甲斐駒ヶ岳/黄蓮谷/左俣 −15年振りの再訪−

山岳同人「カルパッチョ」/羽矢洋、碓井桂子


<山行日> 1999年12月29日(水)〜2000年1月1日(土)<記録> 羽矢洋



 1984年初冬.岳人の12月号では「鉄驪の峰・甲斐駒」の氷瀑群が特集された.それに掲 載された黄連谷の空撮写真を一目見たとき,その年の年末山行が決まった.

 その年の夏に付き合いが始まった彼女とのデートではそれを広げ,「年末はこいつを登る んだ」と,黄蓮谷全貌が写った写真を得意そうに見せた自分が,つい昨日の事のように思 い返される(この岳人450号は,それ以来座右の書となり,今でも冬が到来する度,熱い気 持ちで開かれる.).

 しかし,その年の山行は,と言えばF5下で時間切れ敗退.重い足を引きずりながら一歩 一歩五丈ルンゼの登り返しを終え,小雪舞う屏風小屋へ戻り着いたのは,夜もかなり更け てからだった.

 その時29歳だった僕は,その後,彼女との間に二人の愛娘をもうけ,上の子が小学6年 生,下の子が3年生になった今冬,15年振りの左俣再訪を決めた.

 今冬は,早い寒気の流れ込みにより,さい先の良いアイスのシーズン開幕であったが,こ こにきて数日続く寒気の緩みから,氷瀑の発達には少々不安を覚える.それでも暖かい日 差しの中にあっては,ほのぼのとした気分に浸り,竹宇の駐車場を出発.パートナーの碓 井は,昨冬も奥三,篠沢七丈瀑等を一緒に攀り,実力・気心共に知れたよき仲間.

 笹平,刃渡りといつになく快調にアプローチできたのは,一昨週,敢えて幕営道具と焼き 肉材料を背負って攀った広河原3ルンゼのトレーニング山行の賜らしい.また,"しんどさ " は,夜な夜な漕いだエルゴメーターとスクワットで流した汗の量と反比例の関係にある ,などと一人納得しながら日溜まりの五丈の小屋へ.勿論,その日の内に黄蓮の岩小屋ま で下りていく気などさらさらなく,早速,小屋の中にツエルトを張ってくつろぐ.その後 ,先に出発したはずの他パーティーも三々五々到着してきて,普段は静寂に包まれている この小屋も,今日は賑わいの様相.ほどなく,思いもかけず古巣「岩と氷」の面々5名も 上がってきて,一気に騒がしくなる.

 明けて30日.ツエルトの外に出しておいた水は凍ることなく暖かい朝の4時,一斉に起き 出す.朝食を済ませ身支度を整え,6時前に小屋を出る.幕営道具は全て持ち,ヘッドラ ンプの灯りを頼りにしっかり付けられたトレースを追って,谷底に転がるように下ってい く.黄蓮の谷底まで丁度1時間.

 身支度を整え,いよいよ遡行開始.3番目に到着した坊主の滝下では,なかなかスタート しない他のパーティーに声を掛け,最初に取り付かせてもらう.氷の状態は思いの外良好 で,45mで滝上へ.相棒を迎え,すぐ上の滝を登り,二俣へ進む.今日の左俣への入谷は, 我々の他に栃木からの男女ペアだけで,後続の5人,2人,4人,2人,3人の各パーテ ィーは右俣とのこと.したがって,ここ二俣から先は,静かなクライミングがエンジョイ できそう(結局,後続するはずの栃木ペアも右俣に変更し,この日の左は我々だけで独占). 左俣出合いにかかる氷瀑F1は,取り付いて直ぐは傾斜があるものの,左上気味に数歩で ナメに変わる.谷中の雪も少なく,うっすらと残る先駆者のトレースをたどるようにチム ニー滝F2にむかって高度をグングン上げていく.

 F2の氷瀑表面も,また乾いており, ロープを濡らすこともない.手袋も乾いたまま,快適な登攀をつづける.F3,F4は実 質的には2段の一続きの氷瀑で,いずれも緩く,幅広く形作られている.一段目のF3が 終わる頃,左上から七丈ルンゼが立派なナメ滝を掛けて出会う.直ぐに始まるF4は,全 体的に表面を水が流れ,ロープを濡らす.F4を終える頃,見上げる谷奥に核心の滝F5 の頭が見えてくる.なお,F4から先トレースがほとんど消えてしまう.

 15年前,このF5を先行者がゆっくりした動作で少しずつ高度を上げていくのを足踏みを しながら眺めた時のことが,ついこの間のことのように思い出される.その時は,滝の中 央より幾らか左寄りにできていたカンテ状の膨らみが登攀のラインとなっていたが,今, 目の前にする氷瀑は,中央より右寄りにそのカンテラインが形成され,その左側はつらら 状で,しかも,かなりの流水が滴るというより,音を立てながら流れている.

 持参したスクリューは10本.ブラックダイヤモンドの17cmサイズを6本,新しい13cmサイ ズを3本と10cmサイズを1本.右端から取り付き,若干左上気味に攀り始め,直ぐに直上 .上部では途中直上ラインが被り気味となり右にちょぴり難しい軌道修正を入れ再度直上 .傾斜が一度落ちたところで2本のスクリューをセットし碓井を迎える.

