続・マレーシア初心者のための入門教室 ・ タイ深南部のあるタイムスリム漁村の風景を撮る
番外のコラム: 多言語学習の機会とその内容と背景を考える ・ 初めて来マレーシアした藤原紀香の報道のされ方を考える
巳年(2001年)にちなんだヘビの話題 ・ チャイナタウンの繁栄と影とあるべき姿 ・数字で見たマレーシア その8
マレーシアの公共交通機関への不満と苦情 ・ マレーシア製コンドームは使用しても大丈夫か
年頭のコラムは、昨年正月コラムに続いて、初心者のためのマレーシア入門教室です。今年は場所を小学校に移して授業形式で行いましょう。しっかりとマレーシアの常識と雑学を勉強してくださいね。
場所:Intraasia国民型日文小学校SRJK(J)
学級;小学校6年(最終学年)
教師:経験豊かで多教科を教えている、理科と社会・地理と算数と英語を担当。教師の給料は安いので、副業として仕事が終わったら喫茶店のマスターもしている
生徒5名の紹介
まゆみ;成績不良児、ただし体育の科目だけは大得意。 ひでこ:成績普通で英語だけは一番よい、体育は全くだめの運動音痴。 とし:日系企業社長のどら息子で、成績はよくないがどういうわけか女の子にもてる。 ぴっぴ;成績はトップだが、どういうわけか女生徒にもてない。 やえこ:成績優良、ただしませておりすでに子供がいるようだ。
「皆さん、”開けまして”お目でとうございます」 と教師が戸を開けて教室に入ってくる。
生徒:(全員起立して)明けましておめでとうございます
まゆみ:先生、正月なのにどうして授業があるんですか?日本じゃ学校はまだお休みなのですよ。正月に勉強するなんてIntraasia小学校だけです。紅包をくれなきゃ授業なんかいやだ!
他の生徒:そうだ、そうだ、休みにしろ
教師:ここはマレーシア分校だからマレーシアの学校と同じく1月3日から学期開始なのです。紅包を皆さんにあげたいのはやまやまですが、マレーシアの慣習に反するからあげませんよ。正月から授業でもしょうが(つ)ないのだあ。
皆:わー、先生、今年も冴えてますね(と拍手する)
教師:ここで一句、「冴え渡る 正月の朝 頭冴えて」。いつまでも拍手はいいから皆さん座って。さあ授業を始めましょう
教師;さあ、理科の教科書を出してください。マレーシアには2つの季節がありますが、雨の多いのは何月から何月でしょうか?
まゆみ:えーと、3月から5月かな、日本の梅雨よりちょっと早めにやってくるのです
とし;違うよ、だいたい11月から3月です
教師;そうとし君が正しい。マレーシアは雨だけでなく何が多い国として有名かな?
やえこ:雷です、雷ってこわいですね。雷って怖ーーい、雷って、おおーーー怖ーーーーーい(と歌って踊り出そうとする)
とし;やえこさん、ボリウッド映画が好きだからといってその真似しなくていいよ
教師:そうよくわかりましたね。マレーシアは有数の雷国、ある地点を取ると、年間200回以上もあるんだよ
ぴっぴ:多いとは思っていたけどそんなに多いんですか、ぼくのパソコン気をつけなくては
教師:そう、雷の影響で電圧が瞬間的に上下するからね。ところでマレーシアの電圧は何ボルトかな?
とし:220ボルトだ。僕は将来エンジニア出身の社長になるから詳しいのだ
やえこ:わ、そういうとこがとし君、素敵です。エンジニアって先生より給料ずっといいから、結婚相手は先生なんか選ぶよりりエンジニアでーす。だから私の彼はエンジニアです。先生、教師なんかしてるより転職考えた方がいいですよ
教師:大きなお世話です
ひでこ;そうなの、じゃあ私、将来エンジニアの相手を見つけよう、と
ぴっぴ:じゃあ、僕はウルトラマンになるのをやめてITエンジニアになろう
教師:マレーシアの1年間の平均気温と降雨両はどれくらいか知っている人いるかな?
ひでこ:わー、難しいな
やえこ:気温なら25度Cくらい?降雨量?わからないです
とし:先生、そういう質問はntv7の番組 Who Wants to be a millionaire の問題に向いてますよ
教師:こういうこともできれば知って多くべきです。雨はだね、場所によって違いが大きいし・・・・・、2000mmぐらいかな(実は教師もはっきりと知らない)
教師:では次ぎは地理・社会です
まゆみ:チリ? えー、辛いの私嫌いだな
とし:マレーシア人は辛党だから、まゆみさん、チリを好きにならないといけないよ
教師:地理に関係ないチリの話しはやめなさい。あ、でもマレーシアのチリの主要産地はジョーホール州ってこと覚えておきなさい。じゃあ、米の主要産地は何州かな?
ぴっぴ:ケダー州です
教師:そうケダー州です。マレーシアは国内米だけでは足らないことと輸入米の人気が高いので、タイなどから多量に輸入していますよ
やえこ:だからスーパーにはたくさんのタイ米の袋が並べてあるんですね
とし:先生、米ってタイから密輸入されているって本当ですか?
教師:そうだね、時々タイ米を密輸しているグループが摘発されることがある。でもクランタン州のように幅10mほどの川が国境になっている地点では、密輸を取り締まるのはたいへんですね。Nasi を食べても問題ナシとはいかないのです
ひでこ:すごーい!やっぱり先生のしゃれって高級ですね。まゆみさんの低級なだじゃれとは天と地の差ですね
教師:マレーシアは立憲君主国家だけど、世界でも珍しい仕組みがある、それは国王の任期交替制だ。任期は何年交代か知ってますか?
ひでこ;えー交替するんですか、知らなかったなあ
ぴっぴ:国王は各州のスルタンが交代で選出するんだよ。5年毎ですよね?
教師:そうです、5年毎にスルタン会議で選出するのです。といっても実質的には各州スルタンの持ち回りと同じですね
教師:マレーシアは幾つの州と幾つのFederal Territoryから構成されていますか?
まゆみ:先生、そのフェデラル照る取るって何ですか?
ひでこ:”照る取る”じゃないですよ、テリトリーつまり連邦直轄領ってことです、まゆみさんて英語ほんと知らないんですね
ぴっぴ:13州と2連邦領です
教師;おしいな、州の数は当っているが連邦領は違うな、2000年10月にプトラジャヤが連邦領になったから、クアラルンプールとラブアン島と合わせて3箇所です
教師:マレーシアで一番大きな州と小さな州はどこでしょう?
やえこ:最大の州はサラワク州で最小はペルリス州です。ペルリス州ってマラッカ州よりも小さいですよね。
教師:そうです、サラワク州は半島部に匹敵するくらい大きな州です。
まゆみ:わあ、休憩だ休憩だ、みんなバドミントンやろうよ。バトミントンなら誰にも負けないからかかって来い!
みんな:一人でやれば(といって、誰も相手しない)
教師:あれ、一人足りないぞ、誰だ
やえこ:まゆみさんです、あの子まだ一人でバドミントンやってるんです
教師:ほうっておこう。さて、今日は発音の章です。ぴっぴ君、I think you will find an answer in this book を発音してごらん
ぴっぴ: I sink you will find an answe in zis book
ひでこ:ぴっぴくん、This の発音が違ってるよ。舌を上下の前歯にはさんで発音するんですよ、それにanswerの”r”が抜けてるよ
とし:アイオーソープラナウンスザットウエーラー、OKラ−、ノー プロブレム
教師:ひでこさんのいう通りだ。ただマレーシアの地ではほとんどの人がそういう標準発音しないからまあいいでしょう。でも正しい発音はこうだとは知っておいてください。しかし、とし君はManglsihがひどいな
教師:Well, I ask you a question, Please answer one by one . What did you have for your breakfast this morning?
ぴっぴ:I ate some bread and drank milk.
ひでこ:I baked a big Roti Canai and made boiled eggs and a salad by myself, then ate them all and drank two glasses of orange juice.
教師;いい答えです、しかしたくさん食べますね。じゃあ、次ぎの人は
とし:I had Nasi Lemak and Teh tarik. Teh tarik was very manis lah.
やえこ:I took Wantan Mee at a hawker centre.
まゆみ:あれ、もう授業始まってるのか
教師;まゆみさん、今まで何をやっていたのですか?
まゆみ:バドミントンです。私、もう少し大きくなったらBAMのアカデミーに入りたいの
やえこ:わー、それは立派な夢だこと、でも成績不良児でも選ばれるのかな
まゆみ:えっと、何?朝食に何を持っている(have)かって? 私は何も持ってないから、I don't have anything
ひでこ: やれやれ、haveは持ってるだけの意味じゃないのに。まゆみさんて頭の中がdoen't have anything なのね
皆一斉に笑う
まゆみ:(小声でひでこに向かって)おい、ひでこ、授業が終わったらどうなるか覚えておけよ
教師:最後は算数の授業にしましょう
ひでこ:早く終わって昼食にしたいなあ
教師:マレーシアの人口は現在約2300万人です。そのうちマレー人が50数パーセントを占め、華人が約25%を占める。まゆみさん、じゃこの場合華人の総数はどれくらいかな?
まゆみ:25パーセント? えーどうやって計算するのですか
ぴっぴ:25%って4分の1のことだよ(と、まゆみに小声で教える)
とし:えー、先生、華人の人口って総人口の3分の1でしょ、4分の1じゃないぞ
教師:30年前は華人が総人口の3分の1ほどだったが、華人人口はマレー人より出生率がぐっと低いので、国民3人に1人から比率が落ちて、今では国民4人に1人にまで落ちてしまったのです
とし:そうなんですか、華人って子供たくさんをあまり好まなくなったんですね、どうしてなんだろう?
まゆみ;それわねー、****回数が少ないからじゃないの(と、あけすけに言う)
教師:まゆみさん、そんなことは聞いてませんよ、25%の答えは出ましたか?
教師:でわ次ぎの問題。スパーマーケットで買い物して、代金RM23.65でしたのでRM50札を出しました。おつりの札を一番数少なくもらう場合、札の数は何枚ですか?
やえこ:えーと、おつりはRM26.35だから、RM10が2枚、RM5が1枚、RM1枚。だから合計4枚です
教師;そう4枚だね、正解。昨年11月からまたRM1が発行されるようになったからそれでいいのです
教師:次ぎの問題。半島部の南北縦断高速道路は全長850Kmほどだ。これを自動車が平均時速110Kmで全工程を走り途中で1時間食事休憩した、全部で何時間かかるかな?
ひでこ:えーと、走行時間が8時間だから、それに1時間足して9時間ほどです、でもうちの車Kancilですからそんなに速く走れません。せめてProton のWajaかWiraに乗ってみたいなあ
ぴっぴ:ぼくんちはちょっと古いProton Sagaです
やえこ:うちの車はカローラでーす。自動車はやっぱり日本車に限りますよ、品質いいからね。
とし:Proton車なんか全然目じゃないぞ。うちの親父は会社の社長だから車は運転手付きベンツのE280だ、150Kmで飛ばせば6時間もかからないぞ
まゆみ:うちは50ccバイクだからなあ・・・・・・・・・・・・・・・・
「わあ、昼飯の時間だ」と言って全員キャンティーンに走って行く
ひでこ:アンティ、テータリとミーゴレンください
ぴぴ:僕は、アイルリマウとミーゴレン
とし:アンティ、ぼくはナシルマがいいな、飲み物はコピ トンカットアリちょうだい
おばさん:あらま、子供のくせしてコピ トンカットアリだって、そんなもの学校のキャンティーンにあるわけないでしょ。
とし:ちえっ、ないのか。それならいいや、あとで外の屋台で頼むから
まゆみ:私もコピ トンカットアリ飲んで強くなりたいな、とし君、私の分ダーパオにしておごってくれない?
