしておいてBCまで戻り、沢で冷やしたビールで乾杯する。昨日の睡眠不足もあり、食事の後すぐに寝てしま
った。
4月30日 晴れ (メンバー)有持、原
BC(08:30)〜前衛フェース取り付き(08:45/09:00)〜2P終了点(09:30)〜終了点(15:30)〜取り付き(18:00)
朝、少し寝坊しテントから顔を出すとガスが立ちこめていた。しかしすぐにガスも切れ、青空が顔をだした。今日も登攀
日よりだ。朝食をしっかり取って今日も出勤する。
昨日フィックスしておいたザイルをユマールで登り返す。荷揚げをして上でギアの準備をするのがめんどくさいので、重
いギアをぶら下げてのユマーリングをしたため一汗かいてしまった。
3P 40m/5.7/AA1 (トップ/30分、フォロー/30分)
出だしは少しハングしており、古い残置ハーケンが何本かあり、回収できるものは全て回収したが、腐食の激しいものが
多かった。
残置は使わずにネイリングし、小ハングを越えてフリーに移る。簡単な凹角を登り右側のテラスに上がると、懸垂下降の
支点と思われる残置ボルトのビレーポイントがあった。
そこから更に左上し、ブッシュ帯を登り北沢フェースの下部のピナクルバンドの立木でピッチを切る。丁度ここで、北沢
フェースを登ってきた青木、雨宮と遭遇した。
4P 20m/5.8 (トップ/10分、フォロー/10分)
ここから、上部は北沢フェースルートの取付から左上しているクラックを登る予定であった。しかし、偵察の時には登れ
そうに見えたクラックだが、近くで見てみると開き気味で浅いため、途中で行き詰まってしまいそうだ。ボルトを打つのは
簡単だがルートが面白味に欠けてしまう。
そのため、偵察した時に目をつけておいたハングを登るために、北沢フェースのハング下をフリーで左上し、左方カンテ
のチムニー下のビレーポイントまで登ることにした。
ハング下は少しかぶっており、5.8程度。核心には残置ハーケンがある。しかし、このハーケンは手で触ると動いてし
まう。フリーで越えて行くが、ハンマードリルまで持ったフル装備ではちょっと重かった。
フリーで越え、立木をつかんでバンドにはい上がる。さらにザイルを伸ばすと、チムニー下のビレーポイントに着いた。
5P 15m/AA1+ (トップ/1時間、フォロー/1時間)
ここから次のピッチは一目瞭然である。ビレーポイントのすぐ右にあるハングをネイリングで越えていくものだ。しかし
見たところかなり、リスが細くピトンが入るか心配で、フッキングもできなければボルトは打たずに、下降するつもりで取
り付いた。
最初は、ビレーポイントのテラスから水平クラックにキャメロットを入れてアブミに乗り込む。その後、ハングに向かっ
て走っている極細リスにナイフブレードをたたき込んだ。タイオフになるが、見た目よりはなかなか効きが良い。
ハングの庇下までは、ナイフブレードとバカブーを使い、庇下はバカブーとロストアローを使う。ピトンを叩いていると
岩片が飛んで来て目に入るので、ゴーグルを持参していった方が良い。私は、作業用のゴーグルを持参した。
ハングの乗越では岩角がかなり鋭く、落ちるとザイルが切断される可能性が大きいので、ハンマーで岩角をたたいてテー
パーをつけてやる。
ハングを越えてからは、ロストアロー、エイリアン、キャメロットで前進していく。少し登ったところに片足で立てるテ
ラスがあり、ここでRCC×1、リングボルト×2でビレーポイントを作りピッチを切った。
6P 30m/5.7/AA1 (トップ/1時間、フォロー/1時間)
狭いビレーポイントから、次のピッチに取りかかる。ここから後10m程度登ると、やっとネイリングから解放されそう
な感じだ。出だしにキャメロットをセットし、バカブーで前進して行く。
だんだんと傾斜が落ちてきて、やっと階段状の岩にたどり着いた。快適な簡単なフリーで越えていくと行き詰まる。そこ
でナイフブレードを1本打つ。正面のクラックは濡れていて悪いので、左側から登り右にトラバースをする。
最後に、大股開きで右側の岩に移るところが少し悪い。とにかくピトンが打てず、ランナウトになるので慎重に。
右側に移り草付きの下まで登ると、懸垂用と思われる残置ボルトがあり、ここで6P目を終了する。ここは、ジェードル
の真下になる。
当初は、直上しているクラックを登ろうと考えていたが、ルート図にはないが残置ピトンがかなりあったため、ここでル
ート開拓は終了とした。左方カンテ、ジェードルルート又は北沢フェースに合流できるので、時間に余裕があれば継続する
のも良いかもしれない。
ルート名は、安房トンネルが開通したおかげでこのルートを開拓する事ができたため、トンネル開通記念の<記念日>を
とって、<ANNIVERSARY>と命名した。
終了点についた頃、我々の真横の北沢フェースを登攀している青木、雨宮は上部ハング帯を登っていた。無線で連絡を取
ったところ、「岩角でこすれ、ザイルが切れているかもしれないので、終了点で確認するまでは下降を待ってくれ」と言わ
れたため、バンドで岩を観察しながら待機する事にした。
ザイルを確認したところ、末端から5mほどのところで切れていたらしい。ハングの庇の下でザイルにテンションをかけ
たのが原因の様だ。
待ち時間が長かったため、懸垂下降が終了して取り付きに戻った時には暗くなり始めていた。青木、雨宮が降りたときに
はヘッドランプの世界だった。BCに戻り、ルートの完成を祝ってビールで乾杯した。
<下降>
・ 終了点から草付きを登り、左にトラバースすると左方カンテに合流する。
・ 終了点から懸垂下降し、5P目の終了点で一度ピッチを切り、左方カンテに合流後、左方カンテを下降する。
・ 終了点から草付きを登り、バンドを右にトラバースし北沢フェースを下降する。
5月1日 曇り
BC(09:30)〜槍見温泉(11:00)
今日は、既成ルートを1本登ってから下山しようと思っていたが、雲行きも怪しいし今回は早めに下山する事にした。
<終わりに>
今回のルートは、ピトンも比較的しっかりと効き、極端に難しいピッチもないので、ネイリングの入門ルートとして最適
だと思う。これからネイリング技術を学びたい人には、トレーニングとして登ってほしい。
前衛フェースは、岩は花崗岩で固く快適だし、アプローチは近いしもっと登られても良いと思うのだが、訪れる人はかな
り少なく、静かな登攀を楽しむことができる。
<使用ギア>
キャメロットジュニア × 2セット
キャメロット × 1セット
エイリアン × 1セット
アングル × 3
ロストアロー × 4
バカブー × 5
ナイフブレード × 4
カラビナ × 多数
シュリンゲ × 多数
リングボルト × 6(ビレーポイント用)
RCCボルト × 1(ビレーポイント用)
ハンマードリル × 1
バッテリーパック × 3
ザイル(9mm×45m) × 2
ザイル(11mm×50m) × 1
その他通常のクライミングギア一式
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