ロッククライマー、下町の「炎」を掃除

春めいた隅田川にかかる吾妻橋のたもとで金色に輝くアサヒビール本社の「炎のオブ
ジェ」の大掃除が始まった。今回で10回目。青い作業服で、足場無しで雑巾を片手に
清掃する作業員は、厳選されたロッククライマー達だ。世界各国の山の岩登りで鍛え
た技で、下町の名所は輝きを増す。


オブジェのてっぺんは地上47メートル。そこから吊るしたロープを腰の金具に引っかけ、
少しずつ下りながら、雑巾で拭いていく。一番難しいのは、真っ直ぐ垂れたロープが
届かない下側の局面だ。ロッククライミングの道具と技術を応用して、局面に身体を
近づける。作業責任者の石黒昌泰さん(33)が考案した方法で、「ロッククライマ
ーでないと思い付かないでしょう。企業秘密なんです」と言う。


石黒さんはロッククライミング歴15年だ。ロッククライミングと両立できる仕事とし
て清掃会社を選んだ。3年ほど前迄は1年に2〜3ヶ月清掃の仕事をして、後は世界を回
る生活が続いた。これまで40カ国以上の国の山で岩登りをした。


アメリカのヨセミテ渓谷にある難度が最高級の斜面を3度制覇した事がある。観光客
らが見守る中、垂直よりも傾斜のきつい平均斜度100度の斜面1000メートルを、約2週間で
登り切った。現地のロッククライマー達に「アジアのトラ」と呼ばれた。この名前が
気に入っている。


岩登りに比べれば、オブジェの清掃に恐怖感はない。しかし、安全管理には徹底的に
気を配る。使用するロープや金具はロッククライミングの道具で、すべて個人のもの
だ。命に関わるものだから、「いくら親しい人同士でも絶対に貸し借りはしない」。
ビルの窓拭きで使うゴンドラの方が、」ワイヤの管理が自分で出来ないから怖いと言う。


手が届く1・5メートルほどの幅で、一日で焼く30メートルを拭く。一人が一日に使う雑巾は約
20枚。全部終わらせるには、5,6人で約2週間かかる。洗剤はオブジェの材質を痛めな
いようにと大豆酵母から作られた特殊なもので、使う量は約100リットルにもなる。


今月末には、化粧直しした「炎」が隅田川の川面にきらめく。(4月15日 朝日新聞 朝刊)

ACHP編集部

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