とし:だめだよ、コピ トンカットアリは男の飲み物だから、女の子はだめです
ひでこ:さあ、帰ろう、帰ろう、バスが来たよう。(やえことひでことぴっぴはスクールバスに乗り込む)
とし;バスなんかに乗ってるのは貧乏人さ。ぼくはベンツのお迎えでーす
まゆみ:おやじのバイクがまだ来ないよう
教師:やれやれ、生徒たちは挨拶も忘れて帰っていったな。とにかく、皆さん、今年も当コラムをよろしくお願いします。
おことわり:出演は当サイトの常連読者の方々でした。全員Intraasiaからの薄謝を固く辞退されましたので、年末年始助け合い運動に賛同して、恵まれない店 ”モノローグ”に全額寄付させていただきました。
タイ南部の5県;サトゥーン、ナラティーワット、ヤラー、ソンクラー、パッタニーの各県の人口の過半数以上は、県によっては恐らく3分の2前後はムスリムです、つまりマレー系でもある、そのため人々の服装や言葉、日常行動にマレー社会との近似性を感じます。
そのうちの何割かはクランタンマレー語に似た言葉であるタイ南部マレー語を日常的に話しています。もちろんタイ語しか話さなタイムスリムもいる一方、日常的にマレー語をもっぱら話し、あまりタイ語をよくしないタイムスリムも結構いるのです。こういうタイ語をよく解さない層は当然ながら年齢が高いほど顕著ですが、学校でタイ語教育しか受けない年代の生徒層でも地区によっては日常会話をタイ南部マレー語(パサー ムラユタニという)を話しているのです。タイ南部の5県のムスリムのうちどれくらいの割合が、生活の主言語としてしてタイ南部マレー語を用いているかを知るのは不可能ですが、地域によって相当ばらつきがあることは筆者のこれまでのあちこち訪問して見聞した結果わかりました。
言語と宗教と慣習はある民族の核ですから、ことばを民族アイデンティティーの目安として判断材料の主要な一つとするのは当然です、ですから私はタイ深南部ムスリムコミュニティーの言語生活に興味を持つのです。このあたりのタイムスリム社会の考察に関しては、コラムの第156&7回 「タイ深南部のムスリム社会とマレー人のつながり 」 で詳しく書きました、是非そちらをあらかじめお読みください。
さてコラム第178回の 「タイ深南部のムスリム社会とマレー社会の相違を探る試み」で描写したパッタニー県にあるムスリムばかりの漁村Panare村を2000年10月中頃のある1日また訪れてみました。今回はカメラを持参してそこの漁民特有の漁船であるコーレボートを写真に撮る目的だったところ、運良く漁の季節・日であったため多くのコーレボートが浜辺と浅瀬に並んでいました。その撮った写真をここで掲載しておきます。
下左の写真は、オンボロバスで着いた村の唯一のバス通りの様子です。下右写真は村の茶店で表に小鳥籠が掲げられています。小鳥を飼ってこうして愛でることは村の人々のある種の趣味というか愛好なのです。ジャワ民族の好みにも似ていますね。
コーレボートはかつてはマレーシアのクランタン州、トレンガヌ州でも実際に漁に用いられていたと、マレーシアの博物館の説明にありますし、博物館の庭にはボートが展示してあり、館内にはレプリカが並べてあります、南タイ東海岸のムスリム漁民とクランタン州及びトレンガヌ州の漁民が歴史的にも民族的にも密接な関係を持っていた一つの現象であります。しかし今やこのボートの特徴を十分に残して実際に漁に使っている漁村はマレーシアではもうないようなのです、博物館の係員も以前筆者にそう語っていました。ただ十分な調査をしたわけではありませんので、断定的なことまでは書けません。もし読者の方でマレーシアの漁村で実際に漁でコーレボートを使っている村をご存知でしたら知らせていただきたいものです。
漁民の生活が大変であるのは誰でも想像できますよね。相手が時に強暴な海であり危険はいつでも身近にある、灼熱の太陽の下漁をした後、浜に上がっては網の手入れなどです。このパナレ漁村の漁師も朝暗いうちに漁に出かけ昼前に戻ってくるとのことで、筆者の訪れた正午少し前には浜辺近くの浅瀬にその漁船が4,5艘浮かんでいました(上中の写真)。「ラッキー」と筆者は浜辺をうろつきながら、彼等がボートを浜に上げるときを待ちました。
まもなく1グループの漁民が、数にすれば10数人くらいかな、1隻ずつボートを浜のかやぶき掘っ立て小屋内に押し上げて行きます。ボートは1家族1家族がそれぞれ所有しているのですが、その家族がある数まとまってグループを作っているようです。ボートを浜に上げる時は、グループの男たちが協力してその構成する家族のボートを浜に押し上げるのです。漁船としては小さなボートとはいえ、1家族の男手数人ではとても押し上げることのできない重さなのです。
漁から戻ったボートはしばらく浅瀬に浮かせておき、その間に捕れた獲物を網ごと降ろして、担いで掘っ立て小屋に運びます(下右の写真)。待ち構えていたその漁船の家族、ほとんどが女性と子供、が網をほどきながら網にからまったカニ類を丁寧に1匹ずつ取り除いて行きます。狙ったカニだけでなく変な貝やゴミ、時には魚も網に絡まるようで、網から獲物をはずす作業は延々と続くのです。まこと細かく気の長い作業です。そして獲物を解いた網を明日の漁に向け2,3人がきれいにたたんでいきます。これらは家族皆の共同作業です、こういった作業は一心共同体としての家族でなければとてもできないあり方だと思えます。(下左と中の写真)
パナレ村はひなびたムスリム漁村です、捕れた魚を天日で干している干し場では、スカーフ姿の女性が作業しています(下左の写真)。村の女性の多くはスカーフ姿ですが(下右の写真)、そこはタイらしくちょっと崩れた被り方も見うけられます。気楽にバイクにまたがって買い物や隣近所へ行く女性の姿を見るとああここはやっぱりタイだなと実感できます、マレーシアの農漁村で女性が気楽にバイクを運転している姿を見るのはまれですからね。
何でも伝言板に書きこまれた八重子さんの質問にお答えする目的で書きましたが、それだけでなく一般的考察を加えてIntraasiaの言語論の一つという体裁です。
「管理人さんにぜひうかがいたいのですが、どうやって何種類もの言葉を身につけることができたんですか?どのような習い方をして、それを低下させないように毎日どんな努力をされているのでしょうか?実は、私もタイ語・ヒンディ・その他興味を引かれて+必要に迫られて勉強したことがありますが、今はすっかり忘れてしまっています。
今娘は日本語と英語を話しますが、最近幼稚園でマレー語の授業が始まりました。
夫の家族からは、ネパール語とネワール語(家族の言葉)を教えろとうるさく言われます。(今は夫も娘もまったく話しません)そんなにたくさん覚えられるわけがないなー、私の娘だし、、、とすでにあきらめているのですが、努力次第で管理人さんのように何種もの言葉が話せるなら、親として協力するべきかとも思っています。ぜひアドバイスがいただきたいと思います。(長くなりそうならメールでも結構です)宜しくお願いします。」
筆者のコメント
私に質問ですか?言語問題は私の大きな興味事ですから、コラムでもたまに書いてきたぐらいです、そこで尋ねられたら答えないわけにはいきませんね(笑)。ただ人それぞれ家庭環境が違い実情はよくわかりませから、一般論を中心に書いてみます。間違いなく長文になりますのでゲストブック用に書きます。
と、して書き始めたらどんどん長くなってしまったのでゲストブックでも長すぎる、ということから、この「今週のマレーシア」に掲載しておきます。ただし直接マレーシアに関係ないので、番外です。
八重子さんの家庭は言語学習者にはうらやましい環境ですね。私は20才までは英語ですら実際に使った事が全くなかったのです。中学校から学校で習っただけ、加えてNHKの英語講座を時に受講してましたから、ラジオ又はテレビで”外人”の発音を聞くことはあっても、本物の”外人”と会話などしたこともなかったし、その機会もゼロでした。なにせさぼってばかりだった大学の教養課程でさえ講師は日本人でしたからね。私の年代では、子供のうちからいや高校生になっても生の英語に親しめる人はずっと少なかったし、子供のうちに外国へ行くことなど夢のまた夢でした。もちろん恵まれた環境の人は昔もいましたが。
で初めて”外人”と口を交わしたのが、21才の時ホテルでバイトした時でした。そして初めて国外へ出かけたのが、米国へ英語修行に単身飛び出した22才の時です。それが本格的な英語への出会いですから、現代の子供や若者に比べれば相当なる晩生(おくて)ですね。それだけ本格的な言語学習の機会が遅かったことから、子供時代や中高生時代に英語なり他の外国語の話される環境にある人が本当にうらやましく思えます。
米国から戻ってしばらくしてから各種の言語への挑戦が始まったのですが、それが20代中頃、従って私は英語以外すべての外国言語に関して、幼児・子供時取得でも学生時代時取得でも全くありません(英語は多少得意でしたが、普通誰でも学校で習うレベルでしたから、取りたてて自慢できる程度ではなかった)。年代が遅くなればそれだけ言語取得は不利になるのは証明されていることですから、ある言語のそれなりの取得には時間がおそろしくかかることになります。
ただいくつかの言語学習と年を重ねれば、言語学習の方法面では自分なりに向上できるようになるということはありました。がいずれにしろ、時間がかかり、上達スピードが鈍いことには変わりはありません。子供か10代の時にこのことばを習ったらこんなに苦労することはなかっただろうと何回思ったことでしょうか。
ですから、子供時代に外国言語に親しめる環境にいらっしゃる方には、それを活かした方がいいのではと思うのは当然ですね。どうせ後で苦労して習うぐらいなら若い時の方がいいと思います(外国に住むつもり又は使うつもりはないから一切習わないという人は、それはそれでいいでしょう)。ただしこれは強調しておきますが、母語第一だというのが私の持論です。まず母語をそれなりに確立する、それからでも他言語取得は遅くないと思うし、その人の言語意識の確立に大切なことだと考えます。
子供のうちから複数の言語生活に馴染んだ方が、比較的楽に複数言語話者になるのは当然で、言語学者のなかにはバイリンガルを研究している学者が結構いらっしゃいます。面白いテーマですね。いうまでもなく一般に、バイリンガルは得で、うらやましがられますよね。しかし複数の言語社会に暮らせば誰もがバイリンガルになれるというのは幻想で、それなりに環境を生かす回りの援助と補助と個人の努力と資質が必要ですね。
マレーシア社会は基本的に複数言語社会ですから、小学校の段階で誰もが国語のマレーシア語と英語を習います。華人小学校とタミール小学校はそれに加えて自民族の言葉ですから、3言語学習になります。これが負担にならないかを論じたのが昨年12月のコラムで長々と論じましたように、間違いなく生徒には負担です。もちろん言語取得能力は、例えば体育能力と同じように個人差がありますから、たいして負担でない子も中にはでてきます。運動選手養成面でどんなに環境を整えても全ての人が国体級に育たない事はわかりますよね、(私は高校時代一生懸命体操のクラブ活動したけど、インターハイ予選で落ちたなあ)言語の取得だって同じです。取得の遅い人、ある段階で停まってしまう人も言語学習の嫌いな人がでてくるのもごく当然です。
ですからそういう理由もあって、筆者はマレーシアで小中学生のうちから過度の英語教育偏重に反対するのです。英語ができなければまともに上級学校へも進めないような、英語で全てを足切りする、能力を計るのはある種の人権侵害ですね。英語なんてあまりできなくても他の面で優れた生徒は一杯いるし、そういう面を伸ばすのが教育ですよね。英語は一つの手段であり、それができなくては多くの分野で活躍できないような社会をつくるべきでないというのが私の主張です。
さて、子供の時母語以外の言語に馴染む環境にある人は上で複数言語話者になり易い、というようなことを書きました。ここで気をつけなければならないのは、複数の言語とはどういうことかということです。ある言語Aとある言語Cの距離は言語Bと言語Aの距離関係とは違います。どういうことかというと、A言語ができる人はB言語は習いやすいが、C言語は習得しづらいということです。一方E言語を話す人にはC言語は習得しやすいという現象が起こるのです
つまり言語A, B, C, D, E ・・・・・それぞれの距離関係は均等ではないのです。具体例をあげれば、フランス語とイタリア語とスペイン語は互いに相当なる近い関係ですから(ロマンス諸語)、フランス人がイタリア語又はスペイン語を習う難度は、日本人がイタリア語又はスペイン語を習う難度とは比べものにならないほど簡単だということです。ノルウエー人がデンマーク語とスエーデン語を話すからといってほとんど驚くにあたりません。これらの言語は何何語と名前がついていても、実質は1卵生多産児的言語ですから。
ノルウエー語、デンマーク語、オランダ語、ドイツ語を話すスエーデン人がいるとします、その取得努力は日本人がアラビア語を取得する努力より少なくて済むでしょう、なぜならノルウエー語、デンマーク語、オランダ語、ドイツ語はすべてノルトゲルマン諸語に属する兄弟語ですからね。
同じようにマレーシア華人で、華語の他に客家語や広東語や福建語を話す華人がたくさんいますが、これもこのスエーデン人の例とよく似ており、それぞれが同類の兄弟言語ですから、取得は比較的楽であり且つほとんどの華人は育つ家庭で、漢語の何らかの一つつまり広東語とか客家語とか福建語を口語としての母語として取得し、加えて保育園・幼稚園から華語を学習して取得するわけです。
ですから、あの人は”4カ国語”も話せると驚く場合、その人の母語とその他の3言語の距離関係を知れば、「なんだ、そうか」という場合もよくあるのです。さらに単なる口語としてだけの言語もその中にはある場合も多いのです。
言語は極めて政治的な存在で、政治が、民族主義が新しい言語を生み出したり、方言から格上げして言語と名前をつける又は言語を方言と呼び落しているのです。例えばマレーシアでは、漢語のなかの兄弟言語である広東語、客家語、福建語などは”方言”と定義されています、この現象は極めて政治的な産物です。さらにほぼ同じ言語を国が違ったら別の言語名にする場合も世界にはあるのですから。マレーシア語とインドネシア語もその例の一つですね。もしマレーシアとインドネシアが一つの国であったらこうは呼ばないでしょう(実際に戦後のごく一時、両国統一構想があったのですよ)尚現在ではマレーシア語とインドネシア語の違いは拡大傾向にあるようです。
こうして言語と言語の距離関係は、その名前に左右される必要はないことがおわかりになったことと思います。要はある語とある語はどれくらい離れているかが重要で、相当離れた又は全然別系統の言語を習うのは骨が折れることは当然ですね、
例えば日本人にとって韓国語は比較的とっつきやすい、なぜなら語順や文法が極めて似ているからです(ただ同種だとの言語学的証明は今だになされていませんよ)。しかし英語は骨が折れる、なぜなら語順も発音も時制の捉え方もすべて日本語の知識をあてはめられないからです。だから中学校の英語学習段階で、この違いの捉え方をしっかり取得しないといつまでたっても英語が話せないということになります。理屈などどうでもいい慣れれば話せるというのは、子供の段階で英語を取得した人に当てはまることで、大人にはあてはまりません。もちろん、ブロークン英語で結構、買い物英語で十分という人は別ですよ。
