朝日新聞・天声人語

 朝日新聞・天声人語に、山に関する話題があったのでご紹介します。

 ジョージ・マロリーの遺体の美しさには驚くばかりだ。75年前、エベレスト初登頂を 目指して遭難した、英国の登山家である。

 いかなる自然の作用によるのか、見つかった亡骸は純白の彫像のように輝いている。 調査隊の発見記『そして謎は残った』(文芸春秋)の写真を見ると、頂を目指す強い 意志が、死後も消えずに結晶した様な思いさえする。8000メートルの不可思議と言う ほか無い。

 自然が人間を拒絶している領域へ、技術と意志を武器に踏み込んでいく。それが高所 登山だという。昔ヒマラヤに登った同僚によれば、8000メートルに近づくと、一歩一 歩の歩みに「寒い朝、布団から起き出すぐらい」にお医師がいるらしい。そして「一 万人が死んでも自分は生きて帰る」ぐらいの思い上がりがないと、風雪の洗礼には立 ち向かえない。

 ヒマラヤの西にカシミール地方がある。世界9位の峰ナンガパルバットでも今夏ヘル マン・ブールのものと見られるピッケルが見つかった。オーストリア生まれの、やは り伝説の登山家だ。多くの犠牲者を出して「人食い山」と呼ばれた同峰に、劇的な単 独登頂を果たし、頂上にピッケルを残した。

 日本隊が見つけて持ち帰ったピッケルは、実に古めかしい。マロリーにしてもそうだ 。今なら冬の低山に登る程度の装備でアタックを敢行している。死して結晶せんばか りの意志と情熱が、それを補ったのだろうか。

 画家の上野哲農は、困難に立ち向かう登山家の意志を、ゴッホの『種まく人』の画中 に見た。自らもアルピニストだった上田は、若き日、雪崩にとどろく谷川岳の大岩壁 に挑んだ。みなぎる高揚感を表した短文は、張りつめて美しい。

 「挑戦」と題するその文は、次のように結ばれている。〈意志は黄色から金色の炎と かわり、ヴィンセント・ヴァン・ゴッホの太陽となって、きらめき、そして燃え上が る〉(12月20日 朝日新聞 朝刊)

 ACHP編集部


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