日程 |
2001年7月5日(木) |
メンバー |
(春日井山岳会)加藤美樹、(山岳クラブ峠の仲間)久野弘龍 |
記録 |
(春日井山岳会)加藤美樹 |
写真 |
なし |
ルート図 |
なし |
<山 行 記 録>
クルト北壁 スイスルート
グレード:TD-
2001年7月5日
加藤美樹 春日井山岳会
久野弘龍 山岳クラブ峠の仲間
アルジャンチエール小屋から見るクルト北壁は、岩が多く出ていて、オーストリアルートはダメだがスイ
スルートはなんとか登れそうだ。
明るいうちにルートをよく見ておく。特にシュルンドを越える場所。壁の下はデブリでトレースが確認で
きない。真中が繋がっているようだが、あれはそう見えるだけだろう。これまでの経験から、あの位置で繋
がっているはずはない。右はどうだ。つながっているが、ルートは壁の真中右よりであり、そこまでトラバ
ースするとなるとすぐ近くだが、岩の部分もあるし、少し下降気味になるので大変そうだ。左の方から越え
ることにする。200m近くのトラバースになるがこれが一番確実だ。
あとはコンテで頂上まで駆け抜けるだけだ。そう決めてから眠りに着いた。
実は今回の前にクルトは3回も敗退していた。ルートはすべてオーストリアルートで、ヨーロッパに来て最
初の一本にして、それから大きなルートに行こうと考えていた。しかしどれも敗退に終ってしまった。詳細
は以下のとおり。
1回目(6月初旬ぐらい)
まだアプローチにケーブルが動いておらず、小屋まで標高差1500メートル以上を、氷河に入ってからは脛
程度まで潜りながら行ったが、それで疲れてしまって一日休養を入れたら天候が悪化してしまい冬季小屋に
閉じ込められてしまった。2日後に小屋から逃げ出すが、氷河でガスに巻かれてしまいクレバスに怯えなが
らの下山となった。全くのホワイトアウトで位置も方向も解らず、しかも新雪でクレバスも隠されている。
今のような早い時期はまだクレバスもあまり出ていないかわりに、小さいため解らなかったり、雪が降れば
すぐに隠れてしまってかなり怖い。
実は二年前にもヴァレーブランシュで完全にガスに巻かれてツールロンドの北壁からミディ南壁の下のテ
ントに帰るのに4時間以上かかり、揚句に雪盲になって完全に行動不能に陥り救助されたことがあり、その
悪夢がよみがえったが、なんとか下山。
2回目(6月初旬)
今回は点検用の中間駅までゴンドラに乗って楽々アプローチ(しかも無料)。しかし、小屋で久野が熱を
出して一日休養を入れたら天候が悪化して、またもや小屋に閉じ込められて敗退。帰りもガスに巻かれたが
、流石に2度目は余裕の下山となった。
3回目(6月中旬)
スネルスポーツの神田さんには「おまえ等どうせ行ってもまた敗退だろ。辞めとけ。どうせ雪が多すぎて
登れねーよ」といわれるが、絶対に登ってくる決意で向った。とにかく一本登らなければ始まらない。
天気はドピーカン。最高の天気。気温も低い。でも前々日までの3日間の荒天で積雪1メートル以上!小
屋までのアプローチで膝までのラッセル。
アルジャンチエール氷河は僕ら以外誰もいないしトレースも無い。雪も真っ白。こんなに綺麗なこの氷河
は見たこと無かった。壁は白く光って、壮絶な美しさだった。
でも、壁までは腰まで沈んで通常1時間の所が4時間!シュルンドを越えようにも雪が柔らかすぎてルート
も危険なので敗退。2日ぐらいの晴天では雪は落ちない。解ってはいたがやっぱりダメだった。
食料がなくなって下山したがクルトは壁全体が雪崩れていた。行かなくて正解だった。
登れたのは7月5日。グランドジョラスのランスールをアイゼンを忘れて敗退して帰ってきた後だった。
0時30分。小屋を出る。雪は締まっていて歩きやすく、あっという間に壁の下に着いた。小屋のほうを
見ると四つの明かり、二つのパーティがクルトに向かってくる。
登攀具をつけて登りだす。予定では左端からシュルンドを越える予定だったが、近くで見ると正面が繋が
