週間日本百名山の刊行に伴い、asahi.comにてWEB版が掲載されています。
◆八面玲瓏の類なき美しさ
今さら地籍に触れることもあるまいが、富士山は静岡県の3市1町、山梨県の1市1
村に及ぶ広大な裾野をゆったりと広げている。
かつては三国(日本、唐土=中国、天竺=インド)一の富士の山などと言うことも
あったが、ヒマラヤも天山(てんしゃん)山脈も知られなかったころの譬(たと)
え、それでも日本一であることには間違いない。
広大な山域に加えてずば抜けた標高3776mがすばらしい。第2位の南アルプス北
岳が3192m、第3位の北アルプス奥穂高岳が3190m。それらに比べて、掛け値
なしの第1位。
そして何よりも、その姿の美しさは圧倒的でさえある。円錐といえば不正確で、山頂
へ向かえばいよいよ急峻に、麓に下ればゆったりと傾斜を弱めていく対数曲線の、優
美で類なく美しいプロポーション。しかも八面玲瓏、どこから見ても崩れのない独立
峰なのである。 その美の源は富士山の誕生にかかわっている。日本アルプスなど
が褶曲(しゅうきょく)や断層で生まれたのに対し、富士山はコニーデ(成層火山)
だからだ。
こんな条件を備えていれば当然ながら霊山である。祭神は木花之佐久夜毘売(コノハ
ナノサクヤヒメ=天孫ニニギノミコトの妃)、浅間(せんげん)神社に祀(まつ)ら
れて全国に末社がある。もちろん江戸時代には富士講が盛んで「六根清浄(こんしょ
うじょう)」の唱文が賑やかだったとか。
遠い昔、万葉の歌人も富士山を主題にしていたのは良く知られている。ことに奈良朝
初期の三十六歌仙の1人、歌聖と言われた山部赤人(やまべのあかひと)の長歌と反
歌は富士山讃歌とも言うべき作品である。
「天地(あめつち)の分かれし時ゆ神さびて高く貴き駿河なる富士の高嶺を天の原ふ
りさけ見れば……」
そして反歌、
「田子の浦ゆうち出て見れば真白にぞ富士の高嶺に雪は降りける」
平安初期に書かれた『竹取物語』では天に帰ったかぐや姫の残した文や不死の霊薬を
富士山の山頂で焼いてしまい、その煙がいつまでも立ち昇っていたというくだりがあ
る。その時代から富士山は活火山をして噴煙をあげていたことが察せられる。記録に
残っている噴火は天応元(781)年からで18回、宝永4(1707)年の宝永山
(ほうえいざん)噴火以来、鳴りをひそめて300年近くたった。その富士火山帯に
属する伊豆七島では、今でも噴火や火山性地震が話題になっている。
葛飾北斎の『富獄三十六景』から横山大観に至る美術界や、太宰治の『富獄百景』な
ど文学の中にもさまざまな影響を与え、人々の精神生活にかかわってきた山、富士。
その万能富士山で画竜点晴を欠くうらみがあるのが、アルピニズムと縁が薄いこと
だ。
もちろん厳冬期の蒼氷急斜面と突風のすさまじさは類をみないほどだが、氷河遺跡、
万年雪、すっきりした岩壁登攀(とうはん)の舞台、華やかな高山植物のお花畑など
がない…。さらに2500mの森林限界まで観光自動車道が観光客を運び、富士大沢
や吉田大沢の崩壊が進み…山としての履歴の若さが登山家の興味をそそらないからだ
ろうか。しかしなお、富士は日本一の山、である。
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ACHP編集部
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