山の名著 文でたどる先人の歩み

7月。いよいよ夏山シーズン到来である。岩場の向こうの青空、目に染みる雪渓を思
い浮かべ、登山計画を練っている人も多いに違いない。山にはさまざまな魅力が有る
が、山の本をじっくり読む楽しみもその一つ。このところ、名著の復刻も相次いでい
る。

中高年の登山ブームもすっかり定着したようだ。彼らは中年以後に山に開眼したた
め、ガイドブック以外の、山の古典を案外知らないと言う。山岳図書の老舗「山と渓
谷社」が創立70周年を記念して今年2月から復刻している山の名著シリーズ「ヤマケ
イ・クラシックス」は、そんな彼らにふさわしい読み物だ。

たとえば『新編・風雪のビバーク』。1949年1月、北アルプス槍ヶ岳・北鎌尾根で遭
難死した松濤明の記録集で、登山愛好家にとって青春の書とでもいうべき本だ。遭難
時に手帳に残した「我々ガ死ンデ 死ガイハ水ニトケ、ヤガテ海ニ入リ・・・」とい
う有名な「遺書」は、数ページに渡り写真でも掲載。筆跡をたどって最後の息遣いを
偲べる。

新田次郎の小説『孤高の人』(新潮文庫)のモデルで、やはり槍ヶ岳で消息を絶った
加藤文太郎の『単独行』も、同シリーズと二見書房から出ている。

辻まことの復活は目をみはる。画家、詩人、エッセイスト、風刺家、登山家、スキー
指導員。どの枠にも収まりきれない自然人だ。『辻まこと全集』(みすず書房)が刊
行中だ。全4巻、一冊8千円と高価だが、好評と言う。『山からの言葉』(平凡社ラ
イブラリ)、『あてのない絵はがき』(小学館ライブラリ)などハンディな本も、自
筆の絵がたくさん収録され、楽しい。

『日本アルプスの登山と探検』(ウェストン著、岩波文庫)や『黒部渓谷』(冠松次
郎著、平凡社ライブラリ)など古典中の古典も文庫で手に入る。ザックに忍ばせ、山
小屋で開けば、この百年の日本の変貌ぶりを実感できる。

今年3月山をこよなく愛した二人が亡くなった。『花の百名山』(文春文庫)の田中
澄江さんは91歳の天寿をまっとうした。再刊された近著『山はいのちをのばす』
(青春文庫)で田中さんは「私が実感として思うのは、女は60代が一番体力が有る」
と言っている。

日本勤労者山岳連盟会長の吉尾弘さんが、谷川岳一ノ倉沢で遭難死したのは衝撃を与
えた。日本有数のクライマーで、62歳。若い時の自著『垂直に挑む』(中公文庫)も
いいが、足跡をたどった『クライマー』(高野亮著、随想舎)が読みやすい。

『最後に山道具が語る日本登山史』(布川欣一著、山と渓谷社)を紹介したい。ごわ
ごわした片桐製のキスリング・ザックや植村直己の黒ずんだコッヘルなど、モノクロ
の落ち着いた写真が、山の奥深さを声低く語っている。(7月2日 朝日新聞 朝刊)

ACHP編集部

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