語順とか時制とかの現象の捉え方が異なる言語を習うのは、入門から中級段階までたいへん苦労します。そのいい例では、英語の時制感覚が捉えられない人はまことに多いし、定冠詞と不定冠詞のつかみ方がわからない人も多数ですよね。こういう冠詞や時制の捉え方は子供の時に理屈だけでなく体でも覚えていくと、楽に覚らえるのは当たり前です。さらにそれよりもこの点が顕著なのは発音面です。中国語やタイ語などの声調言語の発音を音感の確立した20才位の後に習うのはまこと根気と苦労の伴うことです。筆者は30才を超えてからいくつかの声調言語を学習してきましたが、まことその正しい発音と音調の取得の難しさに嫌気がさしたし、今でもこれに泣かされています。
もちろん言語取得最適期の10代を過ぎたって、言語は取得できます。ただ年齢が1桁台と10代の時と同じような学習方法は全く不向きであるということを知る必要があります。6才児や12才児向けの学習方法を30代の人に適用するような教授方法は全くのナンセンスですね。
さて小学校へ上がるか上がらない前に複数の言語に囲まれた言語環境であれば、多少に関わらず複数言語への素養がでてくるでしょう。そうして子供も親もその環境を大事にし努力を続けて行けば、いわゆるバイリンガルになれるでしょう。(もちろん20才から初めて習って一流のバイリンガルになる人だって世の中にはいますが、ごく少ないのは事実です)
じゃあ、3つ又は4つの言語使用環境下にあれば、人はトリリンガルさらクアトロリンガルになれるだろうか? もちろん世の中広いからそういう風になれる人はいるけど、だんだんとそういう者に成れる成功率が落ちるだけです。例えクアトロリンガルに成れたとしても、4言語全てに高度の言語力を持つような人はまれでしょう。(尚全部買い物できる程度の水準なら、10言語リンガルの人だっているし、私でもなんとかできますね)
トリリンガルになるのは決して容易でないのは当然で、マレーシア人一般を見ても3言語を高度に使える層はごく少ないです。2言語プラス1言語は日常会話程度というのができるグループです。2言語はまあ十分に使えるがあと一つは単なるその場しのぎ程度という層が一番多いでしょう。これが普通の非マレー系マレーシア人の一般的な形だと思います。
これはマレーシア語、英語、華語又はタミール語がそれぞれ全く別系統の言語であり、発音、文法、語彙がそれぞれ全く違うことから、各種の言語取得に相当なる努力と時間がかかりますから、当然の結果です。一方華人では例えば華語、福建語、客家語のトリリンガルは結構います、なぜならそれは上記で説明したようにこの3種の言語の近接さですね。且つ福建語と客家語はマレーシアでは口語としてだけ存在しているので、書記形体を習う必要が全くない点もあります。そのためもあって、例えばマレーシア華人の広東語話者の中には語彙不足の人が多い、つまり抽象的な概念などを広東語でよく話せないのです。
さて、幼児期は除いてある程度成長した子供時期や学生時代にしっかり取得した言語は忘れにくいものですよね。これに反して20才ぐらいを過ぎて苦労して覚えた言語はまこと忘れるのが早い。子供時期取得者より何倍も苦労して取得した言語が、子供時期に取得した人よりはるかに早く忘れやすいというのはまことに皮肉で、しゃくにさわることです、でもそれが現実ですよね。
自分の例をあげれば、私はかつてヨーロッパの言語を幾つか学習したのですが、そのいずれも20代中頃から30代中頃にかけてでした。そしてそれらのそれなりに取得したヨーロッパ諸語は忘却のかなたに消えかけています。ヨーロッパとの関わりとヨーロッパ諸語を使う機会を完全に離れてもう11年近いですから、無理もありませんが。石の上に3年習ったフランス語も、最も情熱を注いだドイツ語も使わねば忘れる、そんなものですね。なぜIntra"asia" がヨーロッパ諸語を習ったの?という疑問には、私はかつてIntra"Europe"であったとだけお答えしておきます。
さて八重子さんの家庭は以前の書きこみに寄れば、ネパール人の夫でいらっしゃるとかでしたね。それで娘さんはネパール語を母語でなくても身近に聞き話せる環境ということなんでしょう。ネパール語を私は全く習ったことはありませんが、言語学上はインドヨーロッパ語族に属す言葉です。しかし語順が日本語に似ており動詞などの不規則変化の少ないことなどから、日本人は比較的、あくまでも比較的です、取得しやすい言語だと言われています。読むことを求めなければ馴染みのないネパール文字を気にする必要はないですね。
「ネパールの人口の半数以上の母語であり、ブータン、シッキム、インドのアッサムなどでもかなり広く用いられている。ネパール語は動詞の活用は規則的で、名詞などの性の区別や各変化は少なく、発音も母音は6つで比較的とりつきやすい、こんな点もネパール語がリンガフランカになっている理由かもしれない。日本人は語順が同じであり、結構早くネパール語を話すようになる」 と文化人類学者の石井氏が朝日選書”世界のことば”のネパール語の解説ページで書いてられます。つまり日本人にとってものすごく負担になる言語ではないようですね。ものすごい負担とは発音、語順、文法、語彙など多くの面で日本語と類似性がない言語のことで、私のかじった言語ではアラビア語がそれでした。
マレーシア語は、やはりマレーシアにお住みなっている以上覚えて欲しいことばであることは、これまでの私の主張から感じられることだと思います。別にマレーシア語に堪能になる目的でなくても、コミュニケーションの道具として子供が習う、大人でもですが、にはマレーシア語は非常にとっつきやすい言語です。単語の変化は語義を作る以外はないし、格変化も時制の変化もない、発音は日本語の発音に多少加わる程度です。こうしてみると、ある子供が複数言語話者になるためには最適に属することばの一つですね。
ネワ−ル語、これは全く知りませんが、ネパールに住むチベット・ビルマ語族言語を話すネワール人たちの中心言語だそうですね、ネパール語とは系統が違い、もちろん英語やマレーシア語とは全く関係のない語です。ネワ−ル人はネパール語を共通語として使っていると、上記の本に書かれています。
八重子さん家及び親戚関係の環境はそういった恵まれもののようですから、是非その環境を活かされるのがいいのではと、私は羨望を感じながら思いますね。ただ日本語、英語、ネパール語、マレーシア語さらにネワール語までという全部系統の違う相互関係のない言葉を一挙に取得していくのは、いくら子供の段階からとはいえ相当なる負担だと思います。従って言語の選択なり時期のずらしも必要かもしれませんね。それにしてもらやましい言語環境です。
12月後半の巻頭ページに筆者はこう書きました。
日本人女優2人が香港歌謡界の大スター2人と別々に香港映画で共演している話題は、とっくに日本での芸能ニュースになったことでしょうから、当然読者の方がすでによくご存知のことでしょう。この2つの映画とは:Andy劉徳華が相手役に常磐貴子を選んで主演している”阿虎”(アーフーと発音しますよ) と、もう1本は純粋の香港映画とはいえませんが、Aaron郭富城が藤原紀香と共演している"雷霆戦警 China Strike Force" です。
この2作がマレーシアでクリスマス直前に封切られます。マレーシアは世界でも香港映画やハリウッド映画が非常に早く封切られる国で、華人人口の多さから香港映画はほとんど2週間に1本ぐらい封切られています。
そこでこの映画の封切りにあわせてAndy劉徳華が来マレーシアして、22日にKLCCのスリアショッピングセンターなどでファンに顔見せ宣伝します、そういうお知らせポスターも出回っています。しかし共演相手の常磐貴子は思った通り、その顔見せショーに加わっていません。
当サイトはどんなメディアよりも詳しく且つ時々、マレーシアにおける日本芸能・歌謡・漫画の人気の様子をお伝えしてきましたよね。それらは今週のマレーシアのいくつかのコラムをご覧ください。マレーシアヤングに、その圧倒的中心は華人ですが、日本人アイドルスターは人気なのです。最近その主演ドラマ”ビューティフルライフ”もテレビ放映された、常磐貴子のファンは当然いますし、ポスターが売られているぐらいの藤原紀香ファンもいます。華語娯楽雑誌には毎号こういった日本人ヤングアイドルの話題が載ります。
しかし常磐はAndy といっしょにファンへの顔見せという絶好の機会にも関わらず来ない。なぜ来ないか、もちろん私は知りません、しかし日本人一般のマレーシアへの捉え方から言えば不思議ではありません。そんな事をゲストブックに書いておきました、ご覧ください。
これを掲載したその日、12月21日の華語新聞で、前夜クアラルンプールのMidvalleyで行なわれた"雷霆戦警”の宣伝ショーの会場に、藤原紀香が他の主要映画出演者ら2人と一緒に登場したニュースが載りました。日本の女優としては画期的な出来事ですね。
以上
そこでゲストブックに書いた内容も一部再録しておきます。
略
年末年始公開の力をいれた作品の2作に、日本女性が重要な役ところで主演の相手役というのは、面白い現象ですね。
この理由は、この2作の香港映画が当然日本市場を狙っているからででしょうし、共演の2女性はそれなりに香港・台湾の芸能界で名を知られているということでしょう。マレーシアのヤング華人の読む娯楽雑誌にはこういった日本女優・歌手がしょっちゅう登場しますから、馴染みの顔だという華人映画ファンも間違いなくいますね。
略
なぜ(数いる日本女性芸能人から)この2女優が選ばれたのかは知りませんが、有名日本女優・歌手は出演したテレビドラマがVCDの形で、台湾香港市場だけでなくマレーシア市場でもよく売れていますから、今度はスクリーンで売りこめるというのが大きな利点ですね。映画というのはドラマとはまた違ったスケールで楽しめますよね。
”阿虎”映画のAndi劉徳華は封切り開始の22日、クアラルンプールのKLCCなどで顔見世兼ファンへの挨拶をする予定です、しかし相手の常盤は来ませんね。ここでもまた言えるのは、日本芸能人界のマレーシア音痴ですね、シンガポールや香港へは行っても”マレーシアなんか”へは行かないということでしょう。
まあ私は映画ファンであっても別にスターの実物を見たいとは全然思わないからいいですが、香港スターファンに比して数は圧倒的に適わないとはいえ、マレーシア人の日劇・日本歌ファンにも、日本の歌手・俳優もたまにはこたえてあげるのもいいのでは、とおせっかいに思いますね。しかしこう書いても、芸能プロか芸能マスコミさんでIntraasiaを読んでいる人まずいないだろうなあ。
以上
この2つの短文は筆者がこのコラムを書く発端になったことなので、背景として再録しておきました。ここからが本題です。
上述のゲストブックのように書いた筆者の期待を裏切って(?)藤原紀香が初来マレーシアしました。テレビ撮影とか休暇ではなく、映画や番組の宣伝で日本の有名スターが来たのは恐らく初めてか又は極めて極めて珍しいことだと思います。そこで筆者は、日本芸能人・歌手の人気模様を過去のコラムで伝えた者としてのちょっとした義務感から、彼女のことを伝える新聞と娯楽雑誌の記事を精読しました。その結果コラムにする価値があると思ったわけです。参考にしたのは、華語芸能雑誌の”生活電視”誌、華語大衆新聞”光明日報”、英語新聞"The Star"、英語大衆紙"Malay Mail"です。これ以外にもいくつかの華語メディアに関連記事が載りましたが、立ち読みした程度なので書名はあげません。
筆者は日本の芸能雑誌を買うことはもちろん芸能ニュースをインターネットのサイトで探すようなことも全くしません、さらに日本のテレビ番組も映画も全く見ません、ですから日本人芸能ニュースに関しては読者の方よりずっとずっと知識がありません、興味もほとんんどないというのが正直なところです。たまに日本へ行った時、泊まるビジネスホテルのテレビをつけるとドラマや歌謡番組がかかっているので、見るともなく眺めるぐらいです。藤原も常磐も今回の映画を見るまでは、その映像姿を見たことは1度もありませんでした(見たかもしれないが気がつかない)。当地の雑誌・新聞の写真であらましを覚えていた程度で、はっきりと顔も浮かびませんでした。もちろん日本で生まれ育った者として、日本のマスコミ風土は知っているから、個々の芸能ニュースなど追わなくてもいいということですよ。
一方マレーシアを伝える者として、マレーシアの娯楽事情にもそれなりに馴染まざるを得ません、日本人芸能・歌手界に興味なくても、地元のマスコミを読んでおればそのニュースが含まれていますから、ヤング華人に日本人歌手やテレビ番組のヤング俳優に人気があることはわかります。それを詳しく調べて、当サイトでも以前詳しくお伝えしましたね。だから華語新聞、華語娯楽雑誌に載る日本人ヤング歌手・俳優の話題は、多少知っているのです、つまり筆者の彼ら彼女らに関する知識は90%ぐらいは当地の華語マスコミを通じての知識です。尚マレーシア語の新聞・雑誌で日本人芸能人の話題が載るのは極めてまれです。マレーシア語紙と誌に目を通す頻度はすっと落ちるので、ないと断定はしませんが、華語マスコミに比べればものすごく少ないということは断言できます。
さて12月の終わりに上記の映画”雷霆戦警”をみました。筆者は長年の映画館で見る映画ファンですから、マレーシアでは封切り映画の3分の2以上は見ます。映画そのものは筆者にはとりたてて感動も特別の印象もない普通のアクション映画で、Aクラスをつけるような映画ではありませんでした、しかしそんなことはここではどうでもいいです。Aクラス映画だから必ず当るということはないし、大根役者でも人気ある俳優は一杯いるし、それにその映画が気に入るかどうかは見た人や俳優ファンの好きずきで、それをどうのこうのいうようなやぼなことは書きません。人がたくさん映画館に足を運べばその映画は成功で、出演者や監督はそれを願っていますよね。筆者は数十年の映画ファンではあっても、映画スターファンではありませんから(好みはもちろんあります)、スターなんて所詮虚像、だからその姿に映画の役割以上は期待しない、と捉えています。
藤原が出演しているから、というよりも日本市場を狙っているからこそ彼女を主演に加えたからでしょうから、日本で公開されることは間違いないでしょう、ファンの人はどうぞご覧になってください。尚夜店やショッピングセンターでは公開とほぼ同時期から海賊版VCDが出回っています。もっともマレーシアでは映画館に足を運ぶよりVCDを見る人の方が実数はずっと多いでしょう。
藤原がマレーシアに来て、午後クアラルンプールの有名ホテルで記者会見、その夜は上映公開されるシネプレックスのあるMidvalleyショッピングセンターでファンへの顔見世と挨拶を行なったと、後で知りました。記者会見は無理としても、もしMidvalleyでのファンあいさつを事前に知っていたら、彼女を見るのでなくマレーシア人がどう反応するかを見にいっていたかも知れません。ただ筆者には交通不便なMidvalleyで夜行なわれましたから、多分ということです。
