石川直樹くんという若者の話を聞いていて、「時間の大きな流れ」という言葉に強い
印象を受けた。チョモランマ(エベレスト)の登頂に成功して帰国したばかりだ。
彼はこれで7大陸の最高峰の登頂に成功した。23歳の早稲田大学4年生で、世界最
年少記録という。ほかにも北極から南極まで旅をしたり、いろいろな「冒険」をして
きた。しかし、本人は「冒険」と言われるのを嫌がる。「行きたいところへ行ってい
るだけです」
そうした極限の体験で、何に一番感動するのか、の質問に、彼は「大きな時間の流
れ」と答えたのだった。北極の強風に吹かれているとき、チョモランマの山頂に立っ
たとき、人間を超える時間の流れを感じるという。「東京には、そんな時間の流れは
ないでしょう」
むきだしの大自然と向き合う機会などめったにないこちらは、極限の想像力で対抗す
るしかない。せいぜい、どこか田舎で深夜、満天の星を仰いだときに感じる畏怖(い
ふ)の感情に近いのではないか、など。
彼はこうも言う。「風がもうちょっと強かったら、確実に死んでしまう、そんなとき
に何と自分は弱く、ちっぽけなのかと感じる」。あえて危険を求めはしない。しか
し、そうしたエッジ(限界)経験には一種の魔的な魅力があるらしい。
同世代の日本の若者と変わりはないと自分では思っている。時代の閉塞(へいそく)
感を感じてもいるが、ひょいと脱出してしまうところがちょっと違う。「皆、単に
きっかけがつかめないだけでしょう」とはいうものの。静かな意志を感じさせる石川
くんだ。( 6月08日 朝日新聞)
ACHP編集部
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