入寮前のオリエンテーション


マラヤ大学(UM)では基本的に、入寮前のオリエンテーションを通過した学生だけが寮生活をすることができます。新学期前の5月中旬に行われるこの新入生オリエンテーションで、フレッシー(新入生のこと。ロングマン英英辞典によると、「新入生」は「fresher(イギリス英語)」または「freshman (アメリカ英語) 」なので、これはマングリッシュ(マレーシアナイズされた英語)、またはUMの学生だけが使っている言葉かも知れません。)は大学が適当に決めた寮に入れられ、上級生に一週間みっちりとしごかれます。

この上級生は「PM」と呼ばれる補助学生( Pembantu Mahasiswa )で、自分からこの役をかって出たとてもヤル気のある学生です。PMは学期間休みであるのにもかかわらず寮に滞在し、何週間もかけてオリエンテーションの準備をします。そのときの寮費と食費は寮から支給されます。

オリエンテーションの内容は私の目からすると、過激で、それでいてその子供っぽさにあきれてしまうようなものです。PMは毎朝5時頃部屋を巡回し、ドアを思いきり叩いて新入生を起こします。いちばん気持ちよく眠っている時間帯だけに間違えられるとかなり迷惑なので、留学生はあらかじめドアに「Saya bukan freshee.( 新入生ではありません。)」と貼っておきます。新入生はRM50(約2000円)で買わされた「フレッシーセット」のTシャツを着てアクティビティに参加します。

この「フレッシーセット」と私が命名したものは、Tシャツ2枚、帽子、キーホルダー、ネームホルダー、寮歌のカセットのことです。カセット以外のものにはPMがデザインしたオリジナルのロゴが入っています。日本人留学生の誰もが「ダサい」と言うこのロゴ入りTシャツと、オリエンテーション後はもう絶対に聞かないであろうカセットなどをRM50も出して買わなくてはならないのは、結構痛い出費であると思われます。実際、この記事のために友達の部屋へ取材に行くと、彼女は要らないからと言ってカセットと帽子をくれました。もらった私もどうしようか困ってしまいます。しかもこのセットは今寮内の管理室で安く売られているそうで、「あなたも1つどう?」と言われました。

オリエンテーションは綿密に組まれたスケジュールに沿って行われます。朝はまずマラソンから始まります。早朝といっても5月はいちばん暑い時期なので、マラソンは自殺行為に等しいといっても過言ではないくらいきついはずです。その後は外の掃除や体操、キャンパスライフの説明会、最終イベントの応援練習などをしますが、ゲームやスポーツなどの楽しいアクティビィティも織り交ぜられています。

長いトゥドゥン(イスラム女性がかぶっているベールのこと。長いものと短いものがあり、一般的に信仰心が強いほどトゥドゥンも長い。)をかぶった学生だけは別にマラソンをします。寮の裏にあるテニスコートで、トゥドゥンのうえに帽子をかぶり、バジュ・クルン( イスラム女性の裾が長い服 )を着たままひっそりとマラソンをします。ちなみに彼らのPMも「ロングトゥドゥンPM」です。

オリエンテーションも半ばになると新入生はかなり疲れ果てていて、泣きながら電話をする人をよく見かけるようになります。オリエンテーションをする理由は、私の元ルームメイト曰く「キャンパスライフに早く慣れるためにしごいてやる」のだそうです。そんなことをされなくても入寮前に説明会か何かをやるだけで十分だと思うのですが…。

この時期にステイする留学生が見逃してはならないものは、「最終イベントの応援練習」です。この時期は留学生にとって試験後の休みに当たるので、皆旅行へ出るのですが、なかにはこれを見たいがために旅行を遅らせる人もいます。そんなひとりである私の意見は、「 必見。これから留学する人は絶対に見て下さい。」。

さて問題の「応援」ですが、これが笑いが止まらないほどおもしろく、そしてあきれてしまうようなものです。この「応援」もまたPMが作ったオリジナルのもので、ここでもPMのセンスが光ります。いちばん面白かった応援は、「クエッ、クエッ、クエッ、ウオッ、ウオッ、ウオッ。」と言いながら、両手を口と腰のあたりで「あひる」のようにして前後左右に揺れ動いた後、寮名を叫び、「ああ〜。」とため息を吐くようにぼそっと言いながら後ろへ倒れ込むものです。これを30人ぐらいの集団でやります。

こう書いてしまうと面白さも半減しますが、これが毎日見ても毎日笑えるほど面白い! 私は文字どおりお腹を抱えて涙を流しながら、じっくりと見物させていただきました。これをPMに怒られながら毎晩遅くまで、PMに認められるまで真剣にやらねばならないのです。練習中声が小さいと、「そんなのではずかしくないの? もっと声を出せー。」とPMは声を張り上げます。この頃のPMは怒りすぎて声はガラガラ、表情もガラリと変わっています。

この「応援」は、オリエンテーション最終日に行われる寮対抗イベントのためのものです。ただそのためだけに新入生は毎晩2時頃まで応援の練習をさせられるのです。UMの寮はお互いにライバル意識が強く、何においても競いたがります。「応援」もその例外ではありません。

練習の甲斐あって(?)イベント中の応援はとても盛り上がります。他寮に負けないようにとPMも新入生も応援に熱が入り、メインは出し物というより「応援」です。

こうして終わったオリエンテーション中に、PMから頑張ったと認められた新入生だけが各寮に住むことができます。認められなかった学生は他寮へ行かねばなりません。つまりこのオリエンテーションは、新入生がそこに住みたいかどうかにかかわらず大学側が適当に彼らを割り振り、PMが一方的に選ぶ「寮生のオーディション」なのです。UMキャンパスは広く、寮のある場所もそれぞれ離れているので、新入生はせめて彼らの学部から近い寮を選びたいことだろうと思います。しかし彼らに選ぶ権利は全く与えられていないのが現状です。

そしてその後も寮生活において「アクティブでいる」ことが要求されます。彼らは常に寮のイベントやクラブ活動に積極的に参加することが求められ、そのための「ポイント制」なるものもあります。アクティビィティには全てポイントが付けられていて、決められたポイントまで稼がないと寮から追い出されてしまいます。これは、去年までは1年単位だったのですが、今年から学期ごとに一定のポイントを取らねばならないシステムに変わり、一層厳しくなりました。前期はサボって後期にたくさん取ろう、などというのはもう通用しません。アクティビティに参加しないと名前が貼り出され、「このイベントには絶対に出席しなさい」と強制参加させられます。

留学生はオリエンテーションに参加する必要はありませんし、ポイントを稼ぐ必要もありません。留学生の入寮方法は、入りたい寮に直接聞いてみるか、留学前に在マ留学生にブッキングしておいてもらうか、のどちらかが一般的なようです。



私の投稿に対する、皆さんからのご意見・ご感想をお待ちしています。
sangatcantik@hotmail.com

98年10月7日掲載