しかしこのコラムを最初から書くつもりであったらどうしても見に行ったでしょうが、書くと決めたのは、彼女の来マレーシアの様子を報道するマスコミの記事を読んだことがきっかけなのです。ですから、実際に自分で現場を見ずに書くことで論のアマさを認めますし、チャンスを逃した一抹の残念さがあることは記しておきます。
とにかく翌日の華語新聞で彼女のことを知りました。この日記者会見とファン挨拶に出席したのは主演の4人中Aaron郭富城を除いた、男歌手王力宏と女歌手の林心如と藤原紀香、それに監督のStanley唐です。尚郭富城がマレーシアに来れなかった理由は知りません。
華語雑誌の生活電視は、1部RM3で80ページほど、たくさんの写真を混ぜて数ページに渡ってこの模様を伝えています。この雑誌はヤング向け華語芸能雑誌としては別のアイドル雑誌”偶像”と並んで、多分一番売れている娯楽雑誌でしょう。以下それから引用・参照です。
見出しに”紀香はセクシーであり続け、心如は冷遇され続けた” として2人をライバル扱いしています。本来の人気から言えば華語圏でまだ数年ですが歌手兼俳優として活躍しており、マレーシアでもそれなりに知られている台湾人心如の方が知名度は高いでしょうが、ことこの映画に関しては紀香に適わないというところです。尚マスコミは彼女を紀香と読んでいるので、筆者もそれに従います。
ホテルで行なわれた記者会見は1時間遅れて始まったが、女王紀香の魅力は会場のマスコミの心を慰めて十分なほどであった、で始まる1節で記事を書き出しています。一行の4人:王力宏と女歌手の林心如と藤原紀香それに監督のStanley唐、はシンガポールでの宣伝の後クアラルンプールに来たそうです。香港での映画宣伝報道では心如は冷遇を受けたが、この日も彼女はそれをまぬがれられなかったと書いてます。記者会見上で紀香の魅力は身体一杯に現れているのがわかり、加えて真っ赤なベアバックの胸の見えそうな服を着ているので、ほとんどのカメラマンのレンズを彼女は奪ったと、書いてます。「さらに彼女はマネージャー以下4,5名の日本人助手を従えており、時に化粧を直し時に撮影するといったように、その周到さは人々の注目を集めました」 と。
この記者会見の模様の写真が数枚掲げてあります。紀香はたしかにこの描写のような服装の写真です、マレーシアにやってくる芸能人でも欧米系を除けば、もっとも有名ハリウッド俳優や歌手はほとんど来ないが、あまりみられないようなセクシー服飾でしょう。ですから写真にこう添え書きしてあります、「紀香はのこのベアバックのセクシードレスはその激しい身体を隠すことは難しい、皆が彼女のそのセクシーな身体に焦点を当てる事に彼女は一点の不満もあるが、しかし人が彼女のセクシーさを称えるのを聞くのはうれしい、うんぬん」 と。
記事は続けて書く:監督の唐は会見で映画の中の王力宏と林心如の事に触れて2人をがっかりさせるようなことはなかった。映画の中でAaron郭富城が紀香に誘惑される場面を幻想したシーンについて監督は、それは男の夢をそのシーンに現したのだ、とユーモアを混ぜて答えています。
香港での宣伝では王力宏はマスコミに冷遇されたのですが、このクアラルンプールでも紀香のついての話題が多かった、が力宏は紳士的に答えていました。彼は紀香についての質問を受けた中で、「(紀香は)映画の中でセクシーさをひけらかしている」という質問に彼はただ一言、「それは個人の趣味の問題です。」と簡単に答えただけであった。一方紀香はこう答えた、「観客が私がセクシーであると話すのはたいへんうれしい、だって私は女性ですから!」 これを聞いて力宏や会場の他の者は机をたたいて声をあげた、とこの雑誌は伝えています。
女性だからセクシーと言われることはうれしい、というこの一言はまことに至言ですね。現代日本の社会風俗状況を叙述に示す日本人女優としてある意味では当たり前のことでしょうし、それをはっきりと言う事も表現することもほとんど(表現の自由の観点上は)問題ないでしょう、少なくとも彼女とそのプロダクションにとってはです。性イメージ商業主義に反する立場やフェミニズムの観点からは、そういった発言は受けがたいことでしょうが。
マレーシアでも建前は”女性”性をあらわさないことになっているマレー人芸能人も服装姿はセクシーさを結構売っていますし、そんな姿の写真もマレー芸能雑誌でしょっちゅう掲載されます。しかし彼女たちはそれを公言することは絶対にありませんしできません。セクシーさを突かれればそんなことは意識して表していないとか、違うと否定するはずです。女性だからセクシーでいいなどと公言したら、翌日のマレーマスコミから袋叩きにあい、果ては去年のあるマレー女性歌手のように、イスラム当局から呼び出しを受け、最後には陳謝と発言取り下げをしなければなりません。マレーシアの華人芸能人は数と影響力が少ないからこれほどマスコミは集まらないし、確かにセクシーなスタイルのもいますが、彼女が記者会見でそれを認めることはありえません、もしそれを聞かれれば、セクシーさはほんの一部でありそれだけを言われるのは心外だなどといったう返答でしょう。
いかにも芸能人らしく自己をあまり隠さない香港芸能人は、しょっちゅうマレーシアにやって来て宣伝記者会見しますが、その彼女等でも服装はともかくこれほどはっきりと、女性だからセクシーであるのはうれしいなどという発言は少なくともこの地でしたことはないはずです(香港で台湾でどうかは知りません)。だからこそこの発言にマレーシアの娯楽マスコミは驚いたのでしょう。当地の人々の思考法と反応を知っている筆者もこの華語記事を訳していて、感心した発言ですよ。
この部分を英語紙TheStarの娯楽面では、この記者会見の一部として彼女のこの「だって私は女性だから」の発言をさらっと紹介しています。続いて「しかしうれしくないことは、人々が私のセクシーさだけに焦点を当てるからです。」 との発言を加えていますが。まあそれはないものねだりですな。さらに藤原はこの英語紙に載った発言のなかでこう言います、「初めて私はタフでセクシーな女性を演じた。監督はこの役の中の私にバランスある役割を与えることでいい仕事をしたと思います。」と。つまりセクシーさなくしては、彼女は不満だいうことですね。
もう一つの英語紙Malay Mailはこの4人のマレーシアでの記者会見と顔見せのことを、大衆紙らしくもう少し読み物調子で書いています、それから抜粋します:記者会見では、藤原が注目の中心であった、第一の理由はこれが彼女の初めての香港映画出演であったことだろう。藤原はその有名なスタイルを赤い身体にぴっちりしたVネックの衣装で地元メディアに見せびらかしていた。これは明らかに男性の血圧を上げるのに多くの貢献をしたのだ。映画の役でも同様に、いくつかの目を奪う衣装で場面を焼き付けている。
藤原はそのセクシーなシーンに腹を立てないのかと尋ねられた時、彼女は通訳を通じてこう答えた、「人々が私の身体に注目するのは気になりません、だって私は女性ですから。」と答えた。
この発言の前部分の英語訳が、どういうわけか上記のStar紙の記事とはとちょっと違った単語で書かれているのですが、意味するところはほとんど同じでしょう。このMalay Mail紙も、この「だって私は女性ですから」の発言部分を記事内で別の囲み見出しにしています。つまりこの記事を書いた記者(名前から男性です)にも、この発言は注目すべきだと捉えており、会場で藤原に誰かが尋ねた「そのセクシーなシーンに腹を立てないのか」という質問は、マレーシアのマスコミなら極めて自然な発想でしょうね。
この記者は別のページにある映画案内のページで、日本の爆弾女性藤原がこのアクション一杯の映画を見る完全な理由付けになるだろう。藤原はその豊かな財産をものおじせずに見せつける身体にぴっちりした衣装で映画のシーンにその存在を焼き付けている、と書いています。これで、多分映画など娯楽情報を専門にしたこの記者の捉えた彼女の像と視点はお分かりですね。それは映画監督と藤原自身が期待した像でもあるはずです。ですからこの記者はマレーシア記者として、読者に率直にその印象を書いたと思います。
こういった発言が本当に藤原紀香自身の心から出ているのかどうかは、虚像を売るスターの話ですから全然重要ではありません。要は彼女が日本の女優として国外でさらに売るために、人気を維持するためにこういう発想が必要であり且つプロダクションもそれを狙っていることは当然でしょう。だから恐らくいや間違いなくマレーシアについてほとんど知識のない取り巻き連中と彼女自身が、マレーシアに初めてやって来て、こういった発言をしたのでしょう。日本芸能界のニュースは台湾と香港の華語マスコミにあふれていますから、読んだ知識としては知っているマレーシアの娯楽マスコミ記者らも、こういった発言と服飾スタイルを実際に耳にして目にして驚いたのだろう、というのが筆者の推測です。
なにはともあれ、マレーシアという保守的な地でどうどうと本音を発言したことに苦笑しますね。マレーシア人にとって西欧人への見方とアジア人への見方は当然違います。白人は所詮ああだからしかたがないという感じですが、マレーシア人なら何人であれマレーシア人のあるべき枠を超えて行動すると批判がでます。しばらく前のことです、元ミス・華人マレーシアの女性が香港の2流映画に出演してレイプシーンを撮ったという理由で、数年前に輝いたそのタイトルを剥奪されたことがありました。このようにマレーシアの華人風土も地元芸能人に”マレーシア的常識を外れた姿”を求めていないのです。
さてこの華語芸能雑誌は次ぎのページでその夜Midvalleyショッピングセンターで行なわれた映画公開直前の宣伝とファン顔見せ式の模様を写真入りで伝えています。見出しに「藤原紀香 驚くべき艶やかさで登場」となっています。この場はファンの歓声とスターの名前を呼ぶ声が混じって壮観であったと書き、続いて、藤原紀香は日本のスターであるが、来マレーシア時は王力宏と林心如ほど会場のファンの声は大きくなかった、ファンは2人の名前を書いた旗などを掲げており、心如はこの面だけでは紀香に勝ったのです、と報じています。
さらに別のページでこの雑誌は映画で主要な役柄を務めているこの2人の女性を比較して、”紀香と心如 香港からマレーシアまで”と見出しして4項目を立てて検証しています。
人気の面では心如が勝つ:来マレーシアして紀香の魅力は並ぶものがなく、マレーシアのマスコミは彼女に殺到した。心如も初の来マレーシアであるがマスコミもファンも彼女を冷遇したわけではない。とりわけ映画ファン顔見せ式ではファンからの声援は紀香に打ち勝った。これが心如の唯一の面目を保った点だ、のように理由つけている。
映画の役割では紀香が勝つ:紀香は映画では女主演者だから、ここでは当然心如に優る。加えてそのセクシーさとアクティブな行動で彼女の印象を持たないこと自体が難しい。心如は力宏の恋人役で登場場面がそんなに多くない、と説明してます。
服飾面では紀香が勝つ:香港での宣伝以来、紀香はブランド衣装を身に着けそれがすべて違う衣装だ。来マレーシアでの記者会見での真っ赤なベアバックの服、ファン顔見せショーでは真っ白なイブニングドレスで会場をあでやかさで圧倒した。心如の衣装はとても適わない、と書いています。
大掛かりな点では紀香が勝つ:香港であれマレーシアであれ紀香の周りには常に一群のお抱え人が取り囲んでいる。広東語用と英語用の通訳2名を除いても(Intraasiaを雇えば1人で済むのにね、笑)化粧人、マネージャー、付け人など非常におおがかりである。方や心如はマネージャーと付き人が時々傍らに来るだけ、明らかにこれは紀香が優る、と。
結論としてこの雑誌は書く、こうして1点づつ2人を比較すると、心如は1点のみで紀香に優ったが惨敗といえる。しかし彼女はマレーシアのファンの支持に感謝すべきです、と。
華語娯楽芸能雑誌はこういった出来事は当然ながら、一般英語紙より詳しく描写し且つカラー写真を何枚も載せて伝えています。といってマレーシアの華語芸能紙は日本の芸能週刊誌やスポーツ新聞のようなセンセーショナルな載せ方はまったくしません。どの記事を読んでも見ても日本から比べればごくごくおとなしい報道振りです。それだから好感がもてるのです。華語新聞の芸能ニュースは結構大きな活字で人目を引くタイトルとスタイルですが、それでも日本のスポーツのようなえげつなさはまったくありません。ここらがマレーシアらしい所です。英語紙が華人芸能界、その中に日本芸能ニュースも含まれるが、のことを書くのは時々であり、常に淡々とした書き振りです。
尚この華語芸能雑誌の記事を書いたのは名前から判断すると女性記者のようです、もちろんそれに編集者の筆が加わっているのは当然ですが、記事の主たる視点は女性記者のそれだと言えます。歌手などが現れる現場を筆者がこれまで訪れた際、そこで見かける華語雑誌と新聞娯楽面の取材記者の姿から判断すると、この分野では若い女性記者が多数だと思います。ただ主としてマレー芸能人が現れる現場は知りませんので、マレーシア語紙・誌の分野はどうなのかは推測がつきません。
こういうマレーシアの芸能報道風土を知った上で、今回の"雷霆戦警”に関わる宣伝と報道を眺めると、藤原紀香は相当好意的に扱われていますね、彼女自身の表現スタイルと知名度がその大きな理由であったと思いますが、日本テレビ番組と歌のファンが増える中で初(?)の日本人有名スターの来マレーシア宣伝ということもあったことでしょう。
藤原紀香は映画よりも自身のそのセクシーさを売り込む宣伝でマレーシアでも今回は成功したと言えますが、マスコミが好意的に反応したのは、彼女が日本人であるからより注目された、ということを忘れるべきではありませんね。白人芸能人が同じようなことをしてもこれほどは注目されないし、マレーシア華人芸能人なら同じコトすれば批判される、香港又は台湾芸能人が同じように振舞っては注目度が落ちるのです、日本人スターだからの特典でもあります。藤原紀香は、そのプロダクションはこういう事実を知るべきですが、まあこれは彼らには届かないことでしょう。彼女が(外側は黄色いが中身は白い)バナナにならないことをIntraasiaは願っておきます。
華人にとって1年の始まりは中国正月なのです、伝統的且つ慣習的且さらに感覚的に、やはり旧暦に従うのです。つまり2001年の巳年は西暦の1月24日が元旦で、この日から新年になったのです。
そこでその巳年にちなんで、マレーシアのヘビとマレーシア人の捉えるヘビにまつわるお話です。
Perhilitanと一般に呼ぶ野生動物と国立公園庁の相談役を務めるLim博士によれば、マレーシアの半島部には141種のヘビが生息しており、そのうち海蛇は21種ありその全てが毒蛇だそうです。陸上に棲むヘビのうち、毒蛇は17種です、内8種はクサリヘビ科、2種がコブラ類などとのこと。筆者には詳しく分類されてもほとんどその姿が脳裏に浮かばないので、まとめて毒蛇でいいでしょう。尚ヘビの中には体長10m超えるニシキヘビもいるし、体長12Cmのヘビもいるのです。
ご存知のように人間にとってヘビという存在は宗教、文化慣習の中にも入りこんでいますよね。例えば宗教でいえばペナン州の蛇寺です。そういった種の寺では蛇は幸運と繁栄のシンボルでもあるそうです。
ヒンズー教にもヘビは入りこんでいます。コブラはShivaの神の一部だそうです。Shivaの神は首の周り、腕などにヘビを回りつかせています。Vishnuの神もコブラに関係があります。
