日程 |
2001年4月30日(月)〜5月1日(火) |
メンバー |
(FYK)堀永敏克、福村浩子、蜂谷一彦 |
記録 |
(FYK)蜂谷一彦 |
写真 |
なし |
ルート図 |
なし |
<山 行 記 録>
<場所> 白馬主稜〜大雪渓下降
<日程> 2001年4月30日(月)〜5月1日(火)
<メンバー> (FYK)堀永敏克、福村浩子、蜂谷一彦
4/29(日) 15時、博多駅集合。
北川さん、木村村さん、野村夫妻らの見送りの中、出発。
差し入れのビールや日本酒、ドーナツなどを頂き、名古屋=松本
=信濃大町と乗り換え、白馬駅に着いたのが23時頃。
駅待合室は終電とともに閉鎖され、やむなく外の軒下でシュラフ
を拡げる。人や車の往来が少々耳障りなステーション・ビバークと
なった。
4/30(月) 小雨のち曇り
4時40分頃、最初のタクシー到着。早朝の割増料金をとられる。
猿倉への道路は、5/1から乗り入れ可能であり、二股のゲート
まで運んでもらう。
5時、二股出発。小雨の中、猿倉まで1時間少々歩く。
猿倉で運動靴をデポし、プラ靴に履き替える。
白馬尻では幸い、視界が利いていて、トレースも着いていたので、
迷うことなく主稜に取り付くことができた。
黙々と雪の斜面を登って、8峰に10時半頃到着。
ここからナイフリッジが始まり、白馬沢側の雪庇に注意しながら、
トレースを慎重に辿る。
雪の斜面には、所々亀裂が生じていて、いやらしい。
7峰の登りは、雪壁からシュルンドの中に一度入って、右にトラバ
ースした後、再び雪壁へとつなぐような変則的なピッチであった。
12時半に6峰到着。午後から雨もあがり、薄日が射してきた。
時折、側面の沢筋などから、雪崩の音が聞こえてくる。
濡れた衣類もすっかり乾き、15時半頃、3峰手前に快適なテン場
を見つけて、幕営。ここには雪洞が掘ってあったが、中はキジ場と
化していた。
福村P子お姉さまは、本人の意思で、シュラフを駅ロッカーにデポっ
てきた。シュラカバのみで頑張るというP子さんを真ん中にして、堀永
先輩と僕は、「仕方ないから、暑いシュラフで汗かきながら寝ちゃおう
かなぁ〜」などと意地悪な言葉を吐く。
しかし、この夜はシュラフを持っていても寒かった。
5/1(火) 晴れ
3時半起床、5時半出発。
朝イチのクラストした快適な雪面を順調に進み、6時40分、「1−2
のコル」に到着。コンテは怖い。
コルで休憩を取ったあと、頂上直下の最後の雪壁に取り付く。
コルから2ピッチ分、堀永−福村−蜂谷の順番で登り、全員が頂上
に着いたのが7時40分。
絶壁から下方を覗くと、自分達の辿ってきた主稜が、その長い距離
をウネウネと曲げて展開しており、その稜上に、後続の人達が点々と
登ってくるのが見えた。
トレースがしっかりついていたため、技術的に難しい箇所は無かった
が、以前から一度は登ってみたいと思っていたルートなので、なんとな
く嬉しかった。 \(^o^)/
大雪渓をTシャツ1枚で下降。部分的に尻セードを交えながら、楽しく
下降。スキーやスノボを担いで上がってくるたくさんの人達とすれ違う。
猿倉に10時到着。駐車場には、たくさんの車がとまっている。
タクシーを捕まえて、白馬駅まで直行。運転手さんに、キャンプ場と
温泉とコンビニが近接しているところを訊ねて、「木崎湖」を教えてもら
い、そこへ行くことにする。
12時まで電車がないので、濡れた装備や衣類を拡げて乾かしなが
ら、駅前の食堂で昼食を済ます。
信濃木崎駅から徒歩5分くらいのところ、国道沿いにローソンがあり、
その奥に「ゆーぷる木崎」という温泉がある。
入浴料は通常は600円だが、ローソンに割引券が置いてあって、
500円で入浴できる。
「ゆーぷる」から更に10分くらい歩いたところに、木崎湖畔のキャン
プ場がある。幕営料金は、1人あたり1200円と、メチャ高い気がする
が、勝手によその土地でテント張る訳にもゆかず、やむなくここに泊ま
ることにして、ブルジョアジーな気分をちょっぴり堪能した。
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