っているようだ。これが行ければかなり楽になる。
しかし近づくと繋がってはいるが越えられない。スノーブリッジが微かに架かっていて、恐る恐る乗るが、
その先は高さ5メートル位の雪壁がかぶっていて、高温のためその雪がやわらかい。切り崩して上がろうと
するが、下を見ればシュルンドの奥は真っ暗で、下が見えない。確保してもらってはいるが、落ちればたぶ
ん左側に、左側は、シュルンドが崩れていて、その縁は10メートル以上は下にあるから、落ちる距離は・・
・。怪我したくないから諦める。
いつも後悔する。最初に決めたとおりに左から行けばいいんだ。何度も観察して決めたことだったのに目
の前により楽できそう事があるとそちらに流れてしまう。易きに流れっぱなしの自分が嫌になる。
シュルンドに沿って左へ200メートルほど下降する。やはりこちらはしっかりと繋がっていて歩いて渡れた
。貴重な時間をかなり使ってしまった。
シュルンドを渡ったのが3時30分頃。そこから少しずつ登りながらトラバースしてルートに入る。しばらく
60〜70度ほどの氷雪壁を登る。ここまで加藤がトップになってコンテで進む。
トップを久野に変わって、ルートの核心部である氷壁を登りだす。氷壁は幅1メートル〜2メートルぐらい。
核心部といっても傾斜は70〜75度、部分的にもう少しきつい程度なので予定通りコンテで突っ込む。
しかし、これが大きな間違いだったことがすぐにわかった。
傾斜が増してくると、氷はシャーベットのようになって、中で水が流れている。ピックは岩にあたり、アイ
ゼンの前爪も岩に当たることがある。出来るだけ厚みのあるところを登ろうとするがそれでもピックが氷を
切ってしまう。仕方が無いのでダガーポジションで、氷を押さえ込むようにして登る。傾斜は70度ほどで、こ
の先でもう少し傾斜がきつくなっている。同時登攀のつもりだったのでロープ間隔は短めにしていた。これを
解かないといけない。傾斜がきつくなる前にスタカットにしたい。
微妙なバランスで立ちながら、片手でロープを解いていく。刺したバイルは役に立っていない。スタンス
は、氷がグサグサなので前爪だけで立っているわけでないが、何時崩れるかわからないぐらいボロボロだ。
スクリューで支点を取りたいので試しにねじってみたら、何回も回すまでも無く岩に当たってしまった。
スクリューの溝が見えているぐらいにしか入らない。そんなことで微妙に立ったままでの作業となった。
早く解きたいときほどそう上手くはいかないもので、ほどいたロープが重みになって、体にかけてあるロ
ープの束がどんどん締まっていく。僕はバカだったので何を思ったか、腕を抜いて、首にかかっている状態
でそれを行った為に、首が締まって苦しい。
これはヤバイ。このままでは下手をすれば「生と死の分起点」に載ってしまう。
ここで落ちれば、その改訂版に間違いなく載るだろう。そんな不名誉をこうむるわけにはいかないとばか
りになんとかロープを解きにかかる。絡まらないように一本ずつ静かに解く。
なんとかロープを解いて再び登りだす。氷がよければ駆け抜けれるところを慎重に登っていく。
依然として氷はグサグサで薄い。支点はさっきのグラグラの一本だけだ。そんな抜けると解っているもの
でも、取れるとずいぶん楽になる。
ルートは前日までに結構入っていたようで、それでかなり脆くなっていた。ステップが残っていたりする
こともあるが、そこから氷が溶けたりしてグサグサだ。あまり役にはたたない。それよりも氷がボロボロ落
ちる。
ロープを一杯に伸ばして氷質の良くなった所でビレー。加藤がフォローしてくるが、ここで後続のワンパ
ーティもあがって来た。同じところで並んでビレーした。もう一つのは帰っていったのだろう。
彼等は親子で登っていて、親父は下手だが息子は上手い。
息子の方に「ごめんよ、僕はアイスデストロイヤーなんだ」と誤る。
2ピッチ目は加藤がリードするが特に問題はない氷雪壁で、良い状態だった。