マレーシアのいくつかのヒンヅー寺院ではヘビは重要な役割としてその像を捉えています。信者はミルク、バナナなどをささげるそうです。あるヒンズー聖職者は、コブラはそのヒンズーの神からの関係から実質的に神になっている、とまで述べているそうです。それとは別にヒンズー教徒は、ヘビが家屋に侵入してきても殺さないことになっているそうです(本当ですか?)、むしろシーと追い払われるべきだとのこと。
華人社会では一般にヘビは否定的な存在です。華人の中にはヘビを見たらその場で殺すのがいいと考えるのもいる一方、もし殺すと仲間のヘビが復讐にやってくるので、そのままにしておくべきだと考える人もいます。ある人がヘビだとレッテルを張られれば、その人の行動や性格が疑わしいとか怪しいと考えられることにつながるそうです。それはヘビがくねくねと進むことから来ていますと、風水の専門家は説明します。
また同じく風水の専門家は、ヘビを家に飼うのは富みを呼ぶものだと考えている人もいるからです、と説明します。まあ我田引水にそれぞれが我方に都合のいいように理屈付けするものですな。
マレー慣習では、ヘビには神話がついて回ります。例えば夜間に笛を吹いてはいけない、その音がヘビのシューという音に似ているからだなんてのもあるそうです。自分の家に向かっているヘビは殺さずに追い払えというのもあります。伝統的なマレー信仰に、キングコブラはその頭に輝く石を持っており、それは魔法の力を備えているというのがあります。
以上この段落の内容は、1月21日付けStar紙の、ヘビ年にちなんだヘビの話題の記事から抜き出したものです。
いうまでもなく華人の中にはヘビ料理を食べる人がいます。ヘビスープは広東料理の伝統的野味だそうです。何でもヘビ料理はツウの間では隠語で二十八と呼ばれるそうで、ちなみに犬料理は三十六と呼ばれるそうだとか(いずれも筆者自身は未確認の情報です)。ヘビスープの中で、コブラ種のヘビのスープが一番鉄分が高いそうです。
尚ヘビ料理を好むのは華人だけでなく、インド人の中にもいるそうです。もちろんムスリムはこういう料理を一切口にしないのは言うまでもありません。
ヘビ料理などの珍しい動物料理を食べさせる料理店を、通常”野味店”と呼びます。クアラルンプールならプチョン地域にこの種の店があります。ジョーホールバルでもペナンでもあるはずですが、筆者はその場所を知りません。ヘビスープは低脂肪で美味と言われるそうですが、ヘビ料理の好きな方からの情報をお待ちしています。
蛇皮製品などを別にして、ヘビ製品又はヘビを商標に使用した製品を見つけるのは難しくはないが、その大部分は中薬(中国起源又は中国産の薬類のこと)です、と華語紙”南洋商報”はその蛇年に関する記事で書いてます。以下はそこから引用して書いたものです。
蛇酒はチャイナタウンなどの中国製品専門店とか特定の華人経営の酒屋で売られていますが、「マレーシアで売られている蛇酒の種類は多くない、10種ほど」と、この種の中国製品を幅広く輸入している有名会社の幹部です。中国本土では100種以上の蛇酒があるそうです。マレーシア華人では、広東人、広西人、客家人に蛇酒を飲む習慣がありますとのこと。もちろん広東人が皆飲むという意味でないことはお分かりですね。尚マレーシア消費の蛇酒の中で最大の種類はマムシ酒だそうです。値段は1瓶 RM40に満たないとのこと。
蛇成分の含まれた中薬はいろいろあり、例をあげると、三蛇胆川貝液、五歩蛇解痒丸、中華風疹丹、人参再造丸などなどです。意味が今一つわかりませんというか、たとえわかっても筆者はとても使う気にならない薬ですね。蛇酒を飲んだり蛇成分の薬を使用した経験のある方からの情報をお待ちしています。
以上
蛇の話題はまだいろいろありますが、巳年生まれの華人で作る蛇年生まれの会があって、中国正月期間中にスランゴール州のあるレストランで飲食会を催す、すでに百人ぐらいが参加予定といった記事も新聞に載っていました。マレーシア華人が干支にこだわるのは、日本人と同じぐらいかそれより少ないのか、特に調べたことがないので、筆者にはなんとも言えませんね。
クアラルンプールのチャイナタウン、言わずと知られた内外観光客の集まる有名な所ですね。個人または小人数のグループで来た外国人観光客にはたいへん人気あるようで、午後からこの一帯を歩けばその姿をものすごく頻繁に目にします。ところが団体観光客は、その理由の一つに付近に観光バスを止めるような場所がないこともあり、チャイナタウンをほとんど訪れないようで、それらしき姿をめったに見ません。単に観光バス駐車場不足の理由だけでなく、旅行代理店がチャイナタウンを観光ルートに組み入れてないこともあるようです(全然ないとはいいませんよ)。
なぜ? 想像するにそれは、旅行者があれこれの責任をすぐ代理店におしつけることからくる旅行代理店のことなかれ主義と、チャイナタウンのような屋台・夜店ではコミッションが代理店・ガイドには入らないことの2つでしょう。
いずれの理由であれ、自由旅行しかしない筆者のような者にとっては、悲しいことと感じざるをえません。はるばるクアラルンプールに旅行して、その有名な午後市と夜市を訪問させないスケジュールを組む旅行代理店、そうせざるような思考と行動をする観光客、筆者にはどっちもどっちにうつります。現地のつまりマレーシアの旅行代理店がチャイナタウンをコースに組み入れない理由が、日本を含めた外国の送り出した旅行会社の要請なのか、それとも自主的な判断か、またはその両方なのかは、筆者は業界関係者ではないので知りません。いずれにしろ旅行者に何か問題があればすべて旅行代理店が責められる、だから何はともあれ多少でも面倒なことの起きそうな場所は一切避けるということでしょう。
筆者に言わせれば、物をすられたり、だましにあったりすることを旅行代理店の責任に押しつけるのはまこと旅行者のエゴとしか思えませんが、そんな場所に連れていったのが悪いと責めるエゴ旅行者もいるそうで、こういう場合の旅行代理店の方にはまこと同情します。すりやバッグ引ったくりにあうのはその被害者が単に不注意なのです。だましに遭うのはあったその人が油断したなり”幼かった”のです。多くはその被害者の自業自得なのです。
もちろん、すりやひったくりや詐欺師をのさばらせておく警察が悪いという論理は成り立ちますが、そういう犯罪はどの観光地、日本を含めてどの国の町でも100%防げないのは誰でも経験的に知っているはずですよね。だから被害者の多くは、被害に遭う前に自分で防御する、万一犯罪にあった場合は最小限に被害を抑える工夫をする、という初歩的行動と思考が欠けていますね。
一目でわかる観光客がいかにも高価そうなハンドバッグやしゃれたカバンに多額の金やパスポートを入れて買い物や見物に歩く、筆者にいわせれば、盗んでくださいとデモンストレーションしているように見えます。ガイドブックにはカバンは抱えるように、道路際にバッグをさらすように肩からかけないなどと書いてあるそうですが、これは現実を知らない”しろうとのたわごと”ですな。あちこち見てみたい、きょろきょろしたい観光客が一瞬の隙もなく常時カバンに気を使うことなどできませんし、人間誰でも、もちろん私もです、ふと注意が薄れることがありますよね、ですから街歩き用のカバンやバッグが一瞬の隙を狙って盗られる、取られることは十分考えられます。
誤解を恐れずに極端に言えば、街歩き用のカバンやバッグなど取られてもいいぐらいの気持ちでいいのです。要はその中に盗られて困るような物をいれないことです。金は小銭入れ程度まで、大金のはいった財布やパスポートを入れるなどもってのほかです。大金とパスポートは必ず常時衣服の内側に入れておくことです。クレジットカードや金の入った財布を入れる外側ポケットは必ずボタン付きにする。こういうことを守っておれば、被害にはもちろん遭いたくないのは当然として、万が一カバンや袋をひったくられたって、中身はティッシュ、化粧道具、地図、傘、ミネラルボトル、買った土産物などで旅行に決定的に影響を与える物ではありません。
大体マレーシアに限らず海外の人ごみを歩く時に、ブランドと一目でわかるようなバッグ・カバン類を持ち歩くこと自体お勧めしません。物をいれる袋なりカバンが必要なことはよくわかります、そういう場合はスーパーで買い物した時くれるようなビニール袋か、書店でくれるA4版ビニール袋、中の見えるような安物ビニールバッグにいれることですね。いかに盗まれない、取られないかの工夫の前にいかに狙われないかの工夫の方がより大切です。
詐欺にあう、まあチャイナタウンのような有名地では明らかな詐欺をする店と屋台はないでしょう。チャイナタウンで買い物・食事するする観光客が買い物自体で詐欺に会う確率はまずないはずです。旅行者が詐欺にあう場合とは、路地裏にのこのことついて行って脅されるとか、甘い言葉に釣られて全く別の場所に連れられて行き、いかさま賭博にあうことでしょう。これは被害にあう者の100%の甘さとおめでたさを現しており、そんなことまで旅行社やガイドの責任にされたら、それこそ憤慨ものですね。マレーシアであろうとどこであろうとこういう詐欺に遭う人間は、また別の地でも遭うのです。基本的な自己保身術と常識欠如ですね。
チャイナタウンは、店が営業している時間内に常識をもって歩けば別に危険でも何でもありません。少なくとも最近は観光警官がよく巡回しているし、白昼公然とナイフ又は銃で脅して金品を奪うようなことはまず起こっていません(絶対無い、とはもちろん言いませんよ)。もし時々起こっておればそれは一般観光客には不向きで、団体旅行者らが訪れる場所ではないと言わなければなりません。尚もちろんごろつきはあちこちにいるし、すりや詐欺師も間違いなくいるでしょう、つまりそういう輩はいて当然と思っておればいいのです。こういう輩はどこにでもいますよね、東京の新宿、渋谷、池袋には一杯いるではないですか。クアラルンプールだけが特別にいるなんて偏見は持たないことです。
さて話しがちょっとずれているので元に戻します。ここで観光客の興味と訪問地の一つであるチャイナタウンは本当に訪れるに価値あるのか、足りるかを考えて見ましょう。
チャイナタウンの活動と見所の中心はその午後・夜市だけではないのですが、観光客にはこれお目当ての人がほとんどなので、それに絞って触れましょう。チャイナタウンの組み立て式店(つまり屋台店のこと)の販売する品目には、CDとVCDがものすごく多く、以前はまるでCDとVCD中心の市かの様相を示していましたが、最近はそれが幾分減ったようです。それでも実に多くの組み立て式店がこのCDとVCDを並べて売っています。CDとVCDといってもいわゆる海賊版が相当幅を利かせています。一時ものすごく種類と量の多かったパソコンのソフトは、法改正とビジネスソフト協会と担当官庁らの取締り強化でいくらか減ったとはいえ、まだまだ並んでいます。現在の中心は映画と音楽の海賊版CDとVCDです。尚オリジナル版もあります。
午後・夜市の品物でCDとVCD以外に多いのは、Tシャツ、各種シャツ、ジーパン中心の衣料類、靴とスリッパの履物類、ベルト、財布などの皮製品、ネクタイ、ファッションサングラス、ライターなどのアクセサリー類、各種のカバン類、偽ブランド腕時計、偽ブランド香水、海賊版キャラクター小物類、安物電子玩具と卓上計算機などが主なところでしょう。チャイナタウンの屋台に並ぶ品物で、純粋にマレーシア土産といえる物はどれくらいあるのだろうか。
ペトロナスツインタワーやKLタワー、マレーシアの動物や自然や建物が描かれているTシャツももちろんありますが、マレーシアに全く関係ないスターの顔や外国風景や、さらには日本のキャラクターであるどらえもんやピカチュ、HelloKittyの描かれたティーシャツ、ショートパンツ、バッグもたくさん目に入ります。これって本当にマレーシア土産になるの?
Guci、Lancomなどの偽ロゴ入りの皮製品、これはマレーシアで作られているかもしれないが、本来は外国製品ですよね。ハリウッド、香港、ボリウッド映画の海賊版VCDは種類・量とも極めて豊かです、マレーシアは海賊版VCD製作のアジアの中心地だそうなので、確かにMaid-in- Malaysia品には違いない。でもこれもマレーシア土産になるの?
偽カルダン腕時計、偽有名高級香水、これもマレーシア土産なんでしょうね?でもこういった偽ブランド品はクアラルンプールだけでなくても、ペナンでもジョーホール州でも簡単に入手できるし、バンコクでもハジャイでもシンガポールでも買えますね。
こうしてあれこれを見て行くと、純粋にまたは十分に真にマレーシア土産に値する物はぐっと少なくなります。チェンドールとかドドルの果物菓子、地元歌手のカセットとCD、マレーシア風景を描いたTシャツ、マレーシア果実などですね。尚バティック衣料品を売る屋台もあるがごく少ないのです。
しかし一方、「いや別にその土産品がマレーシア風情、マレーシア気分、マレーシア文化を十分持っていなくても一向に構わない、十分に安くてそれなりに使い路があるか、適当に楽しめれば、別にマレーシアどうのこうのということなど気にする必要ない」 とか 「土産などどこで買ってもそれほど変わらないから、その国の産かとうかなどこだわらない。」という考えの方も多いでしょう、というよりそういう訪問者が実際に多いからこそチャイナタウンは今でも人気を保ち、常に繁盛しているのです。
ここに旅行者の意識をあるべき理想通りに決めつけられない例があります。マレーシアに来たからには、買い物に何が何でもマレーシアらしい物ではなくてはならないと考える方もいる一方、そんなことに大してこだわらない旅行者も一杯いらっしゃいますよね。理想を言えば、確かにマレーシアらしい品が売れたほうがいいでしょうが、ビジネスは理想だけでは成功しません、まあここは固いことは言わないで、売れる物が売れればいいでしょうという考えを、留保付きで、支持、尊重しておきましょう。ただ筆者自身そういうものを土産物にしたいとはあまり思いませんが。
ここで次ぎの意見を読んでください。マレーシアを旅行したドイツ人旅行者4名が帰国後Star新聞に投書したものです。11月26日付けの原文英語の投書 ”旅行者の金をまきあげるために、文化を無視しないで欲しい”を抜粋して翻訳しました。
我々4人は初めてマレーシアをずっと旅行しました。その中には、国の最も歴史的町を見ようと訪れたマラッカの町も含まれていました。そこで本来は特別に経験したことを書きたかったのだが、替わりにそこでの非常に失望したことを伝えせざるを得ません。
マラッカの観光案内所で我々は、新しく始まった文化イベント”Jonker Walk”を見に行くようにと勧められました。マラッカの由緒ある通りを楽しめるということでした。我々は本で知ったJonker Street(注)の豊かな歴史と文化に何かを期待していたのですが、そこで見たものは、我々がドイツのどの3流ショッピング場でも買えるひどい品物を並べて売っている複数の店・屋台でした。プラスティックのおもちゃ、安っぽいサングラス、CD類、価値のない土産品です、これらはまったく魅力を感じるものではありません。
更に言えば、この特別に歴史を秘めた通りのような所で、バーやディスコやポップ音楽を奏でるライブ演奏は適当なのでしょうか?旅行者は本当にこういうこういったカウボーイ音楽をJonker Streetの場で望んでいるのでしょうか?