 ここまで8本の ランニングをセット.言わずもがなであるが,傾斜が強い氷瀑の場合,スクリューの立て 込みの時に必要な力のベクトル成分は些少となる.今回,このF5のリベンジを決めたと き,例え幕営道具を背負っていたとしても,スタイルよく攀ることだけを目標とし,就寝 前のヒラメ筋のトレーニングも欠かさなかったが,それだけでは今ひとつ不安で,日曜大 工の店でミニルーターを購入.これでスクリューの刃先の手入れに精を出した.思いの外 仕上がりは良好だったようで,岩を舐め,食い込みが悪くなっていたBDも,堅い氷壁面 に片手で容易に食い込ませが可能な迄に復活.さらに,さらに今冬から使い始めたシャル レのタービンは秀逸品.17cmスクリューすら,瞬く間に根本まで埋め込みが可能である.

 4年前まで使用していたショイナードのスクリュー+ラチェットの組み合わせなどは,も う過去の遺物. F5上部のナメは50mいっぱいロープを伸ばし終了.感覚的には岳沢ソーメン流しの滝の 3ピッチ目を若干難しくした程度と感じた.

 直ぐ上には最後の氷瀑F6.入山日,黒戸尾根の登りで,下山してきたガイドの遠藤氏よ り得た情報通り正面の氷の発達は薄く,そのため左端を攀るが,ここも木登り,ミックス のランナウト,発達の悪い凹角の中のナメ氷と,意外にも苦労する.F5をるんるんフォ ローした碓井も,ここは一言「悪い!」と吐き捨て,登ってくる.2ピッチに切って終了 .これで氷瀑は終わったはずであり,このF6上で大休止.

 そこから三俣迄は指呼の距離.三俣といっても実際には,はじめに一段高い形で左俣が入 り込み,さらに本流奥に右俣が入り込むように谷が形成されていることから一見二俣.こ こを左俣に入っていく.見上げる左俣は,ほとんど直線的に八丈稜線に向かって迫り上が って行っている.あとはひたすらラッセルするだけ,のはずであった.しかし,実際はモ ナカ状にクラストした雪面,堅い雪面,そして氷の滑り台が入れ替わり立ち替わり現れる ルンゼ.万が一滑落したなら出合いまで確実に墜ちていくこと必至と見て取れ,安全を考 え,氷の滑り台が現れる都度アンザイレン.

 そろそろ疲れも出てきたことから何処かツエ ルトを張れそうなところはと探しながら,それでも稜線を目指す.三俣から1時間少し登 ったところで左岸に大きな岩が現れ,それを回り込み上がり込んだ所は別世界のようにフ ラット.ラッキー.5〜6人用テントも張れそうなちょっとした台地にさらに手を入れ, 最高の幕地に仕上げる.今夜も満天の星空の下,さほど冷える事もなく,時折吹き下す風 がぱたぱたツエルトを叩く程度の静かな夜の幕営を楽しむ.

 明けて31日.今朝はゆっくりシュラフを抜け出し,軽く食事を済ませ幕場を後にする.途 中,2mを超えるハング状のミニ氷瀑をあたふたと超え,さらに高度を上げて行く.稜線 はまだかと見上げた上方に4人の登山者を確認.「そこは縦走路か?」との問いかけに, 「そうだ,頑張れ!」の励ましの返事.谷底からずっと疑心暗鬼で見上げ続けてきたスカ イラインは意外にも稜線だった.

 稜線直下150m辺りから,右岸側,ブッシュはさほど五月蠅くはない支尾根に上がり,程な く正面の日差しに迎えられるかたちで縦走路に抜け出す.そこは八丈テン場のわずか10m 下である.左下100mには鳥居が見える.

 ガチャをザックにしまい込み,そよとも風ない稜線上をぽかぽか陽気の散歩気分で下って いく.営業中の七丈小屋でビールを買い込み,碓井と乾杯.

 大休止の後,五丈まではちょっぴり気をつけ下っていく.昨日,早々に黄蓮右俣を終え, 七丈の小屋へ泊まった「岩と氷」の面々が既に下ってきており,小屋裏の日だまりで宴会 の最中.訊けば午前10時から始めていると言い,かなり出来上がっている輩もいる.勧め られるまま,仲間に加わらせてもらう.下山するという「うえだクラブ」の方達からの豪 勢な差し入れによって,火に油が注がれた勢いのこの大晦日の宴は,日が暮れてからも続 いた.

<行動時間>


12/29   竹宇駐車場(9:00)−五丈の小屋(14:00)
12/30  小屋(5:45)−黄蓮谷出合い(6:45-7:05)−二股(8:15)−F6上(14:15-14:30)
     −三俣(14:50)−幕場(16:20)
12/31   幕場(8:40)−八丈稜線(10:10-10:30)−七丈小屋(11:00-11:20)
     −五丈小屋(11:50)
 1/ 1   小屋(9:30)−竹宇神社(12:30)


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