3ピッチ目は久野リードで再び傾斜が強くなる。傾斜が強い所は氷が出ていて、またもやグサグサ。とって
も怖い。支点は横の岩に残置があって1本だけ取れた。他はスクリューの入れられる所はなかった。ここも氷
質の良くなった所でビレー。この辺りで日が差し始める。クルトは北壁というものの、朝日が直撃する。予定
では暗いうちに半分以上は行きたかったが全然ダメだ。焦ってくる。
加藤がフォローしてきてそのまま4ピッチ目に入る。そこでちょっとしたアクシデントが起きた。久野がビ
レーしていて、余っていたロープを下に垂らしすぎていてそれが氷の出っ張りに引っかかってしまった。バカ
なミスだが、どうしようもない。幸い氷質は良くなっていたのでピッチを切ってもらいロープを固定してもら
って直しに行った。これでかなり遅れてしまった。後続のパーティにもここで抜かれてしまい、また彼等は60
メートルのロープを使っていて、僕等より5メートル長い。これがその後大きく影響してかなり遅れてしまった。
5ピッチ目以降は60度ほどの氷雪壁で、しばらくはコンテで楽に登れた。
200メートルほど登ると再び氷壁が出てくる。傾斜は70度ほどだが、ほとんどトラバースするように左上せね
ばならず、ここで再びスタカットにする。
先行パーティはこれを60メートルと、残りはコンテで抜けたが、僕らは55メートルでは次のピッチでコンテ
で抜ける所までは達することができずに2ピッチをスタカットで行かなければならなかった。ほんの5メートル
の差と、ちょっとした腕の違いで30分以上はロスすることとなった。大きな氷雪のルートだというのにこんな
に時間のロスをしていてはあきらかな失敗だ。
ここを過ぎると後はたった400メートルほどの氷雪壁のはずだった。コンディションしだいでは快適な雪壁の
はずだった。しかしこの9時を過ぎた時間帯ではそんなに簡単な仕事にはならなかった。
ルートは最後までコンディションは良くなかった。硬い氷の上に腐った雪が、丁度ピックが届くか届かない
かの厚さでのっている。ダガーポジションで雪を抑えながら登るには不安定すぎる。バイルはピックがチョッ
トしか刺さらない。アイゼンも前爪を刺せば楽だが、そんなに長い間続けられないので、できるだけフラット
に置いて騙しながら登っていく。そうしなければコンテで登りきれない。
これまでの疲労と、水、食料の補給をすっかり忘れていた為にかなり消耗してしまっていたので、コンテも
安全の為に支点を取りながら登っていった。
頂上についたのはなんと12時ちかく。予定ではコンテで抜けられれば7時、スタカットを混ぜたとしても最悪
9時には頂上に着こうと考えていたのにだ。
クルトはなんとしても登りたかった。クライミングを始めた時はこんなとこ登れるとさえ思わなかった。登
り方は納得のいくものではなかったが、でもやっぱり頂上では感激した。初めてだった。
下降は一般ルートを、腐った雪と雪崩に注意しながらタレーフル氷河目指して降りる。
一般ルートといえどもグレードはPDあり、僕の感覚では鹿島槍北壁の正面ルンゼとかがPD+に感じるから、
結構注意が必要だとおもう。下部ではドロワットからの雪崩が凄い。昼に下降するときは結構注意がいる。僕
等も最初は雷かと思ったぐらいの音だ。
そのままクーベルクル小屋に泊り、翌日モンタンベール経由でシャモニに下山。
後日聞いた話によれば、前日に登ったパーティもコンディションが悪かったのか12時ごろまでかかった様だ
った。
クルト北壁スイスルートはいいルートです。
夏でも早ければチャンスはつかみやすいので、モンブランに登りに来る方、グランドジョラスに登りに来る
人、ただそれだけで帰らずにちょっとバイルを2本もってアルジャンチエール小屋に行ってみてください。
日本で登るルートの延長でない、アルプスの登攀が楽しめますよ。
絶対面白い。カッコイイし!
★ エリア別山行記録へ戻る ★ INDEXへ戻る