我々の会った旅行者でその下品さを誉める者はほとんどいなかった。我々が興味を持って知りたい地元の伝統文化と歴史に関するものは全くなかった。もしこれがマラッカのベストであるならば、文化にあまり興味を持たない旅行者もどこか別の場所へ行ってしまうであろう。
感謝すべきは、マラッカの他の場所はこれを償う忘れがたい経験であった、ありがとう。特に、素晴らしいBaba Nyonya博物館、古い家屋Jokers、マラッカハウスの美しいギャラリー、マラッカの親切な人たちです。あなたたち(マレーシア人のこと)の歴史的町が、旅行者の金を巻き上げる試みのために、その歴史と文化の本当の顔を棄ててしまっていると、我々は思うのです。
マラッカの観光省は、外国からの旅行者は本物だけを選んで思い出すと言うことを知らねばなりません。
投稿者ドイツ人4人の連名
たいへん考えさせるオピニオン投書ですね。歴史的文化と建造物を大切にするヨーロッパ人の良い面がよく現れています。主題に直接関係ないのでヨーロッパ人の醜い面はとりあえずここでは問題にしないことにして、マレーシア人全体、特に観光産業に直接関わる者、観光に付随するビジネス人に欠如するのはここで指摘されている本物を軽視する行動と思考です。観光産業が繁栄すれば、文化価値などそれほど気にする必要はないという思考ですね。筆者は常々感じているのですが、至る所にパブやカフェが店開きしているが、これって本当にその街にふさわしいのだろうかと。もちろんブキットビンタン街とかリゾートアイランドの浜辺や町ならそれは当然だと納得します。しかしマラッカの歴史的町並みの街やクアラルンプールやジョージタウンのチャイナタウンにパブやカフェはふさわしいの?
しかし一方、こういった歴史的由緒ある場所で営業しているパブ、カフェでひがなたたずんでいる欧米旅行者が目につくのです。つまりこの投稿者とは全く相反する思考と行動をする欧米旅行者が多いのもまた事実です、もちろん日本人も見かける。ですからこそ、利にさといマレーシアビジネスマンはそれを期待して、歴史的文化的価値観を尊重せずにパブ、カフェを次々と開店するのです。そして自治体当局はそれを許す。更に、それに恩恵を受けた中流マレーシア人もそういう店に集うのです。そういった集い族らにとっては、歴史的建造物とか町並み保存とか文化的価値への興味はごく薄く、その価値観は擬似西欧化しています(あくまでも”擬似西欧文化”化でそれにはなりきれない、そこに彼らの悲劇がある)
さてクアラルンプールのチャイナタウンに戻りましょう。上記のマラッカの投書主が嘆いている状況はここでもほぼ同じですね。チャイナタウンの商売の規模はJonkerSteetの数十倍の規模ですが、販売されている品物の内容はたいして違いがないでしょう。カフェもできた、チャイナタウンの中心の某ホテルでは以前はフィリピンバンド、今では地元の白人向けサービス音楽バンドが演奏している、などなど。
チャイナタウンの屋台店に働いているあんちゃんたち、華人ばかりでなくもマレー人もインド人もいる、の横柄で人を食った態度ははっきりいって腹立たしい、本当の商売人の態度とはとてもいえません。若い彼らは地元の出身でもないだろうし、そんなに何年もそこで働いてない働かないので、チャイナタウンへの思い入れは当然ないでしょう、だからその態度に現れる。だから家族で長年商売して固定客を捕まえる商売のあり方では全くありません(尚、そういう屋台も数は少ないがあるようにみえる)。多くの屋台はカウボーイ商売ですね。だから違法海賊版のCDやエロビデオCDをしきりに勧めたりする、もちろんそれを期待して、求めていくマレーシア人もいるからですが。
あそこで働いている若い奴等はそういう違法VCD販売で警察に捕まっても入手元を明かさないそうで、その理由は警察よりギャング社会からの仕返しが怖いからだと、以前華語新聞が伝えていました。彼らの行動を観察すればなるほどと思います。マレーシア華人団体と政党はこういうことをほとんど問題にせず、チャイナタウンのビジネス繁栄ばかり言う、なぜなら華人政党や諸団体の中核はこういったビジネス華人がそれなりの重き地位を占めているからでしょう、だから問題にすれば身内に及ぶ、従って口を閉ざすということでしょうね。
クアラルンプールのチャイナタウンの朽ち果てた建物と建物郡をご覧ください、裏通りの汚さとごろつきの徘徊、これを街から一切なくすことは不可能なことはわかりますが、もう少しチャイナタウンの美化と保存運動に取り組む必要を感じざるを得ません。屋台街のビジネスの繁栄と一部外国人向け路上レストランの繁栄だけが目に付くのは残念なことです。VCDやニセブランド製品などのマレーシアにまったく関係ない品を扱う店のあるすぎること、例えば最近はなんと日本製品の専門店まで出現(実質は中国製などで、100%の日本製品では全然ない)、と地元人より白人観光客相手のレストランの繁栄など、本当のチャイナタウンらしさからは乖離した現状を筆者は強く感じます。しかしこういった憂慮観は、金儲けの論理の前にほとんど訴える力を持たないのが、悲しきマレーシアの現実でもあります。
例えば東京の、大阪の、横浜の由緒ある歴史的一画が、渋谷や新宿の真似したらどうなるかを思い浮かべていただきたいものです。その街らしさを保ってビジネスを繁栄させることが、心ある多くの観光客を引きつけるあり方だと思うのですが。チャイナタウンは今も変わらぬ、地元の人を引きつける古き、ある意味では時代遅れの一画と店店も厳然と残っています、そういう店とレストランではほとんど外国人旅行者の姿を見ません、筆者はやはりそちらに曳かれる。チャイナタウンの人気の高さと繁栄はうれしいことですが、しかしあまりにも目先の利益に走っており、上記のドイツ人投書者の描写するような姿もより顕著になってきているのです。だから筆者はそのドイツ投書者と同じくそれを嘆く者です。
翻って、チャイナタウンは本当に外国人観光客に勧めるに足る状態と場所であるのだろうか?との質問には、観光客によりますねと答えておきます。
英字新聞The Star には週1回挟み込まれる本紙とは別刷りのYOUTH2というヤング読者向けのページがあります。同紙がそのヤング読者に呼びかけて、2000年11月から12月かけて1ヶ月間ほど実施した”2000年クールな何々”の投票結果です。
投票資格は13才から25才までで、二重投票を防ぐため、名前、住所、歳だけでなく身分証明証番号も記入するようになっている。この対象年齢層からいえば、まさにヤングという年代であり、スターやアイドルに敏感な年代ですね。だからヤングの嗜好傾向をよく現しているといえるでしょう。ただしこれは英語紙が行なった調査ですから、あくまでも英語を比較的よく解するとか英語好きなヤングの間における嗜好ということです。華語主体層やマレーシア語主体層を対処にすればまた違ったものになることは確実です。なぜなら筆者が何回も当サイトで述べてきたように、民族と日常言語によるアイドル、流行歌、テレビ・映画への嗜好は相当違いますからね。
ですからこれでマレーシアヤング全体の嗜好はこうだと判断してはいけませんが、ヤングの嗜好を知るにはそれなりに参考にはなる傾向ですからここで掲載しておきます。尚下記のそれぞれのパーセントは、小数点以下を四捨五入してあり、且つそれぞれの項目で100%にならないのはその他数パーセントの人名などを省いたからです。
カテゴリー | 人名 | % | 人名 | % | 人名 | % | 人名 | % | 人名 | % |
クールな女性 アーティスト |
Britney Spears | 43 |
Chistine Aguilera | 30 |
Jennifer Lopez | 10 | Maddona | 4 |
Mariah Carey | 8 |
クールな男性 アーティスト |
Eminem | 31 |
Enrique Igresias | 10 | Kid Rock | 9 |
Robbie Williams | 14 |
Ronan Keating | 30 |
クールな グループ |
Destiny's Child | 9 |
Limp Bizkit | 12 | 'N Syne | 42 | S Club 7 | 3 | Westlife | 21 |
クールなアジア 女性アーティスト |
Amy Mastura マレー | 9 |
Coco Lee 台湾米国 | 43 |
Sammi Cheng 香港 | 19 |
Siti Nurhaliza マレー | 11 |
Utada Hikaru 日本 | 13 |
クールなアジア 男性アーティスト |
Glen インドネシア | 5 |
Ferhad シンガポール | 8 |
Jit Woei Nightlife マレー | 2 |
Lee Hom 台湾米国 | 39 |
Lo マレーシア | 38 |
クールなマレーシア グループ |
John's Mistress | 11 | Lyme | 4 |
Poetic Amno | 66 |
Spunky Funggy | 4 | Too Phat | 9 |
クールなアジア グループ |
Dewa 19 インドネシ | 7 |
Glay 日本 | 24 |
LMF 香港 | 19 |
Luna Sea 日本 | 10 | Power Station台湾 | 29 |
クールな地元のWEBサイト | catcha.com.my | 52 | msn.com.my | 20 | octopus.com.my | 11 | msities.com.my | 9 | e1000.com | 4 |
クールな雑誌 (英語雑誌) | Cleo | 23 | Galaxie | 25 | Girlfriend | 6 | Lime | 29 | Seventeen | 7 |
クールな女優 |
Angelia Jolie | 25 |
Julia Roberts | 38 |
Natalie Portman | 9 |
Rebecca Romijin | 12 |
Thandie Newton | 8 |
クールな男優 |
Devon Sawa | 10 |
Freddie Printz Jr | 34 |
Heath Ledger | 4 |
Hugh Jackmen | 10 | Tom Criise | 37 |
クールな地元又はアジア女優 |
Aishwara Rai | 17 |
Cecilia Cheung Pak Chi | 33 |
Erra Farixza | 11 |
Jihi Chawala | 13 | Zhang Ziyi | 14 |
クールな地元又はアジア男優 |
Hrithik Roshan | 8 |
louis Koo Tin Lok | 24 | Nicholas Tse | 28 | Salman Khan | 8 |
Shah Rukuh Khan | 21 |
クールな2000年の公開映画 | X-Men | 30 | Mission Impossible 2 | 26 | Final Destination | 17 | Scary Movie | 12 | Sleepy Hollow | 7 |
クールなテレビ局 |
Astro Star Wrold | 18 |
Astro Supersport | 10 | ntv7 | 51 | TV2 | 1 | TV3 | 5 |
クールなラジオ局 | ERA FM | 3 | HITZ FM | 82 | MY FM | 6 | Time Highway | 2 | WoW FM | 2 |
クールな地元のパーソナリティー | Fly Guy and Lil'Kev | 59 | Sarimah Ibrahim | 18 | Soon Ai Ling | 9 | Jien and Azura | 5 | Halim Othman | 4 |
クールな肌のケア商品 | Johnson& Johnson | 40 | Za | 19 | L'oreal | 13 | Clinique | 18 | Simple | 13 |
以下の数字は発表さ2001年1月に発表された2000年7月時点での人口調査の報告書に基づきます。
91年の総人口は1756万人で、2000年では2220万人でした。この期間の人口増加率は2.6%になります。これを発表した首相府の大臣に寄れば、総人口にはマレーシア居住の外国人も含まれています。総人口の男女比は男性がやや多く、女100人に対して男102人になります。
下記の表をご覧ください。総人口が1970年からの30年間で倍増しています。やはりすごい人口成長率です。
次ぎは2000年7月に国の調査機関が全国の1万戸あまりの家庭を訪問して行なわれた、第4回人口と住宅調査の結果です。
1家庭(世帯)当りの人数は91年の4.92人でしたが、2000年は多少落ちて4.52人になりました。最も人口伸び率の高い州はスランゴール州で年率6%でした、次いでサバ州の3.8%です。スランゴール州とはクアラルンプールを取り巻いている州でつまり首都圏です。在住日本人が多く住むペタリンジャヤ、スバンジャヤなどのアップタウンははこのスランゴール州に属します。80年にはジョーホール州とペラ州よりも人口の少なかったスランゴール州が2000年にはダントツの人口トップ州になりました。それだけ首都圏の人口集中が進んだということですね。
1世帯当りの人員を調べた調査では、91年の4.9人から少し減って2000年は4.5人です。それでも日本に比べればずっと多いことに変わりはありませんね。主な州別でこの数字を見たのが下記の表です、尚いずれの州人口も千人以下の単位は四捨五入してあります。
ジョーホール州 | クランタン州 | ペナン州 | サバ州 | サラワク州 | スランゴール州 | クアラルンプール | 全国 | |
人口 | ||||||||
1970 | 127万人 | 68万人 | 77万人 | 64万人 | 97万人 | 98万人 | 68万人 | 1044万人 |
1980 | 158万 | 86万万 | 90万 | 93万 | 123万 | 142万 | 92万 | 1314万 |
1991 | 207万 | 118万 | 106万 | 173万 | 164万 | 230万 | 114万 | 1756万 |
2000 | 256万 | 129万 | 122万 | 245万 | 201万 | 395万 | 130万 | 2220万 |
家族 | ||||||||
1991 | 4.89人 | 5.10人 | 5.00人 | 5.15人 | 4.98人 | 4.93人 | 4.69人 | 4.92人 |
2000 | 4.42 | 5.02 | 4.30 | 5.13 | 4.75 | 4.25 | 4.18 | 4.52人 |
人口 | ケダー州 | ペルリス州 | パハン州 | マラッカ州 | ヌグリスンビラン州 | トレンガヌ州 | ペラ州 |
1970 | 95万人 | 12万人 | 50万人 | 40万人 | 48万人 | 40万人 | 157万人 |
1980 | 108万 | 14万 | 77万 | 45万 | 55万 | 53万 | 174万 |
1991 | 130万 | 18万 | 105万 | 51万 | 69万 | 77万 | 188万 |
2000 | 157万 | 20万 | 123万 | 60万 | 83万 | 88万 | 203万 |
支出項目 単位RM | 食費 |
飲代 タバコ |
医療 保健 |
衣料 履物 |
家具、雑貨 器具など |
レクリエーション 娯楽、教育、文化 |
家賃、燃料 光熱 |
運輸 通信 | その他 |
合計 (RM) |
93/94年 | 276 | 26 | 22 | 41 | 65 | 67 | 245 | 208 | 211 | 1161 |
98/99年 | 368 | 30 | 31 | 56 | 86 | 86 | 362 | 310 | 302 | 1631 |
この調査数字を眺めて皆さんに願うのは、平均的なマレーシア人家庭の像を浮かべていただきたいということです。
1家庭の構成人数が4.5人で、消費支出額が月平均RM1630ということです。都市部の家庭でも月RM2000に届かないのです。この額で家賃、食費、交通費、娯楽費、医療費など一家のすべてをまかなうわけです。マレーシアという像を捉える時に忘れて欲しくない点です。しかし円を単純にリンギットに換算しても、つまり¥30 X RM1630又はRM1943=?? ?としても、生活実態が全く見えてこないし、像を誤って捉える事になります。各国の平均国民所得を単純に米ドル換算して各国を比較する方法がいかに各国の所得像を誤って人に印象付けるかと同じことですね。
1月23日の新聞に載っていた記事です
コンピュータ関係の調査会社IDCの発表によると、マレーシアのインターネットユーザーの数が2000年末で200万人を超えました。これは人口の約 9パーセントにあたります。IDCの責任者は、ユーザーの中には複数のプロバイダーに加入している者がいることも考慮にいれています、と述べています。
またIDCは、フリープロバイダのMaxisNetようなところには、人は違った名前を使えば幾つでもユーザー登録できることも考慮して、実際のユーザー数を決定する手段を使っていると付け加えています。この方法には、PCとインターネット用具の販売予測もその要素に入れているそうです。
さらにIDCはマレーシア人のパソコン保有率を推定して、昨年末で11パーセントとしています。参考:www.idc.com.my
以上
こういう数字は当然ながら誤差が含まれていますが、まあ統計手法を駆使した調査専門会社だからそれほど実際とかけ離れたものではないでしょうね。人口の1割弱が、実際にやるやらないに関わらず、インターネットのユーザーですか。パソコン保有率はそれより多少高いのは当然で、1割強ですか。マレーシアの昨年のパソコン出荷数は60万台ちょっとですから、なんとなく納得いくようにも感じられますね。ただ周知の事実として、西海岸側の都市部はパソコン保有者もインターネット使用者も平均よりぐっと高く、東海岸やサバサラワク州の非都市部のそれは平均よりぐっと低いことを、ここに改めて書いておきます。
これが現時点でのマレーシアのパソコン・インターネット事情を考える基礎データになります。
筆者は東南アジアとのつきあいは20年ほどになる。旅人として一時滞在者としてそして長期在留者として幾つかの国に関わってきた。1度だけの訪問の国・地域から年に数回ぐらい頻繁に訪問する国・地域までそのかかわり方はさまざまですが、それでも東南アジアに共通する点があるのです。
旅人として、滞在者として、居留者として、そのどれであれ、筆者にたいへん関わりがあり重要な物の一つに公共交通・乗り物があります。徹底的にあちこちをふらつく旅人として、バスと乗り合いバンと鉄道は、それに時には小船も筆者の行動には必須の手段です。タクシーは高いので筆者はできるだけ乗らない、だからこれらの大衆乗り物をいかに効率良く乗りこなすかが、旅の効率に直接響くのです。そのために公共乗車物の情報はどこへ行こうとメモしたり記憶することに励みます。筆者以下の経験と知識を持ったライターが書いているだろうガイドブック類などを筆者はほとんど使いませんし頼りませんから、情報は全て自分で集め又自分のこれまでの経験に頼ります。
滞在者として又は居留者としての筆者はこれまた街歩き派ですから、日常の交通手段は、自家用車があった時は別にして、ほとんどがバスと一部電車に頼ります、尚タクシーは高いのではそれ以外の手段がない限りめったに使いません。公共交通乗り物に詳しくなることに日頃気をつけ、実際に乗ることを重要視しています。
こうして各国・地域の公共乗り物乗りつづけていると、ある国地域ではあまり気にならないことがある国・地域ではよく又は非常に気になります。どういうことかというと、乗り物の快適さと時間の正確さとサービス態度です。尚安全性はどこの国でも地域でも最重要ですが、場所と場合によっては妥協、それも大きく妥協しなければならいことがよくあります。これは第3世界つまり発展途上国を本気で旅する人なら必ず直面することです、逆にいえばそれに妥協できない人は発展途上国を本気で旅できないということです。
さてその安全面を除いて、気になる点を3つ上で挙げましたね。でその3点において気になる程度が高くなるのは、ある国・地域の整備度にほぼ反比例します。こう書くと、より発展してない国・地域で気になる程度が高くなるはずで、発展度が高くなれば気になる程度が減るはずのではと思われて、なぜ反比例するのか?と皆さんは思われることでしょう。
ではその反比例の理由を説明しましょう。乗り物の快適さと時間の正確さとサービス態度はその国と地域の発展度と整備度が高くなれば当然向上するはずです。例をあげて悪いですが、ミャンマーの田舎で、インドネシアの田舎で、乗り物の快適さと時間の正確さとサービス態度など全く期待できませんし、期待すべきでもありません。それらの公共乗り物に乗れるだけでラッキーといったところです。
こういった所で極めて普通の、車歴数十年の超オンボロ自動車に定員の数倍の人間を詰め、さらに屋根上にまで人と荷物を満載して、むちゃくちゃに走るバンやバスに、快適さと時間の正確さとサービス態度など期待するほうがおかしいのです。こういう乗り物しかない場所・地域では、筆者は車が目的地に無事ついてくれることだけを願って乗ります。そして無事到着すると心からほっとします。崖から転落せずに、走行中にパンクして転覆せずに、対向車とぶつかったりの交通事故を起こさずに、とにかく無事に目的地に着いてくれたことに感謝します。もちろんあまり予定到着時間に遅れなければそれに超したことはありませんが、これの重要度はずっと落ちます。ですからこの3点に対しての気になり度はごく低いのです、つまり最初から期待してないからなのです。
でこれがタイやマレーシアでの地方の交通手段になれば、3点に対する期待度はもっと上がって、ある程度の快適さと時間の正確さとサービス態度向上を期待するのです。ひどい態度の乗務員には腹が立つし、予定到着時間より数時間も遅れれば当然腹立たしくなります、できればエアコン付き車がいいなと選択を考え、もしエアコン車があればそちらに乗ることが多くなります。このように乗客としての乗り物への期待度は上昇し、従って気になり度は増えるのです。
その気になり度がもっと高くなるのは、タイやマレーシアの大都市で乗る公共交通手段に対してです、具体的にはバンコクのバスやクアラルンプールのバス、高架電車に対しては、ずっと筆者の期待度は高くなります、従って気になり度は大きく上昇するのです。つまり大都市なのだから、公共交通網はそれに見合ってあるべきだとの期待をし、その期待感に満たなければ非常に気になるのです。ですから公共乗り物への気になり度は、国・地域の発展度に反比例することになるのです。
さてバンコクの公共交通網にはここでは触れないとして、クアラルンプール及びその近郊の交通、そしてマレーシア半島部をカバーする長距離バス網とマレー鉄道に対象を絞りましょう。クアラルンプールの公共交通網は、筆者がマレーシアに在留するようになった10年前つまり91年初め頃に比べれば相当向上したと言えます。これは正直な感想であり且つ事実でもあり、公共交通機関の発展そのものには素直に拍手を送りますし且つマレーシアを伝える者としてうれしく思います。
90年代初期当時はミニバスと冷房なしバスが全盛であり、近郊電車は存在してませんし高架電車に至ってはまだ計画さえされていませんでした。当時のミニバスと乗り合いバス、特にミニバスのサービス態度は最悪で乗客を”荷物”としてみていたので、快適さは全く犠牲にされ、乗務員等の乗客へのサービス態度も単に乗車代金を払う荷物人なみでした(もちろんそれでも筆者はしょっちゅう利用していましたよ)。時間の正確さ?ミニバスはむちゃくちゃ飛ばして走っていたので、確かに早いことは早かった。。
でこれが90年代中期から社会状況と公共バスへの人々の意識が少しづつ変わりだし、冷房車が増えだし、最終的には全冷房車のIntrakota とCityLinerがミニバスに取って替わった。一般乗り合いバス会社も少しづつ冷房車を導入し出しました。98年以降はミニバスが完全に街から消え、公共交通手段に新しく近郊電車KTM Komuterと高架電車STAR-LRT路線が加わりました。97年はクアラルンプールの公共交通網の生まれ変わりの年として記念すべき年ですね。その後別の高架電車PTURA-LRTが開通し、STAR高架電車路線にもう1路線加わり、Komuter電車の車両が少し改良されました。主要2社以外の乗り合いバス会社では、非冷房車両がずっと減ったのです。さてこれが20001年初めの状況、現在クアラルンプール市内外で建設中のモノレール路線とKLIA空港とを結ぶERL高速鉄道がそれぞれの運行を開始する2002年にはクアラルンプールの交通網整備は一応完成するのです。
クアラルンプールは、乗客を荷物扱いするミニバスが横行する乱暴な大いなる田舎都市ではないし、快適できれいで清潔な高架電車網などが4路線ある、効率的で相当発展した公共交通網を持つ都市になるはずでした。なるはずと期待した多くの人が、私もそれに含まれる、乗り物の快適さと時間の正確さとサービス態度に失望感と不満感を抱いているのです。なぜならこれはあくまでも”はずでした”であって、実態はまだまだなっていないからです。なぜクアラルンプールは効率的で相当発展した公共交通網を持つ都市になっていないのか?
この問題に関して、筆者の言いたいことはいくつかあります。そこで筆者の気持ちを代弁するかのような意見を紹介しましょう。下記に引用したの2つの短文は、いずれもThe Star紙の投書欄と記事欄に2月初めの別の日に掲載された物から抜粋しました(投書主とその記事を書いた人は別人です)
クアラルンプールの高架電車からバスルート、公衆トイレから公衆電話までどれも正しく機能していると思えない。これが2月1日のクアラルンプールの日にStar紙が行なった調査への返答でした。マレーシア計画家研究所の所長は言う、「公共交通において計画段階と実行段階での調整が欠けている、」と。
UKM大学の社会人類学教授は言う、「クアラルンプールの現在の交通システムは身体障害者、妊婦、年配者など利用者に優しくない、」 と。この理由を分析して、これはマレーシア社会の政策立案者と公共サービス実施者にある階級思考とその態度にあると分析しています。「日本のような国では、高級官僚、会社の重役らも公共交通網を利用しており、交通システムが上手く行かなければ彼ら自身システムがだめだと知るのです。」 「しかしマレーシア社会で、鉄道会社の幹部や政府の幹部でどれくらいの人が実際にKomuter電車を使っているのでしょうか?」 「私の学生たちは、バスや電車で通勤する教授は自分たちより低いと考えるのです。この概念は間違っていると思います。しかし我々はこれに順応してしてしまっている。」
「この考えは徐々に変わりつつはある。しかし行政の上部では、公共交通網は恵まれないもののためであるとの通念がある。」
以上
筆者はこの教授と同じ見方です。マレーシアに来て以来公共交通網を日常的に使い続けている筆者は、もう何年も前からこれを強く感じています。マレーシア社会、いや東南アジア社会に共通する、公共交通とそのサービスは貧しい者のためにあるという悲しき概念が、これらの整備と効率化を阻んでいますね。筆者の多くのマレーシア人知人は、私が公共交通網に詳しいのに驚く、さらに毎年最低でも500回は各種の公共交通機関に乗るというと、信じられないと言うのです。
車のある彼らはどこへ行くにも車、そして遠方は飛行機で飛ぶ、だからバス、電車など使ったことがないし、ほんの近距離でも歩かない、そのくせ交通渋滞に人一倍文句をつける、そんなのがクアラルンプールの一般的中流層なのです。これが平均層及び以上の一般市民の感覚であるから、行政と立法の高級幹部や政治家のどれくらいが実際に毎日IntraaKotaバスに乗り又はPuduRayaバスターミナルから長距離バスで遠方へ出かけたことがあるのだろうか?まずそのほとんどがそういった経験がないだろうし、例え数回ぐらいはあったとしても定期的に頻繁にPuduRayaバスターミナルを利用している者は皆無であろう。もし彼らの中でそういう”奇特な者”があれば、マレーシア一の混雑と運行本数を誇るPuduRayaバスターミナルがいかにひどい状態にあるかすぐ実感し、行政・立法者として手を打つはずです。
「バスなんか乗ってペナンへ行く奴は金のない奴さ、マラヤ鉄道に乗ってはるばるコタバルやシンガポールへ行くのは外国人旅行者か閑な年寄りか学生層だけだろう、公衆電話なんて携帯電話を持てない貧乏人のためだから俺は使ったことがない、破壊率5割近かろうと別に知ったことではない」などといったこういった思考が、様様な公共交通網を長年日常的に使い、外では公衆電話に頼る筆者には、あからさまに感じられるのです。マレーシア社会に厳然と残るそして間違いなく残り続けるであろう階級差別思考が、公共サービス、交通面であれ住宅面であれ通信面であれ、の整備と発展をふさいでいるのです。これが私の結論であり、この見方は間違っていないと確信しています。(社会組織論的に言えば、近代の市民革命がなかったことがこの一因でしょう)
クアラルンプール及びその近郊の交通機関だけでなく、マレー半島内を運行するマラヤ鉄道にも筆者は大いなる不満を抱いています。上記の記事でも記事を書いた人がマラヤ鉄道運営のKomuter電車に触れていますね。このKomuter電車はまこと時間に不正確で且つ遅れるとかのアナウンスも全くないので、利用者へのサービス精神は極めて低いです。車両自体はきれいだしよく冷房も効いて気持ち良い、しかし”定刻”という単語に無縁な電車では気になり度が最高近くに上がりますよ。
そこで次ぎはそのマラヤ鉄道の本線に関する不満を訴えた投書からです。定期的なマラヤ鉄道の利用者からの投書を部分抜粋しておきます。
私は60年代から鉄道で旅行してきました。いつかはサービスがよくなるだろうと思ってきました。マラヤ鉄道は、きれいさと新型の車両面では向上したもしれませんが、時間の正確さと公共サービスの面では、向上ゼロなのです。これはただ1回のできごとから判断しているのでなく、何年もに渡るマラヤ鉄道利用からです。
1月23日クアラルンプール発15時バタワース行きの列車に乗る予定でした、しかし発車は15時45分でした。これはバタワース発のクアラルンプール行夜行にも関連遅発の影響を与えました。KLへ戻る列車は1月25日で、21時半の発車予定です。私は21時に駅に着き、列車がすでにあることに喜びました。しかしそれはパダンブサールから来る列車を連結するために待っているのです、その列車が到着したのが22時です。結果として22時過ぎに発車し、クアラルンプール到着は翌朝の1時間遅れです。
マラヤ鉄道の職員は、この遅れは毎日のことですと言っていました、なぜクアラルンプール行きの旅客がパダンブサールからの列車を待たねばならないのか?21時半出発が不可能ならなぜマラヤ鉄道は22時に時刻表を改めないのか?乗客が待つ間座る椅子がほとんどないのはどうしてか?その夜多くの年配客と身体不自由者が列車を待っていました。旅程の間、列車内で到着する駅の案内の放送がほとんどないのはどうしてですか?
クアラルンプール・バタワース間とクアラルンプール・シンガポール間の車内アナウンスは、白人に似せたようにするのでなく、もっとマレーシア的であるべきです。我々の多くはアナウンスから言葉をつかめないのです。マラヤ鉄道はこういったサービス全体を見なおすことを願います。それともさらに20年の歳月を要するのでしょうか?
以上
Intraasiaがマラヤ鉄道の熱心な利用者であることは当サイトをいつも読んでくださる読者の方ならご存知でしょう、ですから私はこの投書主にほとんど全面的に同感です。マレーシア旅行を勧める私はとしては本当はマラヤ鉄道のなどの悪口はあまりいいたくない、しかしそれにも限界はある。マレーシアという国の発展度を考慮して、どうしてマラヤ鉄道はこうも時間に不正確なのか、1日の運行本数など西海岸線など10本に満たないのにです。マラヤ鉄道全体に言えることは、公共サービス企業としての自覚がないことです。いい職員はいる、親切な職員もいる、それは本当です。しかし企業全体のサービスとして見たとき、時間の不正確さ、案内や窓口の不親切さ、時刻表の組み方のまずさなど、利用者第一の精神はあまり感じられないのです。マラヤ鉄道の向上への道のりはまこと長いですね。
ずっと前のことです。マレーシア製コンドームを入手した日本に住む常連の読者から突然 「Intraasiaさんの言葉にそそのかされてマレーシア製コンドーム入手したんですけど、使っても大丈夫ですか?もし子供ができてしまったらIntraasiaさんは責任を取ってくれるのですか?」というような内容のメールをもらいました。もちろんこの方が半分冗談で書いていらっしゃることは知っているので、筆者はそれにむきになって反論しませんでした。軽く「その子供のなづけ親ぐらいにはなりましょう」 と。
じゃあ、Inrtraasiaはマレーシア製コンドームで子供ができたら名付け親になるだけで、責任は取らないのか、自分では使わないのか、という疑問には後でお答えしましょう。
尚マレーシア製品の話題の中でたまたまコンドームが話題になっただけで、筆者はそういう話題を特に好むことはありませんよ。またこのコラムの題名に「マレーシア製コンドームは使用しても大丈夫か」と掲げたのは、あくまでも象徴的な意味を込めたのであって、コンドームそのものを話題にしているのではないことはお読みになっていけばおわかりになります。
この読者の言葉は日本人のマレーシア観をよくあらわしていると思いました、なぜならこの方はずっとマレーシアに興味あり私のページをずっとご覧になっていらっしゃる方の一人でもあり、マレーシアを全くご存知でないグループに属する方ではありません。そういう方でもことが”大事なこと”に及ぶと 「大丈夫ですか?」という思いが頭の片隅に働くのですね、ですから冗談で且つ揶揄する気持ちに満ちているとはいえ上記の発言に結びつくのですね。ドイツ製やイギリス製のコンドームを入手したらまずこういう冗談は聞こえてこないはずです。
筆者はマレーシアを伝えるものとして、これに興味を持ちました。別に、マレーシア製コンドームは絶対安心だから気にせずどんどん使ってくださいとか、多少の危険性が無いとは言えないので”どうしても心配なとき”には使わないでください、などと訴えたいのではありません。この発言が生まれる背景を考えてみたいと思います。
ある時筆者と同年代で何年もマレーシアに住んでいる友人と話していたとき、彼が 「(国産車の)Proton車は買いたくないな、走っていてエンジンが落ちたという話を聞いたから」と言いました。筆者は、「まさか、そんなのは極めてきわめて特殊なケースだからProton車大丈夫だよ」と言いましたが、彼の信念を変えるにはいたりませんでした。
日本製品は昔60年代は欧米諸国から安かろう悪かろうといわれた時代があったようです。高品質でなる現代日本製品ににもそんな時代があったとは若い方では理解できないでしょうが、それも歴史の一こまではあります。 じゃ現代のマレーシア製品もその当時の日本製品と同じかといえば、そうではないでしょう。500社をはるかに超える日系と日本企業がマレーシアで操業しています。マレーシア製の日本ブランド品はいたるところ、文字通りにいたるところに転がっています。大は自動車やトラック、小は雑貨品まで、高等技術のIT製品からから低技術品のぞうりまでその名前を挙げていけばとてもつきません。日本ブランド名はついてないが、内部に日本製部品が組み込まれている物品もこれまた数え切れないほどあるはずです。
それほどマレーシアでありふれた日本ブランドがすべて劣る品物だとは誰も考えませんから、マレーシア製品が安かろう悪かろう品とは一般に言えませんよね。マレーシア製品を低品質品といえばそれらの日本ブランドも必ず含んでしまいますから。それとも日本ブランドだけは別だというのでしょうか、それはありえないのです、作っているのはこの地マレーシアでですから。日本人が監督とか指導をしているとはいえ作業はすべてマレーシア人、又はそれを補う外国人労働者ですから。
そういうマレーシア製品にかこまれながらも、それでも「大丈夫かな?」という心理は、根強いものです。日系の企業現場で働いていらっしゃる方から言わせれば、品質管理の面からそれは明らかだ、不良率が高い、品質を安定させるのに一苦労だ、という声が聞こえてきます。旅行者から、たまたま買ったマレーシア製お土産が壊れたとかうまく機能しなかったから、それ見ろマレーシア製品は劣るんだ、という声もあります。それを筆者は否定はしません。マレーシア社会にどっぷりつかっている筆者も日常マレーシア製品の故障に出会うことは珍しくありません。
コインを入れてもうんともすんともいわない公衆電話、紙幣を認識しない切符自動販売機、買ったエアコンが1年も経たないうちに働かなくなった、新調した靴が1、2ヶ月で切れてしまった、缶飲料のふたが開かない、買ったばかりのシャツのボタンが落ちてなくなったなどなどです。でも反対に、我家で何年も使っている冷蔵庫は一度も故障していないし、Panasonicのファックス電話機は7年間故障知らずです。洗濯機は8年目で初めて故障した。部屋のソファーも多少のほころびはあるものの問題なくずっと使えているし、インスタントラーメンを食べてあたったりお腹を壊したことは一度足りともありません。Canonの白黒プリンターは5年近く使ってようやく壊れました。7年ほど前に新車で買い、2年間だけ乗ったProton車も決定的故障は一度だけでした(その時販売店EONで部品を無料交換してくれた)。
物には両面あるように、マレーシアシア製品にも正と負の面があるからこの両面を見ていただきたいのですが、人の感情とか思いは理屈どおりに行きません。やはり負の面が起きたり壊れたりするとそのことが強く印象となっていつまでも残るのは、筆者もよく理解できます。とかくいい面より悪い面とは記憶に残りやすいものですからね。
高い金を出して買ったProton車が故障ばかりしていたら、もう二度とProton車なぞ乗るものかとか、わざわざ買って日本へ持ちかえった民芸品が飾ったらすぐ壊れてしまったなどという苦い経験をされた方に、「いやそれは例外的ですよ」 とか 「たまにはそういうこともあるかもしれませんね、」などといった慰めは通じません。お気の毒にと言うしかありません。
さてここからどう進むかです。だからマレーシア製品は品質が安定しない、信用できないと判断して、もうこりこりだと思うのか、マレーシア製品にはそういう面もあることは否定しないが、しかし日常の使用には十分足りるから小さなことはあきらめて使うのだ、というIntraasia流になるかの分岐点が出てきます。
マレーシア製品一般の品質安定度とか高品質度などはとても数字には表せませんよね。もちろん製造工場ではある製品の不良率や故障率を正確に記録し追っていますから、それがつかめる場合もありますが、その数字が表に出ることはまずありません、関係各部及び責任者の範囲にとどまります。
日本でも同じです。例えばSony製のラジカセの不良率、トヨタ車のエンジン故障率など絶対に部外には出ません、もし出たらその社内でそれこそたいへんなことになるでしょう。ですからユーザーは、例えばトヨタ車カローラとProton車Wiraの故障率を比較するなどといった具体的な参考数字を持たずに比較判断するわけです。それでも人は言います、カローラはWiraよりずっと故障が少ないと。これは多分にその人自身の経験や他人の声を聞いた結果もありますが、それ以上に大きな判断の割合を占めるのが、Wiraはマレーシア産、カローラは日本産という”国というブランド”に基づくからなのです。
消費者はいや製造者も”お国というブランド”にはたいへん弱い存在です。日本製だから100%とは言えなくても十分信用に値する、大丈夫だ、とか又は、日本製が壊れると、日本製でさえ壊れることもあるからそれは仕方ない、許そうという気分になることが多いはずです。しかしマレーシア製が壊れるとそれみろマレーシア製ってこんなものさ、という思いに傾きやすいのです。
マレーシアには公的な品質保証検定及び保証機関としてSIRIMがあります、日本ならどういう団体にあたるのでしょうか、とにかくそういう公団体がある種の限られた製品などの品質の統計をとってはいるでしょうし、それが公になることもあるかもしれません、しかしその数など世に何十万何百万ある品物の数のほんのまさにほんの一部に過ぎません。消費者団体・雑誌がある製品、品物を使い比べてその結果を公開するのは日本では盛んですし、マレーシアでも数はごく少ないがないことはないようです、しかしこれも何百万分の1の割合に過ぎません。
こうして科学的根拠に基づかずに人は判断します、日本品よりマレーシア品は劣ると。それは相当程度まで事実だと筆者も”非科学的に同意”します。つまりマレーシア産の日本ブランドを含めてマレーシア製品は一般に、あくまでも一般にですよ、純粋な日本製品より程度は別にして劣ると思います。なぜか、それはマレーシア人の製造技術が劣っているかでなく、こんなものでいいやという妥協が多すぎることとメンテナンス意識が不充分だからです。
メンテナンス意識が足らないのは、マレーシアの日常大変よく出会います。立派な施設を作ったのにしばらくすると、さびや緩みが出、それを直さない、すばらしい道路を作りながらそれを維持していくことが苦手でいつしかでこぼこになってしまう、街のあちこちに街灯や電話を設置しながら、修理に金をかけない、壊れたままにしておく、バスの冷房が故障していてもいつまでも直さない、などなど例は枚挙につきません。
筆者はこういう例をみるといつも非常に残念に思のです。もう少しメンテナンスと修理にプライドを持てばいいのに、と。せっかくのいい技術や教育背景を持ちながらそれをマイナスしてしまっているのではないかと。マレーシアが2020年までに先進国入りを目指しているからこそ、技術は作るだけでなくその品質を維持させていくことも含むのだと国民全員に気がついてほしいものです。
マレーシアは独創的な技術や芸術家を生み出す風土に満ちた国ではありません。これははっきり言えます。宗教的制約、民族的融合性を強調し国内安定を第一にする必要から、どんな分野でも独創的革命的思想をはぐくませない許さない、俗な言葉で言えば、賢い良い子に育ってほしいが従順で物分りのいいままであってほしい、型破りな子は要らないという国策と風土を持った国なのです。
そういう国マレーシアですから、世界の耳目を集める発明や製品は生み出せなくても、高度な技術力を習い取得することはできるし得意なはずです、高品質に向けて生産を整備していくことは簡単ではありませんができるはずです。残された大きな課題は品質を保持するプライドを育成し、妥協を少なくする意識を強めることではないでしょうか。
そうすればWira車が壊れたって、そんなことは許せないとなるはずですね。いやそう早くそうなってほしい。Wira車なんて買うもんかという日本人の意識を変える時が来てほしいと切に願っています。いつまでも現在の筆者のように、Wira車が壊れることはありえるからといってそれを嫌っていてもいけない、マレーシアに住むには妥協の精神が肝心です、という立場でもいけませんね。
さて冒頭の疑問にお答えしてこのコラムを終えましょう。筆者はマレーシア製品を尊重し妥協の精神を大事にし且つ価格に非常に敏感ですから、Proton車であれコンドームであれ選択の一つとしてまず考えますし、人にも薦めるし自分でも実際に使用してきましたと。
でも、”故障とできちゃった”の責任はもちろん取るつもりはありません。だって筆者はProton社や(コンドームメーカーの)Takaso社のセールスマンではありませんからね。